第40話 ピエロは舞台で踊るもの
その日の午後、俺たち2人は村の外にある森に来ていた。
村人には日が落ちてから帰ると伝え、昼間のゾンビの状態を見に来たんだ。
ゾンビたちはバラけた場所に、それぞれ立っていた。
その中の1体に近づき、つついたりして反応見てみた。
一般的にゾンビのような不死の者や、不浄なモンスターは夜の時間帯や、ケガレたエリアで活発になる。
それはあくまでも夜が主流なだけであって、日中であっても多少は活動する。
なのに、一切動く気配がない。エネルギー切れ?
それに聖域などのエリアでは浄化の力があるので、動くことができなくなり、長時間いると体が崩れる。
だから活動領域としては、避ける場所のはずなんだ。
今回はそういった常識が通じないんだ。
その割には、エクソシズムなんかの聖なる力には弱いし、どうも一貫性がない。
「もう1度試してみようか」
止まっているゾンビに対して、俺たちはそれぞれエクソシズムを放ってみる。
同じスキルでもそれぞれに特徴があり、俺とリディでも色々違うところがあるんだ。
リディのは広く浅くといったところかな。
優しい力で包み込み、範囲が広い分ゆっくりと効いていく。
リディらしく、少しでもたくさんの人を救いたい。そういう気持ちが現れている。
ただ浅くと言っても、聖女の名に相応しく力強く十分な威力を持っている。
それに対して俺のは、有効範囲は1~2体といったところで狭いんだよ。
その反面、発動スピードも速く、1点集中で威力も強い。
まぁ同じスキルでも、こうも性格がでるもんだ。
色々試したが、スキルの効き方に問題はなく、新しい情報の収穫とはいかなかった。
「あら、ゾンビが動き出したわ。もうそんな時間なのね」
気づかない間に夜になり、襲ってこないゾンビと一緒に村へと向かった。
バラけていた数も徐々に集まり、村に着く頃には相当の数になっていた。
「ねぇ、ちょっとコレ多すぎない?」
昨日とは比べ物にならない数にびっくりし、広場へと急いだ。
「おおー、やっと来よった。は、早く退治しろ」
広場はゾンビに埋め尽くされ、ワラワラと杭に群がっている。
200体はいるだろうか、村長1人の力では止めることができずオロオロしていた。
そして、その中で一本の杭がついに抜き取られ、地中に埋まっていた2メートルの部分をあらわになった。
「ちょっとヤバいな。手分けして殲滅するぞ」
左右に分かれて、数が多い集団から倒していった。
「迷えるその悲しみ、救ってあげますね《エクソシズム》」
リディは地面に魔法領域を展開し、一気に10体以上のゾンビをとらえ葬っていく。
「やるな、こっちも負けてられないぜ《エクソシズム》」
目の前のゾンビが胸元に、魔法起点を発生させ、そのまま領域を広げる。
リディのような安定感はないが、内側から作用するので威力が高く、連続性に長けている。
「うりゃ《エクソシズム》」
「あ、ズルいわ。そこは私の陣地よ!」
ははは、なんだそれ。ってあれ、本気で言ってるのか? 離れた場所にするよ。
「《ホーリーサークル》これを目印にするから、入ってきちゃダメよ」
上級聖魔法をピン替わりにって、なんて贅沢な使い方なんだよ。それも豊富なMPがあってこそだな。
しかも、討伐数では若干リディの方がリードしている。
ホーリーサークルを使って、ロスタイムがあったのに余裕だよ。
随分もの数を葬った。ただ、何かしっくりこない。
俺たちが浄化を進めていくのに、当のゾンビ達はそれでも構わず、杭に集中している。
もともと無表情なのだけど、その姿勢がなんとも言い難い。
没頭しているというか、使命感を持っているというか、とにかく俺たちは見向きもされないんだ。
「エイダン。なんだか私たち、間違った事をしているんじゃないかしら?」
無抵抗な者を後ろから、有無も言わさず狩っていく。この行動には、どうしても正義が見えない。
「それでも今は、これが最良だと信じようぜ」
「……う、うん」
納得いかないリディを、付き合わせてしまうのも酷な事かもしれない。
そう考えている中、ようやく全てを葬ることができた。
浄化されたゾンビは痕跡を残すことはない。
ただ引き抜かれた数本の杭が、その行動があったことを物語っている。
地面に横たわった杭の、土の付いた部分に目がいく。
そこには金色の文字が彫り込まれていた。
「エイダン、これってあの山のと同じじゃない?」
山全体が毒に犯され、多くの生き物を苦しめたオベリスク。
古代文字が刻まれ、その術式であの界隈を壊滅に追い込もうとしていた。
その文字は解読不可能で、内容がどんなものだったのか解らない。
「エイダン」
今あるこの文字も、リディには読解は出来ていない。だけどあれを経験をした者なら、これが良くない物である事はすぐわかる。
「ああ、リディの予想は当たっているよ。これは呪詛の言葉が刻まれている」
――我が邪悪な王よ、来たりませ――
ジョブを賢者にした俺には、ここに何が書いてあるかが全て理解できた。
「やっと終わったか、早く杭を戻すんだ」
地中の文字の部分を隠すように動く村長。
(コイツ……ジュソヲ、シッテイル)
心に氷のような冷たさを感じ、涙が溢れてきた。
「な、泣く? 急ぐ時に、ジャマくさい」
昔からある聖なる場所。その力を弱める程に打ち込まれた無数の呪詛。
いや、元からある聖なるエネルギーを反転させ、邪悪なエネルギーに使っているんだ。
神秘的に見えたその配列も、魔法陣の術式が組み込まれている。
全ては術を完成させるため、全ては邪なる者を呼び寄せるためだ。
「おい、聞いているのか、グボッ!」
うるさくさえずる村長の喉を鷲掴みにした。
「ウソは一切許さない。この呪詛のことを全て話してもらおうか〝邪悪な王〞とは一体なんのことだ」
村長のその目の奥には、怯えと諦めの色しか浮かんでいなかった。
それを見逃すほど俺は間抜けじゃない。




