第46話 終わりのトキ
リッチとの戦いが終わり夜が明け、残されたのは数本の杭に、超絶魔法に荒らされた大地と、そして500体以上のゾンビだ。
ゾンビは村を守るという役目を終え、森に帰ることもなくうつろな表情で彷徨っている。
「ゾンビをあのままにはしておけないわね」
「ちょっ、ちょっと待ってよ聖女様。お母さんを浄化しないよね?」
「…………マデリンちゃん」
「エイダン様もそんな事しないでしょ? あんなに頑張ってみんなを守ってくれたんだよ。
用が済んだからといって、倒すなんてあんまりだよ」
彼らは故郷を救うべく、死の淵から蘇った人達だ。
しかし役目を終えた今、安らかに眠らせてやるのが1番じゃないのかな?
「それでもお母さんなんだよ。そりゃ生きてるときと同じじゃないよ。
でも、動いているし、私のことも想ってくれているんだよ」
マデリンは母親に駆け寄りギュッと抱きしめた。
気持ちはわかる。俺が同じ立場なら絶対反対するさ。
それが愛の深さだし、最後と認めるのはツラいに決まっているさ。
「じゃあ、いいのね?」
「いえ、それでもダメよ。マデリンちゃん」
さっきまで心が通じたかと思える行動していたが、元は人類と敵対するモンスター。
今は良くてもいつかは牙をむいてくるはずだ。
「そんなことないよ、ねっ、お母さんも言ってあげてよ。あっ!」
絶望にくれるマデリンを、虚ろな目で見ていた母親が突如その表情を一変させた。
それはマデリンが望んでいるモノでなく、狂気にかられたモンスターのモノだった。
「マデリンちゃん、危ない!」
リディがとっさにマデリンを庇い傷を負った。
たまらずホーリーサークルを足元に出し、母親の動きを止める。
「お母さん、聖女様になんてことを! 許し下さい。こんな筈じゃないの」
天上人リディに対する無礼と、母親の豹変ぶりに気が動転し、泣きじゃくっている。
マデリンにとって、すがっていた小さな希望が砕かれた。
母親は元に戻ることなく、ゾンビとしての本質を表したんだ。
それは最初の死よりも残酷で、自分ではどうする事の出来ないモノだ。
「お母さん、苦しいの? 私どうしたらいい? ねぇ、教えてよ」
聖域の呪縛から逃れようと、もがき苦しんでいる母親の姿にココロがひび割れていく。
そんな2人を救える手立てはただ1つ。
しかし、自分以外の誰かが出した答えでは、それは決して正解にはならない。
それは自分が見つけなくてはならない答えだよ。
「…………うん、今のままじゃ苦しいんだよね」
マデリンは母親の手を取り強く握り締め、大きく頷いている。
弱々しかった少女の目はどこにもなく、決意を固めた者の大人の表情だった。
「お母さんを……母を送って……ください」
その言葉に聞き返すこともなく、リディはスッと立ち上がり、歌うように呪文を唱えた。
「善良なる魂よ、迷うことなく幸せの先へ行きなさい《エクソシズム》」
満ちていく光の渦の中、体が徐々に光の粒へと変わり、そして空へと溶けるかのように登っていった。
「ねぇ、最後にお母さん笑っていたよね?」
我が子の成長を喜んでなのか、それとも安心させるためか分からない。
でも1つ言えることは、最後の一瞬、自我を取り戻し精一杯愛を見せてくれたんだ。
「うん、ありがとう。お母さん」
そして残りの人達も、聖女リディの祈りで天へと帰っていった。
モンスターとしてでなく、天へ帰るべき人として。
それから俺たちは、避難していた人達と合流するため砦を訪ねた。
「おお、生きていましたね。村の方角の空が目まぐるしく変わったので、心配していましたよ」
声をかけてきた審査員さんを交え、砦の隊長に会い後始末と調査を頼むため、村で起こったすべてのこと話した。
「リッチが出ただと? S級モンスターをたった2人でだなんてウソを言うな! 軍隊をもって当たる相手だぞ」
そりゃ信じられない事だから、隊長は当然疑ってきた。
だけど、大きく禍々しい魔石を証拠として見せると、信じられないと呟きながらも納得してくれた。
「我が国でこんな非常事態が起きるとは。クソッ、カリプス国のヤツラめ、調査は徹底的にやってやる」
先の戦争も騙し討ちだったし、停戦調整中のこの暴挙だ。隊長だけじゃなく砦全体で怒っているな。
「エイダンさんと言ったな、皆を代表して礼を言う。君のおかげでわが国は救われた、ありがとう」
いや、実力的にはA級がいいところさ。本当の最低条件で、不死の儀式が成功したポンコツだったよ。
「それでも不死者を倒すには、精神体や霊体にダメージを与えるのが必要不可欠なはず、並の方法じゃ無理だろ」
ああ、本当の完全な不死だったなら、もう少しは苦労したはずさ。
ただ、なり損ないだから、話しに聞くS級モンスターには遠く及ばなかったな。
その昔1つの王国が、たった1人のリッチが原因で滅び去り、その跡地にダンジョンを発生させた。
そのときの被害は尋常ではなく、田畑は腐り、川は枯れ、動物も姿を消した。
腐敗と滅びを繰り返すダンジョン内部には、何故かヒナギクの花だけが咲いているらしい。
今もそのダンジョンは存在し、侵入するものを拒み続けて帰さない、100階層以上からなるS級ダンジョンだ。
本物の危険度Sランクというのは、それぐらいのレベルを言うんだぜ。
「はっはっはー、グーリグリの街の冒険者は肝が据わっているな」
こちらのほうは任せて大丈夫みたいだし、あとは村人たちだな。
「私たちは村に戻ります。田畑は無事ですし、この子達を一人前に育てるのに、休んでなんかいられませんよ」
このバイタリティーと覚悟には驚かされたよ。
その言葉に砦の人たちも、全面的バックアップすると約束していた。
その中で1人マデリンだけは、街にいる3人の兄たちを頼るそうだ。
3人揃って、グーリグリの街で冒険者をやっているらしい。よかったら一緒に行くか?
「よかったーです、あ、1人じゃ不安だったのでー、えっと助かりますですよ」
畏まってどうしたんだ?
これから帰る道中数日間の旅だけど、ずっと敬語なんて肩がこるぜ、今まで通り普通に話してくれ。
「えー、エイダン様はともかく、聖女様は恐れ多いよ」
おい! なんで俺はいいんだよ、すねるぞ。
「ふふふ、でもね。私もマデリンちゃんて呼びたいから、マデリンちゃんも名前で呼んでくれるかしら?」
「は、はいー。よ、喜んでー」
リディ、熱烈なファンをゲットしてよかったな。




