1 春が来た
ロイドとフェリシアの3作目です。
前作は短編で載せています。
前の話を読んで頂いてからの方が、分かりやすいかと思います。
1作目 きみの事が好きなんだ
2作目 きみの事が好きなんだ
〜何故か気になるの〜
よろしければそちらもどうぞ。
連載で載せるのは初めてなので、上手く表示されなかったらすみません。
春が来た。
暖かい春が来た。見渡す限り、花が咲いてる。
チューリップは勿論、パンジーにすみれ、他にも沢山の花達が気持ちよさそうに風に揺れてる。
そして、俺も今、揺れている。
「ぐふふふふっ。」
乗り合い馬車に揺られながら、溢れ出る笑いが止まらない。身悶えするような幸せに、じっとは座っていられない。それに顔が全くしまらない。
御者が気味悪そうにこちらをちらちら見ているが、そんな事は些細な事だ。気にならない。
(だって俺には!これがあるから!!)
目線を落とすと、そこには両手で大事に抱えている箱がある。ほんのり温かいそれは、微かに甘い香りを漂わせている。
(フェリシア〜!)
思わず箱を抱きしめる。
箱を掻き抱く俺は、傍から見ればヤバい奴だろう。
けれど、抱きしめずには居られない。
だってそれは、フェリシアがくれた物だから。
初・め・て、彼女が、俺に(正確には俺の弟妹に、だが)くれた物だから!!
街で彼女を助けてから数日後、俺は休日を迎えていた。いつものように実家へ帰ろうと門へ向かっている時に、ばったり彼女と出会ったのだ。
「あっ!ロイドさん。」
ニッコリと笑う彼女が近付いてくる。
俺の目には、キラキラした太陽が、後ろから彼女を照らしているかのように眩しく見えた。
(わ、笑ってる。お、俺に笑いかけてくれてる)
たったそれだけで、じわじわと喜びがこみ上げてくる。
「フェリシアさん。」
ドキドキと高鳴る鼓動をなだめながら、努めて平静を装った。
「どうしたんですか?こんな所にいるなんて。珍しいですね?」
ここは騎士の詰め所兼寝所から北門までの一本道だ。
騎士ならよく通る当たり前の場所だが、彼女のような侍女は、騎士の詰め所に用がある者以外、来ることのない場所だった。
「この前はありがとうございました。」
ペコリと頭を下げる彼女の髪がフワリと揺れた。
「あ、いや。大した事じゃ。」
気の利いた事が言えず何とも歯痒い。
あっと気付き、ロイドは身を屈めた。
「そうだ!足の具合はいかがですか?」
(見た所、包帯も巻いてないし腫れてもいなそうだけど…)スカートから少し覗く足首をじっと見る。
「だ、大丈夫です。」
かぁと顔を赤らめて、フェリシアはササッと足を隠すように後退る。
(…もう!女性の足を不躾に眺めて。)
ちょっとムッとするが、今は彼が心配してくれてるだけだと分かるから、怒ることはしない。
彼の優しさに触れた今、もう誤解する事はない。
(ちょっとだけ女性心理を知って欲しい気もするけど)
んんっと咳払いをして、気を取り直す。
「ロイドさん。」
「はい。」
「確か今日って実家へ帰るって言ってましたよね?」
「…よく、覚えてましたね?」
ちょっと感動する。俺の事で、彼女の記憶に残る事があるなんて。
「これ、良かったら。」
そう言って彼女は手に持っていた箱を差し出した。
その時初めて彼女が何かを持っている事に、俺は気付いた。
少し大きめな箱だった。持ちやすいように布で包んであるし、持ち手も作ってある。
「これは?」
受け取りながら聞くと、フェリシアは少しはにかんだ。
「約束したじゃないですか。弟さんや妹さんにケーキ焼いてあげるって。」
そうだった。あの時、馬車の中でそんな話をしていたな。
(覚えていてくれたんだ)
「覚えていてくれたんですね…」
心の声がするっと口から飛び出した。
「材料がちょうどあったから、作っただけです。」
「たまたま、そう、たまたまです。」
何故か急に慌てたように、フェリシアは早口でまくし立てた。
「…嬉しいです。」
手の中の箱を眺めながら、しみじみと幸せを噛み締める。こんな幸せってあるのだろうか。ついこの前まで近付くことさえ出来なかったのに、今じゃ話して、笑いかけてもらえて、しかも手作りケーキを焼いてもらえるなんて!
(俺、もしかして明日死ぬのか…)
一生分の幸運を使い果たしてしまった気がする。
(ロイドさんが笑ってる)
それも物凄く嬉しそうにー。
フェリシアはトクンという音を聞いた。
前にも聞いた事のある音だったが、今日はまた1つトクンとなる。
(あ、あれ?)
思わず自分の胸に手を当てる。当てたら止まると思っていたが、トクンという音は止まらなかった。
(なんで〜?)
かぁと頭に血が昇る。
混乱したフェリシアは落ち着こうと頬に手を当てた。
その様子を見ていたロイドはまたも勘違いをした。
「まさか!熱でもあるんですか?」
慌てた様子で、フェリシアのおでこに手を当てる。
(!)
