第4話 全てを叶える者
ガラスに映った姿は俺そのものだ。
顔の腫れている以外、身体的特徴は何1つ変わっていなかった。
いや正確に言うと、顔にかかれた落書き以外はだ。
【チョーイケメン】
……………………う、思い出しちまった。
昨晩のイケメンからの煽りが悔しくて、宿に戻ったとき自分で書いたんだった。
『なにがイケメンだよ。羨ましくねぇよー。
俺ならその上の、チョーイケメンになっちゃうもんねぇー』
ノリノリで陽気にペンを取り出し、鏡を見ながら描いたんだっけ。
はぁ~、酔ッパライはダメだ。何をするか分かったもんじゃない。
しかし酔っていたのに、結構きれいな字で書けているな。
いやいや、そうじゃないぞ。自分のしたことに恥ずかしいやら、呆れてしまうやらで、途轍もなく後悔している。
こんな子供じみた落書きをしてよ。しかもそれを忘れて、堂々と街を歩いてしまうなんて。
ヒィィィィ、思い出すだけで恥ずかしいぃぃ。
さっきまで冒険者ギルドでの、新しい生活に浮かれていたさ。
でも、それを理由にしたとしてもアホすぎる。
死んだ両親もこれを見たら、悲しむどころか腹を抱えて笑うだろうな。
しかも、モテたのは実力じゃなくて、この顔の落書きのせいかよ! ナンなんだよそれ!
……ん?
んんん?
おおぉぉぉおおおお!
『チョーイケメン』と書いたから、『チョーイケメン』になってモテまくった!
普通じゃあ、こんな都合のいいことあるはずない。
もしかしたら、俺はとんでもないことを発見したのかもしれないぞ。
つまり顔に文字を書くことで、スキルや特徴、もしかしたらジョブさえも、手に入れることができるかもしれないって事だ。
でも本当にそうなのか? いや、たまたま偶然かもしれないぞ。落ち着けーおちつけー。
それでもさ、さっきのモテモテハーレムは現実に起きていたよな?
うー、期待と否定する言葉が、頭の中を駆け巡るー。
「でも俺は、このことを信じたい。いや、信じさせてくれ」
祈る気持ちで目を閉じ、ステータスオープンを唱える。
目の前には、自分のステータスが浮かんでいるはずだ。
でも、目をあけるのが怖い。馬鹿なコトだけど、有るはずもないものを期待しているんだ。
思い返せば、アザの効果がないことで、苦しむばかりの人生だった。
両親はそんな俺を不憫に思い、いっぱいの愛情と、どうにかして他のアザを与えようと、財産をつぎ込んでくれた。
すげぇ感謝しているし、期待に応えるよう俺も頑張った。
でもそんな方法なんてある訳ない。
現実は厳しく、俺も毎日落ち込んでいたよ。
でも父様は、いつも決まってこう言ってくれていたんだ。
『なんてことはないさ、全て私が叶えてやる』
この言葉に、どれほど勇気づけられたことか。
俺を信じてくれた両親に報いるためにも、勇気を持って見てやる!
エイダン·イーグル
Lv :1
ジョブ:――
HP :17
MP :7
力 :12
体力:10
魔力:15
早さ:8
器用:8
運 :5
パッシブスキル:イケメンムスク イケメンビーム イケメンポイズン 信じる心 魅了耐性 .
サンゼンと輝く5つのスキル。
「ゆ、夢が……夢が叶った。スキルが……何も無かった場所に……ちゃんと……ありやがるぜ!」
とつぜん何の前触れもなく、この俺に、こんな俺に。
「グフッ、うっぅうっ、グウゥッ」
嬉しくて涙が止まらない。でも、両親にこのことを見せてやれなかったのが、残念でしょうがない。
いや、あの2人なら空の上から見てくれているよな。
「やったぜ、父様ーー、母様ーー!」
ガラスを見ると、涙で文字が滲んで消えかかっている。
もしやと思って再度確認してみると、スキルが全部きえていた。
え、え、え? なんで、なんで無くなった?
