第41話 避難誘導
呪詛が組み込まれた杭は、ドンドンと聖なる力を蝕んでいく。
その進行具合が、魔素の乱れの正体だったんだ。
「まさか、ゾンビはこれを阻止しようとしていただなんてね」
不思議な事だが、事実この村を救おうとしていた。
死んでも家族を思う気持ちや、故郷を守りたいということが、ゾンビを動かしたのかもしれない。
この事実にむせび泣くもの、改めて兵士に怨嗟の思いをぶつけるものと様々だ。
「うっうっう、母さん。ありがとう、私たちのために」
亡くなってまで尽くしてくれる家族の愛。
生きている者に一様にしてあったのは、その愛を無駄にしたくないと言う想いだった。
ゾンビが必死になって抜こうとした杭を、自分たちも取り払おうと動きだしたんだ。
村人が主導になり片っ端から抜いていく。しかし、夜中の作業なのでなかなか難しい。
休みを入れつつ必死に動いた。体を動かしながらも、いろんな疑問が湧いてくる。
邪悪な王とは、悪魔や邪霊の類いか? もしかしてそれよりも上位の存在かも。
それに呪詛をどうやって組み込んだのか。
何百とある全ての術式を、人知れず書き込むのは難しい。
「おい、村長。いい加減話したらどうだ」
縛り上げられた村長は、黙ったまま目もあわせようともせず、埒があかない。
村長を問い詰めていると、村人たちがソワソワしている。
「あの~、冒険者さん。その人、村長じゃないんです」
え~! そこから~? もっと早く言えよ。話す機会いくらでもあったでしょ。
まぁこれを機に、今までの疑問が一気に解決しだしたよ。
まずニセ村長は襲撃してきた兵士の一員。
広場にはもともと何もなく、村を荒らした兵士が、外から持ち込んで打ったらしい。
それだったら何も遠慮することないじゃんか。
後付けの呪詛なら、今やっている様に杭自体を排除すればいい。
「すみません。私たち、怖くて怖くて。勇気が出なかったんです」
そうだよな、怖い兵士が目の前にいたんじゃ話せないか。
と言うか、ニセ村長はバカブレッドの配下だったんだ。
「し、失礼な。私は高貴なるベルゼ·フォックス法務大臣に仕える者だ。あんなオークまがいの下ではない」
大臣のだと? 語るに落ちるとはこの事だな。
それにしても、あの2人まだ繋がっていたのか、呆れたぜ。
「あ、しまった」
「まだまだ、あなたには話してもらう事がありそうね」
空も白み始め、とりあえず解決方法も見つかったので、朝食がてら長い休憩をとることにした。
徹夜の疲れで気が抜けていたので、その危険な接近を許してしまった。
「グオォオォーン!」
突然数体のフォレストウルフが現れ、村人たちを襲い始めた。
「しまった《ファイヤーボルト》」
「ギャイーン」
「すぐ治しますので、気をしっかり持ってください《ヒール》」
「こっちは片付いた、村人は?」
「大したことなかったわ、全員完治です」
俺はすぐにレンジャーを書き足し、周囲を警戒した。
すると驚いたことに、すでに森には1000体を超える無数の気配がある。
新手にしては、集まるのが早すぎるぞ。ケッコーヤバい事態だぜ。
ただしその殆どは、全く動かないゾンビの気配のようだ。
そして、その中にごくわずか、この村に向かってくる気配もあるな。
「また来るぞ。みんな後ろに退って」
レーダーを確認していると、今度は20体もの影が迷わず、広場に向かってくるのが見えた。
やはりゾンビと同じように、この魔法陣に引き寄せられ集まってきているな。
現れたのはゴブリンで俺たちを見ると、ギャブギャブと喜び襲ってきた。
さっきのフォレストウルフといい、ゾンビとは目的が違うようだ。
「だったら遠慮はいらねぇな。《アイスジャベリン》」
「誰も傷つけさせませんわ《ホーリーアロー》」
魔力の高い俺たちの攻撃は、たった一撃で数体のゴブリンを葬り去る。
「グギャ! ギャップルガー」
少数の獲物と見て、なめきっていたゴブリン達だが、自分たちの不利を知り、広場の中央の方に逃げ出した。
「逃がすかよ《ジャスティスサンダー》」
枝分かれする雷撃が、残りのゴブリンを全て捉え殲滅した。
いや、一匹範囲から外れ、ダメージが少なかったようだ。
必死に逃げているけど、ヨタヨタと足元がおぼつかない。
「トドメを……ん、何だあれは?」
それは拳ほどの大きさの球体で、突如広場の中央に現れた。
それを見たゴブリンは嬉しそうに駆け寄り、恍惚とした表情を浮かべ触ろうとしている。
すると次の瞬間、球体から触手が伸びゴブリンに絡みついた。
肉に触手を食い込ませ、引きちぎらんばかりだ。
そしてドクドクと、魔力や生気の全てを吸いはじめ、ゴブリンをカラカラのミイラにしてしまった。
「ふぁーはっはっはー! やっと来たか、闇の先発隊」
口を閉ざしていたニセ村長が、ヒキツケかと思うぐらい大笑いをしている。
「これでお前らもおしまいだ。生け贄が集まってきて、召喚の準備が整うぞ」
まさかと思い、広場に意識を持っていく。
魔素の乱れが更に酷くなっている。まだ致命的なほどではないが、それも時間の問題だ。
森にいる1000体のゾンビ、これは心配ない。
しかし、ニセ村長のいう通りなら、他のモンスターが村に集中してくるぞ。
この環境下でそれを凌げるか?
