第35話 戦場の英雄
「ブレッド様、この戦での大活躍、一気に名声が行き渡りましたね」
「ブヒッ、ヨユーだよ。ヨユー」
先々月ついに待ちに待った、ドルーガ帝国との戦争が始まったのだ。
速い進軍を展開した我らカリプス側が、終始戦いを優勢に進め、あっという間に最終目標の砦を落として幕を閉じた。
まぁ当たり前の事なのだが、その中で1番活躍したのが俺様だった。
というのも今まで狭い領地に押し込められ、窮屈な思いをさせられた。
だけど戦場は、思う存分暴れることができるし、倒せば倒すほど報奨金は上がっていく。
楽しくてしょうがない。どんどん進み気がついたら、数々の武功を立てていた。
中でも随分と偉そうで、気に食わない奴がいたから、思いっきり殴って捕まえた。
すると、ソイツはなんと敵の総大将だった。
当然1番の功労者と扱われ、自軍からの称賛が止まないぜ。
ブヒヒッ、普段聞きなれない歯の浮くお世辞も、タマにはいいもんだな。
いろんな奴が来るもんだから、まとめて全員に大盤振る舞いの宴会だぜ。
「いや~、ブレッド殿。初戦でのあの一番槍、見ていて痺れましたよ」
「いやいやそれよりも、敵将軍を倒したときのあのポーズ、決まっていましたね」
「ブヒヒッ、そうだろ、そうだろ。
大して強くなかったけど、かなりの地位の者だ。身代金が楽しみだぜ」
国からの恩賞も期待出来るし、未来のことを考えると笑いが止まらないぜ。
ついつい剣を抜き、はしゃいだ所で転んでしまった。
「お頭、最近よくこけますね。医者に診てもらったらどうですか?」
「ブヒヒッ、バーカ逆だ。大臣にお守りをもらってから、体の調子がいいんだ。力が湧いてきて、持て余すぐらいだブヒ」
少し不気味な形のペンダントだが、効果は抜群。
力は何倍にもなっているし、気分も常にハイの状態だ。
「全然眠たくないしよ、いつまでも酒が飲めるんで便利だ」
それと今回新たに雇った、傭兵たちの活躍もおおきい。
戦場ではもちろんだが、酒の席では常に俺様を持ち上げてきて、家臣の心得をよくわかっている。
「お頭の酒はうめぇ、いくらでも飲めますぜ」
気分も良く人はいっぱいだ。宴もどんどん派手になって、みんな俺様を慕っていやがる、ブヒヒッ。
ただ残念なことに、そんな豪快な酒盛りも長く続けたので、やがて金が底をついてしまった。
「少しここで待ってろよ。報奨金を貰ってくるから、また飲み直そう」
◇
当たり前のことではあるが、その報奨金もすぐには出ない。
相手国との交渉や、戦争終結への事後処理を経て、ようやく皆の手元に渡るもの。
しかし、ブレッドにとっては、そういったことは専門外。
それは身内なら理解しているし、期待もしていないが、山のような仕事を抱えた文官にとっては、冗談にすら思えない。
「報奨金の先払い? 出来ません。おーい、次の資料持ってきてくれー」
どんなに説明しても埒があかない。とうとう、あのブレッドの方が根負けをしてしまった。恐るべし文官。
ブレッドにしたら、領地内だけじゃなく、戦地に来ても金に困るなどと、思ってもいなかった。
途方に暮れていると、1人の男に声をかけてきた。
「ベルゼ·フォックス法務大臣からの依頼を持ってきました」
渡りに船とはこの事である。何度も大臣の仕事をしているが、報酬がびっくりするほどよい。
この学者風の連絡員も、何度か関わったことがあり、ブレッドの扱いにも慣れたモノである。
「ここより南にある開拓村で、ひと仕事してください」
「しょうがない、大臣のお使いで小遣いを稼ぐか」
「ただし、今までの仕事とは毛色が違います。十分な準備と心構えで臨んでください」
「ぶひひ、任せておけ。おっと部下に連絡してやらないとな。また後でな」
すでにブレッドの頭の中は、今夜の酒盛りのことでいっぱいとなり、酒樽の注文をさせるため早足になっている。
法務大臣の使者は見抜いているが、ブレッドは上手くいったと喜んでいる。
「はぁ~、あんなブタしか手駒はないのかね。嫌になるぜ」
この使者は、ブレッドに何度も痛い目を見させられている。
