第52話 決断
「お、お早いお帰りですね」
村長さんは相変わらず、俺達に警戒して話してくる。
怖がられてるからといって、報告しないわけにはいかない。
「いいえ、言わなくても血の匂いで分かります。6匹全部とは、ご苦労様でした。
も、もしよろしかったら、崖の上に温泉がありますので、疲れと汚れを落としてください」
おお、待ってました。あんな高い所なら、絶景で気持ちいいだろうな。
ただ、お風呂は1つしかないので、女の子3人に先を譲り、俺は下で見張り役をすることになった。
「さっ、ご案内いたします」
3人を見送ったあとで、今日一日のこと思い出す。
マデリンは少し前の俺のようだ。
理想とする自分に追いついていないけど、夢を持って前を向いている。
だから、その気持ちを大切にしてやりたい。あとはどうやって、ギルドを説得するかだ。
「ふぅー、いい線いっていたんだけどなぁ」
経験は浅いけど、直感力、洞察力は悪くなかった。ドワーフ族という種族特性もあり、盾役としてもちゃんと成長するだろう。
まっ、たまにおかしな行動もするけど、それも含めてマデリンか。
村に着くなり村長をブッ叩くとかいうし、アレには参ったな。
そんな村長もいくら血生臭いとはいえ、よく温泉を使わせてくれたよな。
6匹分の匂いか。…………ん? まて、〝6匹〞とどうして知っている? 普通なら襲われるサイドが知るはずのない情報だ。
子育て中だったから、数を知るには巣穴に入らなければわからない事じゃないか。
スキルを使わずそれを知り得るのは、家主しかいない。3人がヤバい。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「眺めサイコー、ほらマデリンちゃんもおいでよ」
「本当ですね、リディ様」
崖のギリギリに湯船を作り、眼下に広がる山や小川を魅せている。
冷たい風にさらされながら、湯船につかり景色を楽しむには言うコトない。
3人の筋肉も緩み力も抜けて、至福の一時を楽しんでいる。
「温泉って、こんなにも気持ちが良いものなんだね、気に入ったよ」
「マデリンさん、今回は残念だったのに、その切り替えの早さは素晴らしいですよ」
「えっ、何言ってんのさ。私はとっくにメンバーだよ」
「まだ言っているのですか、絶対ギルドは認めません」
そんな2人のやり取りを見て、リディがなだめる。
とその時、ノックをした村長が声をかけてきた。
「お3人様、お湯加減はいかがですか?」
「最高です、街のみんなに自慢しますね」
「それではお背中を流しましょう、失礼しますよ」
身を隠すのもタオル1枚しかなく、完全な無防備だ。いくら年寄りでも見られたくない。
「ダ、ダメですよ。裸なのでヤメてください」
村長は既に入ってきて、3人の前に立っている。
「リディ様、やっぱりコイツぶっ叩きましょう」
「もー、マデリンちゃんもヤメてね。野蛮なことはナシ」
「でも、リディ様。あいつモーガモードですよ。今ならハッキリとわかります。ヤツラと同じ匂いがします」
リディは村長のことを、ただのスケベな老人と思っていたので、その言葉に固まってしまっている。
「チッ、つくづく勘のいいガキだぜ」
「えっ、村長さん?」
「このジジイがお前たちを呼ばなけりゃ、妻と子供は死ななかった。もっと早く殺しておきゃよかったぜ。
だがここまでだ。お前らを殺して、村を根絶やしにしてやる! キシャーーーー」
言い終わると変身を解き、一気に距離を詰め寄ってきた。
「キャーーーーーー!」
◇◇◇◇◇◇◇◇
心に引っかかった事を、そのままにしたせいだ。
道中にも巣穴付近にも、もう片方の親がいなかったので、死んでいると決めつけていた。
それにこの村に着いてすぐ、マデリンの言葉にも耳を貸さずに、村人の調査もしなかった。サイテーだ。
後悔を胸に温泉までの階段を駆け上がる。
「キャーーーーーー!」
あと半分のところで悲鳴が聞こえてきた。見上げると、崖の淵にリディとマデリンが追い詰められている。
そして前にはモーガモードが、大きな爪を振り下ろそうとしているのが見えた。
リディはその攻撃を避けるため、岩から岩へと飛び移っている。
上手い、俺が行くまでなんとか踏ん張ってくれ。
「あっ!」
目の前の出来事に時が止まった。
着地した瞬間に岩場が崩れ、リディが宙に放り出されたんだ。
ヤバい、この距離では縮地も届かない。ウソだ! 間に合わないなんてアリエナイ。
こんな高さから落ちたらただじゃすまないんだぞ。1人にさせないって約束したんだぞ!
なんでこんなに距離があるんだよー、クソーー!