固まったフェリシアに気付かないロイドは、う~んと唸りながら真剣な表情で瞳を覗き込んだ。
「多分熱はないと思うんですけ…ど…」
お互いの視線が絡まり合う。
認識しあった所で、2人の顔が同時に朱さを増す。
「す…すみま…せん。」
「…いえ。」
ギクシャクした動きで互いに離れる。
「そ、それじゃ、私はこれで。」
フェリシアは小さく頭を下げると、小走りに走り去って行く。
動くのに出遅れたロイドは、小さくなっていく背中に向かって「あ、ありがとうございます!」と叫んだのだった。
へへへっ。にまぁ〜。顔の筋肉は全部溶けてしまったようだ。どこまでも溶けていける。
そう思った時、バコンっと頭を叩かれた。
「いっ、てっ!」
頭を抑えながら後ろを振り向くと、自分の母親がはハタキを振り上げていた。
「まだ正気に戻んないのかい?もう一発叩いとこうか?」
「わーわーわー、何やってんだよ!頭に穴開くからやめろよ!」
慌てて立ち上がって距離をとった。
「久しぶりに帰ってきたと思ったら、話しかけても生返事だし。椅子に座り込んだまま持ってきた荷物をニタニタ眺めてて、気持ち悪いったらないよ!」
ふんっと鼻息も荒くまくしたてる。
「ごめん、気付かなくて」
痛む頭を撫で擦りながら素直に謝る。
浮かれている自覚はあるからだ。
「で、何だい?その箱は?」
テーブルの上の箱を顎でしゃくる。
「…あ、あぁ。貰ったんだよ。」
「誰から?」
「誰って…フェ…じゃなくて…同僚だよ。」
「ふ〜ん?」
訝しげな目で見られる。
それ以上追求されたくなくて、いそいそと包んである布を解くと箱をあけた。
「あら、まぁ!」
箱から出てきたのは、くるみの蜂蜜漬けとナッツが飾られているケーキだった。
(本当に俺の話覚えててくれたんだ)
「とっても美味しそうじゃないの。」
確かに。弟妹にあげるのが勿体ないくらいに、美味しそうだった。
(やっぱりこれは俺が独り占め…)
そう思って箱の蓋を閉めようとした時、バタバタと足音が響いてきた。
(ヤバっ)
慌てて箱の蓋を戻し、受け入れ態勢をつくる。
「「にいちゃーん!」」
2つの小さい頭がロイドの腹に頭突きを決める。
「ぐはっ!」
少し仰け反りながらも大事そうに2人を受け止めた。
「「おかえり〜!」」
ガバッと顔を上げて、ロイドに微笑みかける。
「ただいま、エミリー、エバン。」
痛む腹に顔を少し歪めながら、ロイドは笑った。
お互い微笑みあうと、エバンが鼻をひくひくさせた。
「ん?何かいい匂いする。」
するとエミリーも小さな鼻をひくひくさせて匂いをかいだ。
「ホントだ〜。」
「「あ!」」
2人は同時にテーブルの上のケーキに気付いた。
「「ケーキだぁ!」」
嬉しそうな声を上げてテーブルにかじりつく。
「お兄ちゃんが貰ってきたんだよ。」
そう言って母はケーキの蓋を開けてみせる。
目が飛び出てきそうなくらい、2人は釘付けだ。
「くるみの蜂蜜のやつだぁ。僕好きなんだ〜。」
「私も好き〜。」
「今、切ってあげるから2人とも手を洗っておいで?」
「「は〜い。」」
エバンは我先にと駆け出していく。
遅れないようについていこうとしたエミリーがふとしゃがみこんで何かを拾った。
「お兄ちゃん。」
手にしたものを2つ、エミリーはロイドに差し出した。
「これ、落ちてたよ?」
それは手紙と手のひらくらいの小さな紙袋だった。
「?ありがとう。」
エミリーはニッコリ笑うとエバンの後を追いかけた。
ロイドはその背中を見送ってから、手紙の宛名に目を留めた。
そこにはロイドさんへと書いてある。
裏返してみると(フェリシアより)とあった。
「!」
顔が真っ赤に染まっていく。
「何だいそれは?」
横から母親が自分の手紙を覗き込んできたので、慌てて背中に隠した。
「何でもない!」
「あんた、その顔でなんでもないって…」
ロイドの耳は真っ赤に染まってる。
「ホント、何でもないから!」
自身の体で隠すようにしながら、ロイドは自分の部屋へと逃げ出した。
「ふ〜ん?」
残されたケーキから母は思う。
「いい人でも出来たかねぇ。」と。
部屋の扉をバタンと閉め、そのまま入り口を塞ぐようにして立ったまま、いそいそと手紙を開ける。
そこには少し右上がりの几帳面そうな字が書かれていた。
"ロイドさんへ。
ケーキ、弟妹さん達に喜んで貰えるといいのですが。
後でどんな様子だったか教えて下さいね?
それと、ロイドさんの好きなルクの実のカップケーキを少しつけておきますね?ブランデーケーキだから、2人に取られる事はないと思います。
この間のお礼です。どうぞ召し上がれ。
フェリシアより"
手紙を胸に掻き抱く。
はぁ〜と長く熱い吐息を吐く。
(くるしい…息ってどうするんだっけ?)
また吐息が出る。
「ヤバい。マジで息が出来ない…」
「フェリシアさん。」
愛しいあの人の名を呼ぶ。
それだけで体の力が抜けてしまい、ドアに背を預けたもののズルズルとしゃがみこんだ。
はぁと熱い息を吐く。
「俺を殺す気ですか…」
間違いなく、俺は死ねる。そう思った。
連載だとこのくらいのボリュームでしょうか?
構想は出来てるので、なるべく早めに次を書けるよう頑張りますが、気長にお待ち下さい。