めまぐるしい展開に、頭の中が真っ白でパニックだ。
おちつけー、オレ! よく考えろ、アザがないという事はスキルがない証拠じゃないか。
うん、ここまではいいな? じゃあ、文字が消えたらスキルもなくなるのは、自然なことだ。うん、自然。
「嫌ーーー、自然で済まないでくれよ! 俺の輝きかけた未来はどうなるんだよ。そんなのナイぜ!」
待て待て。もしかしたら、見えなくてもさっきのスキルが、俺に定着したかもしれない。
ムッチャ都合のいい考えだけど、ありえる事かも。
うん、落ち込む必要ない。いや逆にもしそうなら、この先ずっとあんな騒がしい毎日を、送らなくちゃいけないぞ。贅沢な悩みだけど、ゾッとする。
「確かめてみるしかないか」
俺は顔の文字をきれいにぬぐい去り、恐る恐る大通りの様子を伺った。
俺を追いかけていた道具屋の奥さんを見つけた。
他の人は誰もいなくて、奥さんも諦めて帰ろうとしている感じだった。
もしイケメン効果が続いていても、1人ならなんとかなりそうだ。
さっきの恐怖感はあるけど、意を決して大通りに出てみた。
奥さんはまだ俺を探しているみたいで、辺りをキョロキョロしながら歩いている。
奥さんと目が合い、こちらに向かってくる。
「あのう、すみません」
効果は続いているみたいだ。これは嬉しいけど、なんとかしないと結構きついぞ。
「あなたみたいに顔が腫れている、チョーイケメンを見ませんでしたか?」
さっきの俺と認識していない。不思議だけど、もう1つ踏み込んでみるか。
「そのチョーイケメンが、俺だと言ったらどうします?」
「笑えないわよ。まぁ彼に渡したかったけど、あんたの傷もひどいし、これあげるわよ」
そういって、俺にHPポーションを1本渡してくれた。
「いいのか?」
「ははは、あんたも傷が治ったら、案外いい男かもね。
今日はお代はいいから、今後うちの道具屋をひいきにしてね」
見ず知らずのこの俺を、イケメンでもなんでもない無能なこの俺を、この人は見てくれた。
1日に2度も泣くとは、俺の人生捨てたもんじゃない。
「ありがとう。この礼は必ずするよ」
これで1つ分かったことがある。
書いた文字には、本物のアザと同じ効果はあるが、消えて無くなればそれまでだ。残念だけど定着はしないようだ。
そしてもう1つの疑問が浮かぶ。
「1回きりってことはない……よな?」
自分の言葉に、心臓をギュッと掴まれた気分だ。
もしチャンスはたった1回のみ。そんなルールがあったとしたら恐ろしい。
消してしまったのは、早計だったかも。しかし遅かれ早かれ分かることだ。
同じ【チョーイケメン】で試して、白黒はっきりつけよう。
ガラスを見て、同じ右ほほに書いていく。
もしダメだったとしたらと考えると、手が震えて線がビビっている。
落ち着け。ただの文字を書くだけじゃないか。
映った姿を見て書くにしても、逆さ文字になるし、人生の最終判断が下るのだと思うと、一筆一筆に力が入る。
「なんてことはないさ。全て俺が叶えてやる」
父様のセリフをまねてみる。今は自分で自分に言い聞かせ、心に染み込ませる。
父様のように、重量感のある声じゃないけど、少し落ち着いてきた。
【チョーイケメン】
さっきよりもきれいに書けているな。再び気合を入れ、大通りに出てみることにした。
父様、母様。新しい俺の人生を見てくれよ。そう祈りながら通りに立ち、辺りを見回した。
周りに人はいる。しかし、さっきのように誰1人として、寄ってこようとはしない。ボソボソ話しているだけだ。
…………終わった。
あの効果は1回だけだったんだ。いや、もしかしたら、俺の妄想だったのかもしれない。
別にイケメンであり続けたいわけじゃない。でも、やっと手に入れた俺の特徴だったのに。もう2度と戻ってこないなんて。
クソッ、1日に3度は泣かないぞ。泣いてたまるものか。1度でも味わえたんだから、いいじゃないか。
エイダン、胸を張って前を見ろ。そう自分に言い聞かせ顔を上げた。
「ウソ、さっきよりもイケメンじゃん」
ん?
「もう輝きすぎて、声かけられないよ」
んん?
「キャー、こっち見たわ。あの潤んだ瞳、私どうにかなっちゃいそう」
さっきより、メチャクチャ反応が良くなっているよ。ついに人生超えてきたーーーーーーーーーーーー! 俺の想いが叶ったぜー!
「んん……叶う? はっ、そういう事か!」
いま気がついた。これは恩恵のないと思っていたスキル【全てを叶える者】の効果なんだ。
顔に文字を書くことで、その想いを叶える物だ、間違いない!
全くの思い違いをしていたぜ。これは決して役立たずのスキルではなかったんだ。
ははは、仕組みが分かれば、なんてことない簡単な事じゃないか。
長年のあの悩みは、いったいなんだったんだよ。腹の底から笑えてくるぜ。
それにしてもこの奇跡、知れば知るほど奥が深いぞ。
これは長年憧れていた〝アレ〞を試してみるか。