「リディさまー!」
その時、視界の外から駆け出す者がいた。マデリンだ。
そして、落ちていくリディを追いかけ、勢いをつけて下へ飛び込んだんだ。
信じられない。この高さを躊躇しなかった。
鍛えたモノでも、無傷じゃすまないこの高さをだ。
俺は高笑いするモーガモードを、投げナイフで仕止め階段を駆けおりた。
足がもつれて転んでも、必死になって前へ進んだ。
下に着くと、むせび泣く必死なリディと、肺が潰れ血を吐いているマデリンの姿があった。
「【エクストラヒール】お願いマデリンちゃん、しっかりして! 【エクストラヒール】」
リディの力が無かったら、死んでいてもおかしくない状態だ。
その一方、リディは少し血を流しているけど、あの高さから落ちたとは思えないほど元気だ。
「ああ、エイダン。マデリンちゃんが下になってくれて、そのせいで、そのせいで。あっ、気がついたわ」
「リディ様、ご、ご無事で……」
「貴女のおかげよ。クションになってくれなかったら、私死んでいたわ」
「よ、良かったです」
リディの回復魔法で完治したけど、1日の疲れもあったので、ペットに運び込みしばらく様子をみることにした。
マデリンはいつの間にか眠っていたが、そばを離れる気になれず、ずっとこの子を見ていたよ。この小っちゃな英雄の横顔を。
「マデリンちゃん、すごい勇敢だったね」
ああ、俺たちにとって、日々の怪我は当たり前だ。
ただ、はるかに差がある強敵や、絶対無理な状況では人は保身を考えるもんだ。
でもこの子はためらわなかった。リディを守りたいというその一心で動いていた。
「うん、幼い頃の日のエイダンみたいだったわ」
崖から落ちるのも同じか。
この子が目指した聖女の守護騎士には、誰もが憧れる。
実際リディを盲信している人は沢山いるし、その中でも高レベルの者はいる。
しかしそんな信者であっても、本能には逆らえない。
簡単に、死の恐怖には打ち勝てないんだ。
それをやり遂げる力をこの子は持っている。これが【ここでやらなきゃ女が廃る】か。
この子以上に、リディを任せられるに相応しい人間がいるか?
「うん、私もマデリンちゃんなら安心よ」
「う、う~ん。あっ、おはようございます」
死にかけたのに、なんて底なしの笑顔するんだ。これもこの子の魅力だよ。
「待たせてスミマセン。さぁグーリグリの街に帰りましょうよ」
「マデリンさん、その前に試験の結果を伝えますね」
おっと、それがまだ残っていたか。メグミン、もう一度考え直してくれないか。
「いいえ、マデリンさんの無鉄砲さ、ムチャクチャです。いつ死んでもおかしくありません」
そうだよな、崖からのアレを見られているもんな。
「それに高ランクは、貴族とも関わる機会が多くなります。あの言葉遣いや依頼人に対する態度では、命がいくらあっても足りません」
ヤバい流れだな。リディ、【交渉人】を書くから、少し時間を稼いでくれ。
「エイダンさん、どこへ行くつもりですか、ちゃんと最後まで聞いて下さい」
あっ、いや、ちょっとこちらにも都合って物があってね。うはっ、メグミンの眼力ハンパねぇ。
「つまり、ギルドメンバーの安全を考えるなら、出す答えはただ一つ。エイダン、リディ両名に、冒険者マデリンの管理及び保護を依頼します!」
だから、すぐ帰ってくるからさ、冷静になって話を聞いてくれよ。
「エイダン、違うよ。ギルドからマデリンちゃんの加入にOKが出たのよ」
えっ、ええぇぇえ! なんでだよ?
「自分より他人を優先させるあの行動、ケガをするに決まっています。だけど、同じレベル帯に彼女を癒したり、フォローできる力量はありません」
そっか、普通のヒールでは追いつけないダメージであっても、マデリンは覚悟して受けきる。
その高い志に見合ったフォローが必要か。
「お墨付きがもらえたわ。これから3人で頑張りましょ」
「えへへ、こうなるのは分かっていましたよ」
クチでこう言っている割には、メッチャ嬉しそうだな。
でも良かったよ、収まる所に収まっただな。早く登録するため、出発しようか。
3人はいいチームになれそうだぜ。それに口も固そうだし、キチンとあの事を話さないとな。
俺達の秘密を、受け止めてくれると信じているよ。
「ねぇ、エイダン。あなた忘れている事があるわよ」
えっ、忘れている事ってなんだ? 全然思いつかない。
「温泉ソムリエなのに、入っていないじゃない。慌てん坊ね、うふふふふ」
「やっちまったー、ジョブのムダ使いしちまったぜー!」
明日19時台に【新作】を載せます。
是非ご覧下さい。




