第44話 死の超越者
死の王·リッチとは、元は人間であったモノが秘術を用いて、死と時間を超越する事に成功した存在だ。
しかしその代償は大きくて、神に愛されなくなり一切の恩恵が無くなってしまう。
闇に捕らわれ縛られるものだが、それでも不死とは魅力的なモノなのだろう。
ただ生前には秘術を用いれるほどの、知恵と魔力とレベルが要求されるので、その点に関しては本人たちも納得はしている。
リッチは紅い瞳で辺りを伺っている。
それとは対称的に冷たい冷気を身に纏い、その恐ろしい姿を見たものは恐怖のあまり、生気や気力を奪い取られるんだ。
「イヤッ! 怖い、来ないで、苦しい」
マデリンもリッチの冷気に当てられ、混乱して弱っているな。
「《エクストラキュアオール》《ヒール》これで楽になるはずよ」
リディの助けでなんとか正気を取り戻したか。
「わ、私どうなったの?」
魔法耐性のない者は恐慌状態に陥りやすい。ヘタをすると、そのまま命を落としかねない。
今はリディの聖障壁が効いているけど、それがなかったら危なかったんだぞ。
「怖いわ。あんなの絶対勝てっこない。逃げようよ」
逃げたい気持ちは良く分かる。しかしそれを許してくれるかどうかは別だ。
特に目の前にいるリッチは、生前かなり高い地位の人間で無慈悲な感じが伺える。
着ている服は金の刺繍がほどこされ、一目で高価だとわかる白いローブだ。
その上にまばゆいばかりの宝石を、装飾としてあしらっていて、傲慢さが滲みでているな。
『ふむ、この地の……魔素との馴染みは悪く……ないな』
リッチは完全に外に抜け出し、大地に降り立った。
両手を広げ、自分の魔力操作の確認をしているようだ。
『ふむ……《エクストリームフレイム》』
指先から細い光の糸が走る。その光が着弾地点に到達すると、圧縮された光のエネルギーが爆発炎上した。
100を越えるゾンビを焼きつくした爆風が、こちらにも届いた。
『ふむ、少し反応速度は遅いが……こんなものだろう』
掠れた声と遠慮のない強力な魔法で、この場を制圧しやがった。
『少し魔力を補給をしておくか』
おもむろにニセ村長に近づくと、頭を鷲掴みにしてさっき出していた触手を絡みつけた。
「あばばば、我が王よ、お止めくださ……ばばばば」
『望み通り……礎となりなさい』
「キャー、人が、人がー!」
生気も血や肉も全て吸い取られ、ニセ村長はものの数秒で干からびミイラにされた。
嘘だろ、せっかくの証人になんて事をしてくれるんだよ。
「何言っているのよ、バケモノ兵士。怒るポイントはそこじゃないでしょ!」
いいや、これは重要なんだぞ。ギルドや国への報告も、村人だけの証言じゃ信憑性が低くなるんだ。
国の大臣が関わっているから、立証さえ難しいのにこれで道は断たれたも同然だぜ。
「そんな難しい事より、もうムリ。早く逃げようよ」
難しい? そうか、難しく考えていたな。うん、もっと単純にいってみるか。
『内輪もめは済んだかな? 準備が良いなら始めようじゃないか』
待っててくれたのか。あれだけ覇気をぶつけてやっても振り返りもしないから、フラれたのかと心配したぜ。
『ふん、ふてぶてしい。非常に不愉快で無礼な小童ですね。
年長者の務めとして指導してあげますよ《アシッドレイ》』
「させません! 《聖障壁》」
「サンキュー、リディ。俺もいくぜ! 《グラウンドプレス》」
リッチが飛ばした何百という毒の弾丸を、リディが弾き返し、間髪入れずに俺は空を覆うほどの大岩で畳み掛ける。
『ふっ、小癪な。《ダグネスストーム》』
リッチも負けじと暗い竜巻の力で、大岩を削り粉砕した。やるな、あの岩を一瞬かよ。
「まだですわ《ホーリーサークル》」
リッチが立っている場所と周りに、いくつもの聖域を作り出し、逃げ場のないように囲い込んだ。
『よく考えられた配列ですね。しかし私を縛るには少々力不足です。
進ませてもらいますよ《カースインフェルノ》』
地獄の領域を展開し、まるでそこに最初から無かったのように、聖域を壊しながら歩み出す。
でもリディ、あれは効いているぜ。その証拠に聖域から出ようとしている。自信をもってそのままだ。
「ええ、《ホーリーサークル》」
短い間のこの攻防に、マデリンの意識はついて来れず、顔を強張らせ固まっている。
ヘタに動かれるよりは良いから、この子はそのままだな。
「そこだー! 《スタンディフュージョン》」
俺の麻痺の魔法がリッチをとらえた。
『おやおや、我ら不死者に麻痺など、効かないのも知らないのですか?
私と戦うにしては呆れたものです』
魔法のエフェクトを纏いながら、リッチは曲がった指をたてて笑ってきた。
「いや、試しただけだ、気にすんな《エクソシズム》」
今度は邪を払う浄化の魔法、これでも笑っていられるかな?
『ふん、闇の城壁兵』
思った通り分厚い防御結界で、こちらのエクソシズムを相殺してきた。
『惜しいですね、あと1歩と言うところです。まっ、その1歩が遠いんでしょうがね。フハハハッ』
リディの裾にすがりつきながら、マデリンが泣きじゃくっている。
今ここで繰り広げられている状況が、理解できずにいるみたいだ。
「可哀想に、大丈夫よマデリンちゃん」
「全然大丈夫じゃないじゃん、魔獣の口の中のほうがまだ安全よ」
『ふははは、その娘が一番に理解しているようですね。期待通り終わりにしてあげましょう。
忌み嫌われし者よ、喰らい尽くせ《グリーディーシザー》』
絶えることなく無数の餓鬼玉が、リディの聖障壁を破ろうと迫ってくる。
「キャー、気持ち悪い、コワイヤメテー!」
ヨダレを垂らし舌を舐めづり回しながら、数センチ先で跳ね返るので気色の悪い。
うへ、匂ってきそうで俺も苦手だぜ。
『ふはは、カメのように縮こまっていては、活路はひらけませんよ。
はかなき命を持つものよ、存分と足掻いてみせなさい』
傲慢さを隠くそうともしてない。自分の魔力と種族に絶対的な自信があるのだろう。
「ああ、神様助けて下さい。あなたの力がいま必要です。どうか、どうか」
マデリンの方が少しうるさいが、リディに今の感想を聞いてみた。
「なぁ、リディ。あのリッチってさ、大した事ないよな?」
「うふふ、そんな事言えるのエイダンだけよ。ただ、貴方ならどんな相手だって、負けないって信じているわ」
ははっ、ありがとう。マデリンもうるさいし、さっさと片付けようか。