今回も不安でしかなかったが、精一杯頑張るしかないと諦めるのであった。
戦場から馬で3日ほど離れたある村。
住人は200人程度で、木造の塀と空堀で防御を固めている。
「こういった開拓村は、タンマリと貯め込んでいるぞ。好きなだけ暴れ、奪い尽くせ」
司令官としては頼もしい号令ではあるが、10代の青年のセリフとしては恐ろしさを覚える。
ブレッドとしては、配下の騎士にも稼ぎの場を与える事ができ、ひと安心だ。
そして自分も楽しむことが出来るので、今回の依頼は当たりだと喜んでいる。
「お頭、頑丈な大門で歯がたちません。やっちゃって下さい」
「ブヒ、任せておけ」
ぐぐっと力を溜めたあと、《ショルダータックル》で門を粉砕した。
歓声が上がるほどの威力。酒浸けの生活のわりに、戦闘スキルだけは光るものがある。
徹底抗戦で構えていた住人もこの光景には驚き、てんでバラバラに逃げ始めた。
「ヒャッハー、イケイケイケー!」
泣き叫ぶ民を切り裂き、家に押し入り奪い、火を放つ。もう盗賊となんら変わりない。
金銀財宝はほとんどないが、心許なくなっていた酒や食料が、たんまりと手に入った。
こうなると、皆の心は一つになる。早く仕事終わらせて、早く飲みたいのだ。
「よーし、そろそろ大臣の仕事に取り掛かるぞ」
「へい!」
号令をかけた時、たまたま逃げてきた子供が目の前で転んだ。
「そういや、1人も殺っていなかったな。ありがとよ」
ブレッドは喜び、ガラゥンと剣を抜いた。
その時、怯えた子供とブレッドの間に割って入る者がいた。
金切り声をあげる母親である。母親は子供に覆い被さり、命乞いを必死にした。
「2匹まとめてか、面白れー!」
懸命な訴えも虚しく、また死体がふえたのであった。
兵士にとってなんて事ない光景。ただの作業として進めていく。
ただ、休戦となっている今、このような行為は許されない。
それでもブレッドはお構い無しに、仕事だと言って進めているのだ。全てが狂気の行為である。
「お頭、この図面どうやって見るんですか?」
「俺様に聞くな。そういうことは大臣ところの使者に聞け」
大臣からの依頼はこの村の広場に、何百という杭を打ち込むことだ。
ただし、指示された通りに少しの狂いも許されない。
力仕事は得意だが、図面通りと言われると自信がない。
地面に目印を書くだけでも時間がかかり、全ての杭を打ち込む作業も何日もかかる。
「テキザイテキショってヤツだ。ブッヒヒー」
しかし、なまじ領主というプライドがあるため、口を出したがる。
その結果、全然違うことを進めたりと、工事の遅れの原因となった。
ブレッドの機嫌が良いと、口を挟み工事が遅れる。機嫌が悪いとさらに遅れる。
正直言って酒でも飲んで寝ててもらいたい。
皆がそう思っても、それを口に出せる勇者はおらず、間違えては直し、間違えては直しの繰り返しとなった。
そして、ブレッドの方が飽きてくれて、そのあとの作業は順調に進んでいった。
しかし現場監督として派遣された使者にとって、思わぬ事態が起こった。
それは工事が進むにつれて、夜な夜なゾンビが現れて、現場を荒らしていくのだ。
数も少なく弱いモンスターなので、騎士が蹴散らしてくれる。
しかし、騎士たちがいなくなったら、どうなるかわからない。
そして遂に最後の杭が打ち込まれ、工事は完成した。
「使者殿、最後の宴だ、大いに楽しもうぜ」
「いえ、ブレッド様。貴方にはこのままここに残ってもらいたいのです」
この杭を打って終わりの仕事じゃない。ここから先、更なる儀式をする必要がある。
ゾンビのこともあるし、報酬をはずむと交渉をした。
しかし、ここは酒も残り少なくて、楽しみなど全くない森の中。
早く王都に帰りたいブレッドは、笑顔で答えた。
「ブヒ、寝言をいうんじゃねぇ」
「しかし、これで失敗したら、報酬が出ませんよ」
「いや、契約は果たされた。あとはお前の仕事だろ」
いらないと思うときに邪魔をして、必要なときに役に立たない。
この怪物にこれ以上言っても、ムダであると使者は悟った。
改めて馬鹿は扱いにくいと嘆く夜となった。




