第9話 新領主ブレッド·ゴールドマン
「つまらないな。こんな所に来るんじゃなかった」
俺様は名誉あるゴールドマン伯爵家に生まれ、ここに来る前は、なに不自由なく暮らしていた。
しかしある日突然、その生活が未来永劫に続かないと告げられたのだ。
「なんで俺様が、家を出てかなくちゃいけないんだ?」
「ブレッドよ、お前は四男だ。継げる領地も爵位もない。
以前から己を磨けと言っておいただろう」
親父の言葉には辟易とする。そんなこと関係ない。俺の自由にさせればいいじゃないか。
「士官するなり、軍隊に……」
「ウルサイ、ウルサイ、うるさーい! いいか、親父。俺様は不自由が嫌いなんだ。
なんとかしろ。そうじゃなきゃ許さないからな」
まったくもって、わからず屋のオヤジだった。このやりとりも何度目だ。
こんな下らない問答に、俺は時間を費やしている暇はないんだ。
今日も酒倉の番をしなくちゃいけないし、町の酒場にも顔を出さなくちゃいけない。
それになんだったかな、えーっと、今は答えられないけど、と、とにかくやることが沢山あるんだ。
「あなた。ブレッドちゃんは、充分に頑張っていますわ。
それでも足らないというなら、それを認めない世間の正してちょうだい」
「ハニー、またそんな事を」
俺様の指導もあってなんとか親父は、俺の言うことを理解できたみたいだ。
後日、法務大臣のツテで、子爵家を継ぐ話を持ってきたのだ。
爵位が落ちるのは納得できなかったが、泣いて頼んでくる母親の顔を立て、シブシブ受けることにした。
どうしても男というものは、婦女子に甘くなってしまう。
これは俺様の良いところであり、たった1つの欠点でもあるんだ。
まぁ、いけすかない従兄弟のエイダンを、苛めることができるのでワクワクしていたし、これでプラスマイナスゼロだな。
法的にも無事に相続が行われ、この地に居を構えたが不満が募るばかりだ。ダメだ、ここは田舎すぎる。
まずここは王都から遠い。都会派の俺にとっては、田園風景はコメディーの一部でしかない。
唯一、俺様の心を癒すのは、自分へのご褒美で買った、ロロロコ調の家具一式だ。
とても優雅な造りで、高貴な俺様にはぴったりな品だ。
これらの配置を決めたいのに、何かと家臣が仕事をもってくる。邪魔でしょうかないぞ。
今日も住民との親睦を深めるためだと、誘い出されて出席したこの祭りも、実に野暮ったいモノだった。
音楽は時代遅れだし、踊りもただグルグル回るだけ。
出てくる酒も料理もチョーまずい。
もしそれだけなら、俺様は心が広いので我慢できたかもしれない。
俺様の気分が晴れない原因は、収入が絶望的に少ないって事なんだ。
税の上がりが多ければ、経営を他の者に任せて、俺様は王都で楽しく暮らせばいいと考えていた。
しかし、俺様が必要としている分には全然足りない。
これはダメだと思い、税率を引き上げるよう役人に指示をしたが、訳のわからん理由を並べてきた。
その場は押し切られ、現状維持という形になったのだが、まったくもって納得がいかない。
こんな領地なんか貰うんじゃなかったぜ。
「領主様、料理や酒はいかがですか? 最高級の物なので、ご満足いただけるかと思います」
最高級を差し出すの当たり前だろ。それを自慢げに言いやがって。
「この踊りは古来より、豊穣を祈願する踊りで……」
豊作なら、もっと税金の納めることが出来るはず。それを、いけしゃあしゃあと言いやがって。
「着ている衣装の色合いも、それぞれが意味を持ち……」
なんだあの豪華な衣装は! 税金を納めず、こんなところに金を使っているのか。
なんという、自堕落で怠け者の住民たちだ。
それもこれもアホのエイダンのせいだ。
