幼少期セシリアお嬢様
セシリア・ヴァロアお嬢様の朝は早い
早朝に剣術と聖魔力の鍛錬をする為である。
公爵家という高位貴族に生まれながらも、お家の勤めは勇者業。
高位貴族のお嬢様は高位貴族のマナーやお稽古を身につけ美しいレディーを目指すものだが、勇者一族は剣術を身につけることが義務であった。
同じ年頃の女の子達とのお茶会では、自分で刺繍を入れたハンカチをプレゼントし合ったりする。
セシリアと仲のいい女の子達は、男の兄弟が剣術を習ってる間に刺繍などの教養を学んでいた。
けれどセシリアは刺繍を習う時間を作り出すためには、勇者の義務は早朝からこなさないと時間が作れない。
ーカキンッー
ふぅ...
「少し休憩しますわっ」
木陰に移動し休憩をとる。
セシリアは白騎士団に混じって稽古を重ねていた。
この白騎士団は王都の街中を警備している騎士団である。
王都は24時間体制で警備している為、午前中の警備の者は早朝に、午後からの警備の者は午前中に、夜から警備の者は夕方に稽古をするようになっていた。
早朝に剣術を学びたければ白騎士団に混じるのがベストだ。
勇者一族が所属する聖騎士団は日中に稽古している。
聖騎士団は魔界の入口に魔素が溜まりすぎないよう、魔界に入り国境付近の魔物を討伐するのが主な仕事だ
毎日討伐する必要は無い為、討伐日以外の日中に稽古を行っている。
聖騎士団の訓練に参加すると淑女の必須科目をこなせない。
セシリア・ヴァロア公爵令嬢8歳
彼女は勇者ではなく淑女をめざしていた。
「セシちゃ~ん、お疲れ様!ほら水飲みな!」
セシリアや父と同じ深紅の髪に、母と同じスカイブルーの瞳をしたジェラルド。
セシリアのお兄様が、笑顔で声をかけてきた。
「あら、お兄様?おはようございます!」
セシリアは練習着のズボンをちょこんとつまみ、綺麗にカーテシーをして見せた。
「わあ!セシちゃんもすっかり淑女だね」
「ふふふ、ありがとうございます。
お兄様も白騎士団の訓練にまいりましたの?」
普段お兄様は聖騎士団に混じって訓練をしている。
白騎士団まで来られるのを初めて見たので、何故かしら?と考えた。
「あぁ、今日は白騎士団にいる友人のシエルに用があってね。
すぐ用事済むから、セシちゃんが訓練終わったら一緒に朝食取ろう!」
「まあ!よろしいのですか!お兄様と朝食とれるの久しぶりですね。嬉しいです。」
セシリアは花のような笑顔でそう言った。
スケジュールを完璧にこなすため家族と食事の時間がズレることが多かったのだ。
8歳の女の子が1人で食事をとるのは寂しい。例えそれが自分で決めたことだったとしても。
お兄様は偶にこうやって、用事を作っては一緒に食事をできる時間を作ってくれていた。
セシリアはお兄様のことが大好きだ。
「兄妹仲良くていいことだ、ジェラルド。ついでとはいえ俺にも用事があるんだろ?
妹と朝食取るなら、さっさとこちらの用事をすまそうか。」
ジェラルドの友人というシエルが声をかける
「あーはいはい、ごめんねセシちゃん、また後でね」
妹に顔を向けたままそう言うジェラルドを見て
自分への態度の違いに、やれやれという顔をしていた。
◇◇◇
「それでそれで!今日は難易度を上げてお花の刺繍を練習しようとお母様と約束しているのですわ!
真っ直ぐぬいぬいするだけの刺繍は卒業なんですの。
ハンカチにお花の刺繍をして、お友達のジャスミン様に渡す予定ですわ!
午後からが楽しみなんですお兄様!」
ジャスミン様は刺繍が上手くていつもハンカチを頂くから、やっとお返しができるわ!
