第36話 ギルドランク昇格試験
暗殺かぁ~。ブレッドのヤツ、そこまでタガが外れるなんて、領民は大丈夫なんだろうか?
暗殺というのは、有効な手段だよ。
でもそれは1度使ったら最後さ。どの世界でも誰にも相手にされなくなる。
それを押し通すには相当の覚悟と、財力や影響力がなければできない。
「ブレッドのことだから、あれからだいぶ経つし、自分で何をやったかさえも、きれいさっぱり忘れているわよ」
たぁ~、あり得るから怖いよなぁ。
ブレッドは幼い頃から、俺へのちょっかいが多かった。
いつも返り討ちにして追い払っていたけど、大きくなった今、冗談では済まされない。
それなりの権力を持ち、歯止めも利かなくなっている。
そろそろ、どこかでキリをつけないといけないかもな。
「ねぇ、資料室での調べ物も終わったのよね?」
俺の表情を見て、リディが話題を変えてきた。考えすぎは良くないってことか。
普段の生活が大事だし、まずそちらに集中するとしよう。
「ああ、この周辺のモンスターはあらかた調べたよ。
でもやっぱり、ジョブやスキルの詳しいことは、王都の図書館じゃないとダメだね」
焦って動くこともないし、王都に行く機会があったら調べてみるか。
それに今日からはギルドクエストの再開だ。
このところ、レベル上げばかりしていて、クエストを疎かにしていたもんな。
時間が勿体ないといって、解体もせずに打ち倒しっぱなしだったから、ロクにポイントを稼げていなかったんだ。
先日のジュエル茸での収入があったし、ギルド貢献を無視すれば、一番効率が良いやり方だったからなぁ。
ただもともと俺の実力と、ギルドランクのバランスが取れていない。
これは分かっていたことだけど、レベル28となった今、Dランクだと少し物足りなく感じているんだ。
「じゃあ、たまには上のランクの内容も見てみましょうよ」
Bランクだとメデューサ討伐や、金羊の毛皮の採取になるのかぁ。
ハードルは高くなる分、経験値も稼げそうだ。報酬も10倍じゃきかなくなってるし、メッチャいいな。
苦労と報酬が釣り合っていて、これぐらいがちょうどいいんだよな。
それに対してAランクやSランクになると、報酬は100倍や1000倍と跳ね上がる。しかしその分内容がひどい。
例えばAランクでは、モンスターに占拠されている深淵鉱山クミトで、オリハルコン鉱を入手しろとか。
グレーターデーモンの討伐とか、一筋縄ではいかない案件ばかりだよ。
更に、Sランクに関してはほぼ不可能なものばかりだ。
外界との接触を持たない神聖樹国での、聖樹の葉っぱ及び枝の入手やら、竜のうろこを3枚入手しろとか、誰がこんなものを受けるんだよ。
実質、頻繁に消化されているのはBランクまでのクエストで、AランクやSなんてやるもんじゃないぜ。
それにギルドランクがAやSになると、変な責任やしがらみも出てくる。
もしこれからランクアップするとしても、Bより先は上げないつもりだ。
「私としてはエイダンの凄さを、世の中の人にもっと知ってほしいけどなぁ」
冒険者ギルドは必要不可欠の機関だけど、厄介事の種なんだよな。
下手に関わると、貴族の時のように縛られての生活に逆戻りだから、まっぴらごめんだぜ。
気分を入れ直しクエストを物色していると、1人の職員に声をかけられた。
「あなたがDランクのエイダンですね?
