第58話 エルフ
「こんにちは、私はクロスといいます。遠目でマダラを解体されているのを見て、是非ご挨拶をと思い、やってきました」
この正体不明のエルフ2人を見極めるため、休憩だと口実をつけ会話を続けた。
1人の男の顔には【探究心】、もう1人の従者には【剣士】と書いてある。
「こ、これは皮に傷1つ付いてない。どうやって仕留めたのですか?」
興奮気味に話すクロスさんは、目の前のことが信じられないとやたらと褒めてきた。
しかも、魔力がまだ宿っているマダラの皮だと分かると、奇跡だと騒ぎだした。
真っ直ぐな目で褒められると、照れ臭いな。
まぁ隠す必要もないし、さっきやった方法を教えてあげるよ。
「そ、そんな方法があっただなんて。ただ再現するのは難しいですね。まさに神業ですよ」
すると、剣士の男が呆れ顔で反論してきた。
「騙されてはいけません、クロスさま。どうせ、たまたま死んでいたのを見つけただけですよ」
「こらトッポ、この方たちに失礼だろ、訂正をしなさい」
マダラ討伐の難しさを知っているなら、当然の反応だ。こちらは気にしていないからな。
「そう言っていただけると助かります。
しかし、複雑な魔力のつながりを持つ素材ですね。失礼ですが、これで何か作られるのですか?」
商売として、マダラの素材に目をつけたかもしれないな。
俺達としては売る気はないけど、有能な皮職人の情報は欲しい。
もしこの2人が商人なら、有益な情報を持っているかもしれないので、こちらの事情を話してみた。
するとクロスは改まった様子で話し始めた。
「職人をお探しなら、是非私にやらせて下さい。こう見えてもグランドマスターの称号持ちなんですよ」
「クロス様、あなたは世界一なのですよ。こんな低レベルの冒険者にだなんて、勿体ないだけですよ」
あっ、皮職人のグランドマスター・クロスの名前は聞いたことあるぜ。
絶えてしまった古代の皮技術を復活させたり、それとは別に独自の技法を編み出し、現代基礎を構築させたりと、人々が追いつけないほどの超天才職人だ。
とうぜんこの人の防具は人気で、手に入れたいなら、10年待ちを覚悟しろと言われている。
「トッポ、君にも仕事はあるだろうけど、これは私の領域だ。邪魔することは許さないよ」
少し複雑のようだけど、しっかりとした主従関係のようだ。
下が忌憚のない意見を言えば、上もまた己の信念を伝えている。これは信頼出来そうだ。
そんな彼から制作の申し出があるなんて、幸運以外何者でもないよ。
これにはリディもマデリンも大喜びだ。
早速詳しい打ち合わせをしたいと、お茶を飲みながら話し出した。
リディとマデリンから、注文が次から次へと出てくる。
「おお、体だけじゃなく靴や盾までも、統一したモノがいいんですね。
素材も充分にありますし、色々できそうですね」
「デザイン重視で、女の子を引き立たせるのが大事よ。こんな感じで、色の調和を崩さずにね」
ほどほどにだよ。
「なるぼどー、だからマダラを使うのですね。その色合いはとても斬新だ。男の私では思いつかないモノですね」
「コンセプトをしっかりと、理解してくださるから嬉しいですわ」
素材の特性を生かしてくれそうだし、何よりもリディたちが楽しそうだ。
ただ特注の特注になるので、支払う金額が心配だぜ。
「それに関してはお代は一切いりません。貴重な体験ですし、こちらからお願いしたのですから」
そういう訳にもいかないよ。それに2人の要望はメチャクチャだからな。
だが、クロスも受け取れないと、頑なに言ってくる。
少しの押し問答の末、金銭ではなく何か手助けでそのかわりとする事になった。
「それでしたら、この森にある聖なる泉を塞いでいるモンスターがいて困っています。
これを退治していただけませんか?」
聖なる泉とは、この神聖樹の森にある特殊な泉の事だ。
神聖樹からの影響を受け、わずかながら魔力を含んでいる。
「そこまでご存知とは、エイダンさんはかなり博識なのですね」
魔力を含んでいると言っても、調合とかに役立つものではない。
知らずに飲めば、普通の水と何ら変わりはないくらいだ。
しかしその所在は秘匿とされていて、その理由は唯一の使い道にあるんだ。
神聖樹の森に張られた結界、それを解くのに必要となってくる。
結界が張られ、これだけ厳重に管理されている神聖樹。
それは昔から数は少なかったが、世界各地に存在はしていた。
しかしこの木が持つ魅力に人々が群がり、容赦なくむしり取っていった。
その葉っぱや果実からは、エリクサーなどの妙薬が作られ、枝や幹に関しては神器にも匹敵する武器が作り出せれる。
人類が欲望のままに突き進んだ結果、神聖樹国ブリアンテにある、たった一本の苗木だけを残すだけとなってしまった。
人々はようやく己の過ちに気付き、ここで各国の間で、神聖樹を保護する協定が結ばれた。
まず外界との接触を遮断する結界が作られ、徹底的に管理されたんだ。
誰も寄せ付けず、何も盗らせない。ブリアンテに入国するには許可が必要で、その審査はとても厳しい。
1年を通して入国できる人数は数人程度だ。
それもそのはず、神聖樹がやっと実をつけたのはここ最近で、その期間2000年と随分とかかっているんだ。
過ちの代償は大きかったんだ。
入国の際に結界を解除して通るには、2つのアイテムが必要になってくる。
その1つが聖なる水であり、神聖樹国ブリアンテの管理人が、必ず所持しているものになる。
「ということはエイダン、それが必要ならこの人達は、もしかして?」
ああ、2000年守り続けたと自負する管理人が、大事なアイテムを失くすはずがない。
つまり、それを持っていなくて求める者は、ようやく成長した神聖樹を狙う盗人だけだ。
俺の言葉で、リディもマデリンもすかさず臨戦態勢に入った。世界の宝をみすみす奪わせはしないぜ。




