第43話 光と闇のせめぎ合い
ゾンビたちはひたすら、埋められた杭に取り付き、必死になって抜こうとしている。
それを今まで中心を目指していたモンスターが反転。突如ゾンビを襲いだしたんだ。
「これは勝てるかもしれないわね」
ゾンビたちが杭を抜くスピードがあまりにも早く、生け贄となる総数が増えても、間に合わないと判断したのだろう。
つまりこのまま俺たちが、ゾンビを守り杭を抜いていけば、邪悪なモノの復活はありえない。
「《ホーリーアロー》希望が沸いてきたわ」
「うん、お母さーんがんばってー」
モンスターは広場の中心にある球体を目指すより、はっきりと敵対心を持ってゾンビに襲いかかっている。
それに対しゾンビは、いくら集中しているとはいえ、攻撃をされ過ぎかな。
まぁ、数は圧倒的に多いので、モンスターも攻めあぐねているし、下手をすると押しつぶされている。
数の暴力ってえげつないよな。
今やほぼゾンビ頼みの流れになっているよ。
俺もアイスアローなどの単体狙いで、ゾンビに被害が出ないよう気を使っているんだ。
どっちが主役かわからなくなっちまうぜ。
だが時間の問題と安心したのもつかの間、突如あの球体が空に上がっていった。
「何か来そうよ《聖障壁》エイダン、気をつけて!」
聖障壁を張ってくれた瞬間、球体から黒い稲妻がほとばしり、多くの者をなぎ倒した。
一気に30~40体はいっている。
それはゾンビだけじゃなく、仲間であるはずのモンスターを巻き込んだ無差別の攻撃だった。
「ナゼ生け贄までつぶすのかしら」
その答えは簡単だよ。多分モンスターは、いくらでもおびき寄せるのだろう。
つまり、ここにいる者を全滅させてから、再び力の収集にかかればいい。
血も涙も通っていない、邪悪なモノに相応しいやり方だ。
「どうするの、あの球体を黙らせないと!」
試しに弱い魔法を球体にぶつけてみたが、損害を与えず吸収されていった。
思った通りうかつに攻撃ができないが、打つ手はあるぜ。
つまり、こうするだけだ。
「《ライトサンダー》」
本体がダメなら放たれる魔法をうち消して、こちらに被害を出させなければ良いのさ。
同じレベルまで力を抑え、魔力の波長を合わせれば相殺できるぜ。
「うふふ、そんな事ができるのはエイダンだけよ」
「やっぱりバケモノじゃん」
リディの後ろに隠れてマデリンがブツブツ言っている。また、この子を怖がらせたのかな。
少し気落ちしたけど、今は目の前のことに集中だ。
何度も何度も魔法打ち消し、邪悪な未来を潰していく。
俺が魔法を打ち消し、リディが残ったモンスターを狩っていく。
徐々にモンスターの数も減っていき、ついには全てを討ち果たしたぜ。
しつこく繰り返すことで、球体もついに諦めたのか、攻撃をやめて静かになった。
「お母さん、やったよ。私たちの勝ちだよ」
しかも邪悪な魔素も薄れているし、色も黒から灰色や緑といったいろんな色に変化し始めている。
後は残った杭を引き抜くだけだぜ。
「いや、まさか、おい、早い。それは早すぎるだろ! 止めろ、止めるんだ!」
ことの成り行きを黙って見ていたニセ村長が、大きな声を出して暴れ始めた。
今さら騒いでもそちらの逆転はないだろ。往生際が悪いぜ。
「今ここで出てくるな、完全体までもう少しなんだぞ」
おいおい、聞き捨てならないぞ。あんな状態でも召喚ができるのか?
「よからぬことが起こる前に、早く抜いてしまおう」
ニセ村長に気を取られている隙に、球体はどんどん大きく膨らんでいる。
それを尻目に俺たちは、必死にゾンビと力を合わせた。
ザクザクと周りを掘り杭をゆらす。まだ抜けないなら掘り進めまたゆらす。
抜けたら次へと取り掛かる。
――キュィーン、キュィーン、ググッ、キュィーン――
耳をつんざく高音が、辺り一面に鳴り響いた。
「イタたたたっ、せ、聖女さまー、頭が割れそうだよ、助けてー」
魔法耐性のある俺たちでさえ、耳をふさいでうずくまってしまうんだ。
まだ幼い少女にとっては、拷問のような音だ。
「《エクストラキュアオール》大丈夫マデリン? こちらにいらっしゃい」
リディに抱えられ、ホーリーサークルの中に入る。
「ヒィッ、あれは何なの?」
安全と思ったその周りに、恐怖が揺らめく光景が広がっていく。
家よりも大きくなった球体は、赤い満月かの様に輝いている。
そして、真ん中がネコの目の如く割れ、深い闇を覗かせた。
「開いた! 遂にやったぞ。全能なる我が王よ、よくぞおいでなさいました。
早くそのお姿をお見せください」
その割れ目が異空間との繋がりで、そこから凄まじい冷気が流れ込んできた。
凍える寒さは絶望の象徴。深い闇は堕落の権化。
向こう側から枯れ枝の様な指が、割れ目のフチにかけられた。
『私を呼ぶ者は……何を望むかや?』
ひどく掠れた声で語りかけてくる。
だがそれは少しも弱々しい声でなく、しっかりとした意志のこもった響きだ。
「わ、わひゃしは貴方様が、つ、作られる楽園を望みます」
『ならば……その栄光の礎と……してやろう』
闇の中から紅く光る瞳が見えた。何が楽園だ、その目には絶望と苦しみしか映っていないじゃないか。
かかる指が増えていき、しっかりと掴んで左右に広げようとしている。
線のように狭い隙間だった割れ目は、徐々に開いていく。
その声の主が遂に姿を現した。
指や腕だけじゃなく、顔や体に至るまで肉が削ぎ落とされ、乾いた皮がへばりついている。
生気のないその表情はアンデットに間違いない。
しかしどこか高貴で強い意志を持ち、さらには言葉を使い、強い魔力を秘めている。
こいつはそんじょそこらのアンデッドじゃない。
「嘘でしょ、こんなのおとぎ話にしか出てこないのに、怖いよ」
伝記や昔話に書かれている通りなら、紅い瞳が何よりの証拠。
「ああ、あれは間違いなく死の王·リッチだ。S級モンスターのお出ましだな!」
永遠に続くかと思うほどの、マデリンの悲鳴が続いた。




