第34話 暗殺者としての格
今回のターゲットは実にマヌケだ。
アザもないのに、自分でジョブを書きこみナリきっている。
事情を知らない者は、そのジョブに相応しい接し方をしている。
しかし、秘密を知っている俺からしたら、ただのコスプレヤローだ。
今日は〝占い師〞が書いてある。プップッ、毎日よくめ飽きずに変えてくるぜ。
昨日はタップダンサーだったし、その前は昆虫博士、さらにその前なんかはお手玉名人だぜ。
笑っちまうぜ。いったい何の意味があるんだよ。
まぁそんな標的の行動パターンは、決まっている。
日中はギルドの資料室にこもり、夕方には聖女と2人で酒場にて食事をとる。
張り込みをしている間は、一度も狩りに出ていない。
いや、実力から言って、それは無理な話か。
殺るなら一番油断している食事の時だな。鎧なども外しているし、酒が入ればなおさらだ。
こんや暗殺するのは決めているが、聖女という存在が必要でもあり、邪魔でもあるという事を思案していた。
重大な証言者としては必要である。
しかし聖女が持つ回復魔法が、自分の計画には邪魔な要素なんだ。
聖女には手が出せないため、ターゲットから引き離し、動けなくするのが肝心だな。
なかなかハードルの高いミッションだ。しかし、その解決方法はすぐに見つかった。
2人が酒場に入り食事の注文を終えると、聖女は決まって、離れた場所でウェイトレスと話をするのだ。
聖女には手を出さず、このウエイトレスをダシに使おう。
まずこのウェイトレスを刺し、瀕死の状態にさせる。
そうなれば、ここは騒然となり人々の意識がそこに集中する。
次に厨房へ移り、中の人間を刺せばさらなる混乱が生まれる。
聖女の力が必要の場面が、どんどん生まれる。
ここまでくればあとは簡単だ。
ターゲットの背後に忍び寄り、心臓を一突きすれば聖女が戻ってくる頃には手遅れだ。
晴れて聖女という証人付きで、自分の仕事が世に知れ渡るのだ。
計画は万全だ。あとはターゲットが来るのを酒場で待つばかり。
しばらくすると扉が開き、ターゲットが時間どおりに現れた。プッ、夜は魔眼かよ、よくやるぜ。
すべて思いどおりで、楽な仕事だぜ。
最後の晩餐も取れずに死ぬのは、腐った貴族には似合いの死に方だな。
「おーい、勘定してくれ」
ターゲットの席も確認できたので、いったん外に出て闇の中に入り込んだ。
こうなれば近づいて触ろうが何しようが、相手は全く気づかない。無敵必勝スキルだ。
中に入ると、すでにウエイトレスと聖女は話し込んでいる。
ヨシヨシ、距離的にも十分だぞ。
再度ターゲット確認すると、今日も剣王を書いていて、精一杯の虚勢を張っている。
女達が話しているところに近づくと、なんとも甘い香りが漂ってくる。
間近まで近づき、胸いっぱいまで吸い込む。
聖女が一瞬ビクッとした。
気づかれることはないが、何か感じたのかもしれないな。
もっと香りを楽しみたいが、これ以上の危険を冒す必要はない。
そうさ、触れるのは次の時だな。それよりも今はウエイトレスの方に集中だ。
まず最初は無防備な背中を刺そうか。次にクビを切れば辺り一面血の海だ。
そしてすぐ中へ行き、1人2人をめった刺しにすれば、ステージは出来上がる。
俺は伝説を作るため、ゆっくりと短剣を抜いて構えた。
「おい、貴様なにをしている!」
ターゲットの声が聞こえてきた。むこうでハプニングがおきたか。
「カゲ野郎、ここは剣を抜く所じゃないぞ」
え、え、え。ま、まさか俺の事ではないよな。
姿どころか気配も音もないのだ。
俺の勘違いと思うが、念のためターゲットの方を見てみる。
め、め、め、目があった~。
ち、違う。偶然だ。焦るな、一流になる男がこんな事で狼狽えるな。
このまま振り下ろし仕事を始めればいい。いくぞ!
――スパッ!――
勢いよく下ろしたのに、なぜか空振りしてしまった。
不思議に思い手元を見てみると、手首から先が無くなっていた。
「イダ、いた、いたーいーーー! お、俺の右手がー!」
「本当に襲撃者だったのね」
「ああ、余りにも堂々としているんで、迷ったよ」
ウソだろ、俺が見えているなんて!
ヤバい、場所をつかまれているし、攻撃も当たるなんて絶対ヤバい。
奥の厨房に走り込み、裏口から逃げるしかない。
今は夜だ。人が通れない隙間の闇を使えば。
――ドカッ――
「痛ったーーー!」
蹴飛ばされ、踏みつけられて身動きが取れない。
「逃げるなら、目的が何か言ってからにしろ」
なぜだ、二次元だぞ。こんなの理屈が通じない。
違う、こいつは怪物だ。俺の尺度で測るのが間違っていたんだ。
相手の実力さえも見抜けていなかった、俺がマヌケなんだ。
ライフルキングどころか、小物と笑った相手にさえも弄ばれる。
俺が最強だと信じていたのに、全く届いていない。俺はトップの器じゃない。
「頼まれた……あんたを始末しろと」
「オレをか? いったい誰が?」
「ブレッド·ゴールドマンだ」
助かりたい一心で依頼主の情報を漏らした。暗殺者失格だ。
いや、仕事に失敗し右手を失い、自信をなくした俺が続けていけるほど甘い世界じゃない。
「ブレッドに伝えろ。周りを巻き込むな」
俺は助かるのか? 幸運な事にメッセンジャーとして仕事を与えられた。
よ、良かった。そうさ、この男には逆らってはいけない。
俺は聞き返すこともなく、必ず届けると約束をし解放してもらった。
イーグル領に入り、改めて考えてみる。
今までうだつが上がらないと腐っていたが、背伸びをした結果がこれだ。
人にはそれそれ、身の丈に合った人生が似合っている。
この俺もそうだが、依頼主もそこを見誤っているようだ。
先に気付いた仲間として、彼に忠告をしてやるべきだな。
ブレッド·ゴールドマンの屋敷に忍び込んだ俺は、前金にメッセージを添えて立ち去った。
願わくば、彼に幸あらんことを。
◇◇◇◇◇◇◇◇
俺様が暗殺を依頼してから、数日がたつ。
そろそろ報告があってもよい頃合いだ。
そう思い期待した朝を迎え、ベッドから起き上がる。
すると、そばにあるテーブルの上に、貼り紙と何やら大きな塊が置いてあった。
その紙には、
《エイダンは別格で、あんたにはこれがお似合いだ》と書いてある。
塊をよく見てみると、それはオークの生首だった。
うぅぅうぅぅ、ブタだとー、優美で勇ましいこの俺様のドコがブタだと言うんだ?
ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなー! 俺様の怒りと呪いでお前を必ず殺してやる。
「エイダーンめー。ゆーるーさーんー、覚悟しろー!」
俺様の魂の雄叫びが、屋敷全体に響きわたった。
「はぁ、またご主人様、叫んでいますね」
「放っておきなさい。じきに戦争ですし、すぐ忘れますよ」
「ははは、ちがいないですね」
とにかくエイダンに、吠え面をかかせてやる。
暗殺者や国も全部関係ない、それが1番スッキリとする解決方法だ。