と嬉しそうなセシリア
朝食を一緒に取りながらニコニコと喋る。
食事中にペラペラ喋るのは貴族としてマナー違反ではあるが
お兄様と2人だけの食事の時は無礼講というのが暗黙の了解だった。
母も父もセシリアのことを甘やかさない。こういう些細な息抜きくらいは許されるだろう。ジェラルドはそう考えていた。
「そうかそうか、それは楽しみだね
お兄様にも刺繍のプレゼントはあるのかな?」
「お兄様の?でもお兄様に似合うかっこいい刺繍はまだ無理ですわ...」
しょぼんとするセシリア、なんて可愛いのだろうか俺の妹は。
セシリアの刺繍なら真っ直ぐぬいぬいしたものでも俺は一向に構わないのだが
「かっこいい刺繍じゃなくてもいいさ
今度お兄様が魔界に入って魔物討伐の訓練をするのは知ってるいるね?
その時に持っていくハンカチが無いんだ。
簡単なのでいいから刺繍をしてくれるかい?お守りだね」
「まあ!そういうことでしたら頑張ってみますわ!
早速お母様に相談しないと!」
わくわくと話すセシリアを見て、言質は取ったぞとニヤニヤするジェラルドだった。
「そういえば白騎士団での訓練はどうだい?」
「皆さん良くしてくださいますわ!お嬢様だからって子供扱いせず
ちゃんとヴァロア家の騎士として訓練してくださいます。
白騎士団は本来初心者を訓練する場ではありませんのに
初めから教えて頂いて、感謝してもしきれません!」
「そうか、それは良かったね」
そうなのだ
白騎士団は初心者を訓練する場所ではない。
聖騎士団は聖魔力を持っているものを訓練する場でもあるので、剣術の素人も集まってくる。
剣術が向いていなくとも、聖魔力結界師や聖魔力治癒士など剣士以外に特化させる道もある。
しかし、白騎士団は聖魔力以外の魔法を使える者はいれども、基本的に剣術で街を守る騎士団である。
剣術ができる者が試験を受け、合格してから入団してくる騎士団である。
勇者の国なので下町でも剣術道場は栄えている。平民は誰でも剣術を習えるのだ。
白騎士団に入れれば騎士爵が得られる、一代限りであるが立派な貴族。
白騎士団に入れる実力があれば男女関係なく入団できるので、職にも困らなくなる。
セシリアは気がついていないが、いくらヴァロア公爵家の子息だとしても合格ラインに立たないと白騎士団の訓練に参加することは許されない。
ではどうしたのか?セシリアは合格ラインに立ったのである。
わずか1週間で。
数ヶ月前にセシリアは聖騎士団に訓練に参加し
初めて剣を握った。俺が剣の握り方を教えたので間違いない。
そして俺が2年かけて到達した所まで1週間でできてしまった。
セシリアは剣術の天才なのである。
本来ならばそのまま聖騎士団で勇者としての才能を磨くべきだが...
その時、自分が成したい夢の為に勉強していた内容がチラついた。
(絶対にそんな未来は来て欲しくないが...魔族と戦争になる可能性も0ではない。
大昔だって魔族の大半は人間と対立を望んでいなかったのだ
しかし、悲劇は起きる時には起きる。
魔族と対抗するには魔獣との戦闘の知識だけでは足りないのではないか...
何かあった時、この天才である妹は一番危ないところに立たされるだろう...)
「セシリア、とりあえず1年ほど白騎士団に入ってみるかい?
白騎士団は早朝訓練がある。午前はお勉強があるとして午後に続けたがっていた淑女の勉強ができるのではないか?」
そう声をかけていた。
後日、白騎士団長直々の打ち合い稽古で
入団資格あり。セシリア・ヴァロア白騎士団合格。
セシリアは8歳にして、騎士爵という爵位を得たのだった。