ヤツら一族が下級民を甘やかしたせいで、俺様が苦労させられている。
これは栄えある英雄の俺様がキッチリと、道を示してやらねばならんだろう。
――ドカンッ――
料理が乗っていたテーブルを蹴り上げると、思って以上に楽しい音がした。
ぶひひひっ、音楽も止まり、下級民がビックリして固まっていやがる。
「市長、税金を納められないと言っていたのに、こういったところには、金を使えるようだな。俺様は心底呆れたぞ」
ぶひひひ、何か喋っているようだが、そんなこと俺様には関係ない。
「ほう、お前たちは領地の安定より、こんな祭りが大事だというのだな」
「いえ、違います。これは祖先から伝わるもので、決して贅沢をしているのではありません」
「いいや、俺様の目はごまかされんぞ」
住民どもは、俺様の名采配に感服したようだ。
やはり下賎なものは、我ら貴族が導いてやらなければ、犬にも劣る存在だ。
「へっ。若様に取って代わったから、よっぽどの大人物だと思っていたのによぅ。
てんでガキで、何も分かっていないじゃねえか」
誰かが小声で呟いた。
ざわつく中の1つだったけど、俺様の耳は聞き逃さないぞ。
「いま、ほざいたのは誰だ?」
いや、分かっている。目線をそらしても無駄だ。お前のその汗が何よりの証拠。
全員の前に引きずり出し、エイダンの肩を持つ輩に教えてやる。
「お前が好きだった、エイダンと同じようにしてやる」
何度も何度も殴ってやり、気絶しそうになったら、HPポーションを振りかけ正気に戻してやる。
「領主様、も、もうおやめください。それ以上すると死んでしまいます」
こいつらが好きだった、アホのエイダンがどんな目にあったか、これで分かっただろう。
「この地の者は浪費に溺れ、義務を果たすことを忘れている。
これは許しがたいことであり、その罰として明日から税を2倍とする」
「やっと飢饉から立ち直れたのに、どうかお慈悲を」
こ、この市長は、俺様の提案に意見をしてきやがった。
意味がわからん。反省もせずに、自分の都合だけを押し通すとは、なんてわがままな下級民だ。
それに収入が増えなければ、新しいロロロコ調の家具が買えん。
ポクポク工房の新作が、出たらしいのだ。一刻の猶予もないんだぞ。
「そ、そんな物の為に、我らが苦しむのですか?」
はぁーーー! い、意味がわからん。
芸術を理解しようという姿勢も、俺様への尊敬の念も、お前らにはないのか。なんたる不遜なヤツラだ。
「しかし、エイダン様の時は、このような理不尽な事ありませんでした」
「おい、アイツを俺様と比べるな」
寄りによって、あんな無能者を引き合いにだすとは、許せんぞ。
コイツには100発ほどお仕置きだな。
それにしても困ったクズ共だ。明日からは徹底的に、俺の考え方を知らしめる必要があるな。
ん、待てよ。そうなると、ヤツラの日々の振る舞いから、仕事に至るまで全部になるじゃないか。
うー、俺様は酒でも飲んでのんびり暮らしたいのに、これが持つ者の定めなのか。
だが考えてみたら、あんな怠け癖がついた連中が、いきなり変われるものなのか?
答えはムリだ! 無理に決まっている。
だったら俺様が慌てなくてもいいじゃないか、バカらしい。
それに考えたら明日って急だよ、バカだよ。この地に来たばかりだし、なんでそんなに急ぐんだ。
当分の間、休みに決定。うんうん、働きすぎは良くないもんな。
「ブレッド様、手紙が届いております」
中を見ると、それは新調した家具の支払いの督促状だった。
「さ、さ、差し押さえーーー?」
ヤ、ヤバい。領主の収入で払うつもりだったのに、忘れていた。
余分な貯蓄もないし、アレっぽっちの増税じゃあ足りない。
こ、これは急いで何とかしないと、大変な事になる。
考えろ、考えるんだ、俺様!