あなたにとって朗報となる、ギルドランク昇格試験の知らせを持ってきてあげました」
誰だこれ? 初対面なのに上から目線でやってきた。
「あ、間に合ってますんで、他当たってください」
さすがは俺だ。爽やかな笑顔で返せば、静かに向こうも退いてくれるはず。平和が一番だよな。
「ちょっと、何言ってんだ君は。さっさとテーブルについて、話を聞きなさい」
なるほど、押しが強いタイプか。こちらももうひと押しかな。
「他の用が立て込んでいますので、あいにく時間が取れないんですよ。本当にすみません」
この返しにもしつこく食い下がってきた。なんだこの人扱いづらいな。
「ギルド長、エイダンさんがいました。あそこです」
「おお、よく来た。エイダン、話があるからちょっとこっち来てくれ」
いつも堂々としたギルマスが、いつになく慌ただしいな。たぶん、この職員の事だな。
「分かってるじゃねぇか。詳しく話すから、落ち着いた心で聞いてくれよ」
とびきりのお菓子を出すからと誘われて、ギルド長の政務室、通称〝拷問部屋〞へと連れ去られた。
「俺もこの部屋を使いたくねぇが、仕方ない」
拷問の由来とは、ギルド秘書に溜まりにたまった仕事をさせられて、悶絶するギルド長の声が響きわたることから、その名前がついた部屋だ。
息を整えて語るギルド長。その内容は先日、冒険者ギルド本部で会合が行われたらしい。
その時の議題の1つで、有望な人材のギルドランク向上を目指すことになった。
このグーリグリ支部で、筆頭対象になったのが俺たちで、本部から直接審査官がくる運びになったそうだ。
「なぁ、そこに俺の都合は入っているのか?」
「だから、こうして話しているんじゃねぇか。その~あれだ、タイミングが問題になっただけだ」
あの審査官の性格も把握していたって事か。
「あとはだ、このところ戦争の機運が高まっている。
俺としても、若い者を行かせたくないんだよ。お前にとっても悪い話じゃないぞ」
俺が受ける試験は、DランクからBランクへの飛び級試験になる。
上位ランクのその恩恵は、一般人に比べればいいことばかりだ。
税率も下がるし、所属エリアの施設も使用可能になってくる。
それに今ギルド長が言っている徴兵に関しても、ランクが高いほど免除されるんだ。
冒険者というのは、モンスター討伐により素材や魔石で、地域経済を回す要となる人材だ。
戦闘力が高いので、安易に戦争に使いたがる領主も多い。これがさっき言っていたシガラミの一つ。
しかし当然のリスクとして、戦争のなか貴重な存在を失う事もある。
その結果、経済が回らず国力が低下してしまい、他国に滅ぼされるパターンもあるらしいんだ。
「お前は素質があるんだし、俺の顔も立ててくれ」
上位ランクになれば、それ相応の力がいるので人数がどんどん絞られていく。
それにもし、この支部からBランクやAランクが出れば鼻が高い。
そういった人材を確保をする初歩として、役に立つのが新人サポートだ。
冒険者としても右も左もわからない期間には、有難いシステムだ。
こういった取り組みで地域は活性化されていくし、将来活躍する人間をより多く排出できる。
そういった恩恵は回り回って、自分自身に返ってくるんだ。
それをこのギルド長は駆け引きなしで、本音を喋ってくれる。この人はこういった所がズルイんだよな。
「はぁー、リディどうする?」
「お人好しのエイダンに任せるわ」
答えるまでもないじゃないか。
「よし、審査官に引き合わせるぜ」
さっきの審査官は、長い話し合いの間も待っていた。
「ようやく理解できたようですね。ただしジャッジは公平です。力不足なら昇格はありません」
わざわざ言わなくても。
表情からは読み取れなかったが、だいぶイラついているようだ。
こちらも受け流し、対象クエストについて聞くことにした。
ただ、そのクエストをチョイスしたのは、副ギルド長らしい。
……なんか気分的なものなんだけど、ミソがついたようでスッキリしない。
でも偏見はダメだよな、気を取り直してちゃんと聞こう。
「マジか…………」
クエスト自体はゾンビ討伐という、ごく平凡なものだった。しかしその背景がヒドイ。
まずゾンビ発生の条件として、きちんと埋葬や処理されていない人間やモンスターが、魔素に毒されて起こる。
今回のゾンビは人間で、普段なら起こりえないことなんだ。
「ドルーガ帝国との戦争のせいね」
先だって、我がカリプス王国からドルーガ帝国へ戦が仕掛けられた。
電光石火の進撃で大勝利に終わったと、今も祝賀ムードに包まれている。
しかし逆の立場から見れば、凶悪な隣国による一方的な蹂躙にあい、恨みがつもる出来事だ。
特に地方の村にしてみれば、迷惑この上ない事だ。
弔う人手も少なく、ゾンビが湧いてしまう条件が揃ってしまった。
そんな被害にあった1つの村を救う、というクエストなんだ。
「村人のためにも早くやらないとな。全て俺に任せな」
「良いカッコウしても、点数にはつながりませんよ」
イチイチ引っ掛かる。何かこの審査官とは合いそうにない。なぁ、ギルド長。審査官のチェンジって可能か?
「ワシにはその権限がないんだよ。数日間の辛抱だ、ほれファイト」
ファイトじゃあねーよ。はぁ、気乗りはしないけど、やるしかないか。