子供たちを庇うとなると、敵の戦力が不明では判断できない。
「近くの大きな町はありますか?」
「大人の足で3日ほどかかる場所に、大きな砦はあります」
状況的には逃げの一択だな。それにこの事を外に知らせなくちゃいけないし。
ただ、そこにたどり着くには、他の脅威も考えなくちゃいけない。
ましてや子供連れだ。大人とはいえ非戦闘員の村人では当てにならない。
「え? 冒険者さんは一緒に来てくれないのですか?」
俺はここに残るつもりだ。魔法陣をこのままにしておけない。
手遅れだろうが、ギリギリまで粘って阻止してやる。
「でも私たちだけじゃ、絶対にたどり着けないですよ」
不安なのはよくわかる。でもよ、誰かが止めなきゃ、この村だけじゃなく国全体に被害出てるんだ。
「そ、そんな」
全員踏ん切りがつかないでいる。遅いと危険度が増すので、早く決断してほしい。
「困っているようですね。私の手でよければお貸ししますよ」
それは帰ったはずの審査官さんだった。
「これでも元Aランクの冒険者です。少しはお役に立てると思いますよ」
有り難い、これで道筋が見えてきたぜ。
これで村人も勢いづき、急いで避難の準備を始めた。
ただ3日の距離とはいっても、それなりの準備がいる。
食料もその3倍は必要となるし、身の回りの必需品もいる。
しかし大半は子供の集団だ。あまり重たいものを持てないので、その選別に四苦八苦していて、時間がかかりそうだ。
その間、俺たち2人と審査官さんは、広場の杭抜きを続けた。
4分の1ほど抜いたのに、邪転の流れが止まらない。
「無駄だぞ、ムダ。その程度で、あの方の叡知は崩れんわ」
「ウルサイですね。少し黙ってもらいましょう」
審査官さんはかなりイラついていたみたいで、近づくと顔面に1発叩き込んだ。
Aランクの拳の勢いで、前歯全部折れたみたいだが、ニセ村長には同情できないかな。
そうこうしているうちに、村人たちが集まってきた。
「お、お待たせいました、準備できました」
「それでは出発を……む、聞いていた人数と合いませんね」
確かに1人足りない。ここにきての行方不明者に皆がざわつき始める。
「あの娘だ、マデリンがいないんだ!」
マデリンって石を投げてきた娘だったな。
全員で村中を探し回るけど、どこにいるのか姿が見つからない。
しかし、状況を冷静に見ている審査官さんは、村人たちに無情の言葉を放つ。
「仕方ありませんね。置いていきましょう」
「ま、待って下さい。あの子の親にも託されたんですよ。置いていくなんて出来ません」
「しかし、これ以上遅れは、致命的になりますので」
苦楽を共にした仲間、さらに理不尽な暴力も乗り越え、明日へと生きる決心をした人達だ。
見つからないという理由だけで、切り捨てる気持ちにならないのだろう。
俺が同じ立場なら、決して見捨てたりはしない。そう、助けるんだ。
「みなさん安心してください。1人ぐらいなら俺たち2人で守り切れます。あとは任せて行ってください」
「し、しかし」
「大丈夫、俺が全てみなさんの願い、叶えてみせますよ」
納得はいかないも、この間にも襲ってくるモンスターがいるので、村人はシブシブ出発した。
「さぁ、エイダン。気合いを入れていきましょう」
ああ、何がなんでもこの企みぶっ潰してやるぜ。




