第33話 闇に生きる者は用心深く
狂子爵から割の良さそうな、暗殺依頼を受ける事になった。
この仕事ではみな本名をふせ、俺も通例に習っている。
ただ便宜上、仲間内から〝ヤミ〞と呼ばれていて、ソコソコ名も売れてきた。
とは言っても、普段は目立つコトを避け、フードを深くかぶり【闇】の文字を隠しての生活だ。
この行為は俺だけに限ったことじゃない。結構アザを見せずに生活している人間は多いんだ。
その理由は例えば【切り裂き】や【手癖】といった、浮き出ている文字で人に不快感を与えることもある。
もしくは【ヒソヒソ話】や【靴とばし】と人生になんの得にもならない素質もある。
そういった人は大勢いて、髪の毛や化粧で隠すのは当たり前の事だ。
だから、俺がアザを隠して歩いても、誰も気にとめない。暗殺稼業には有難いことだ。
俺がこの道に入ったのも、このアザのおかげだ。
生まれた時から、類まれない素質が備わっていて、それを生かすために暗殺者としての道を選んだ。
そして有難いことに、この道に入るとすぐ名が売れた。
暗殺の失敗がなく、敵からの反撃も受けないので、次の仕事もすぐにかかれる。
この2つが大きなアドバンテージとなり、着実に依頼が増えてきた。
しかし無敵のスキルをもってしても、なぜだか今ひとつパッとしない。
一流どころといわれる暗殺者と、肩を並べることができないのだ。
その理由は、ただチャンスが無かっただけと考えている。
超一流と称される『ライフルキング』や『幻影』。
彼らは若い頃に、大きなチャンスをものにしている。
そのおかげで、一躍有名になり依頼もあとを絶たないという。
たったそれだけの違いなのだ。そしてそのチャンスが俺にも巡ってきた。
今回のターゲットは小物ではあるが、カメレオンヤンミーの完全捕獲方法を編み出し、一部ではすでに有名人になりつつある。
しかも、都合のよいことに聖女が傍にいる。
『一世代でたった1人しかいない聖女様』が目撃をされ、嘆き悲しまれたら良い宣伝効果になる。
「ターゲットが俺を一流へと、押し上げてくれるんだ。感謝するぜ」
俺は高ぶる気持ちを抑え、ターゲットがいる街グーリグリに向かった。
グーリグリの街は、規模が大きく人の出入りが多い。
そのため怪しまれることもなく、市中で行動できた。
そしてターゲットの情報を調べていくと、あっという間に集まった。
「この街の冒険者は間抜けぞろいか? 聞いたこと全てベラベラ喋りやがる」
こちらとしては有難いが、正直モラルを疑ってしまう。
「ははは、あの旦那はそんなこと気にしないぜ」
ターゲットはよほど実力があるのか、それともアホなのか、その正体がつかみきれないな。
その実態を探るべく、張り込みをすることにした。
ターゲットとなるエイダンの宿屋を見つけ、出てくるところを待つ。
エイダンは朝早くから行動する。それを見て、怠惰な性格ではないと分かる。少し警戒を強めるか。
そして、その警戒が間違っていなかったと、確信するモノがあった。
「な、剣王だと?」
些細のことでは動揺しないと自負してきたが、伝説のジョブを前にしてはうろたえるばかりだ。
この化け物を相手にするのかと思うと、あれだけの報酬じゃ割が合わない。
「チクショウ、ハメやがったな。ブレッド·ゴールドマン」
すぐにブレッドがいるイーグル領のシャープスにとんだ。
「おっ早いな。それでエイダンはどんな最後だった?」
ニセの情報を流したくせに、いけしゃあしゃあと語るブレッドに怒りを感じる。
しかし、今はビジネスだ。感情は抑えて、値段交渉を優先させるべきだ。
「やるもなにも、ターゲットが剣王だとは聞いていないぞ。
相応の報酬をもらわないとやれない」
俺がそう話しても、ブレッドはキョトンと呆けているだけだ。
「この情報が流れれば、他に話を持っていっても同じことだぜ」
ブレッドはまだ理解できていない様子。本物のバカなのかと疑ってしまう。
「はーっはっはっはー、エイダンが、無能のヤツが剣王だって?
どんな修行すれば数ヶ月でなれるんだ? 俺様に教えてくれ」
「事実、頰には」
「ラクガキだろ、お前は騙されたんだよ。あのペテン師に!」
「だ、だが鬼ムカデやコカトリスを倒している。実力もなしに出来るものか」
「お前はそれを見たのか?」
その問いに絶句してしまった。
「見たのかと聞いているんだ。暗殺者は情報が命だろ、お粗末なもんだね」
自分としたことが見誤ったかと、疑わざるを得ない。
「もし奴が本物の強者なら、領地を追い出されたのは何故だ?
答えは簡単だ、何もないから全てを失ったんだ」
ブレッドの自信に満ちた語りに押されてしまう。
「信じていいのだな? もし違っていたら、標的が貴様に変わるぞ」
「御託はエイダンを殺ってからにしろ。このクズめ」
ブレッドの言葉を信じたのではないが、グーリグリに戻りもう一度確かめてみることにした。
今ひとつ自信のないので、かなり遠くからエイダンの顔を見る事にした。
そして、この前見た同じ頰には【地質学者】の文字が書いてあった。
たまらず駆け出し街の外まで走り続けた。
「イーヒッヒッヒッ、ヒャー。や、や、ヤツは本当に無能者だったんだ」
ヤツは自分で書き、それで虚勢を張っている哀れな男だ。
だから周りも微妙な反応だったんだ、ビビった自分が笑えるぜ。
ただ俺は用心深い。調子に乗って、そのまま殺るということはしない。
演出も大事なので、5日間張りつき行動パターンを観察した。
「見れば見るほど、マヌケな面をしていやがる」
既にジョブのウソは見破っているのだ。
油断ではないが、頭でっかちの元貴族なんか怖いことなんて1つもない。
もし剣王が本当なら、国が介入していないのはおかしい。
聖女よりもレアな存在で、もし召し抱えたら領地拡大のカギになる。
つまり、冒険者であるということが、ウソの証となるのだ。
「それよりも聖女従わせるなんて、羨ましい奴だ」
元貴族のコネを使い、聖女とそのバックの支援を、受けているのに違いない。
貴族社会なんて、生まれ持った地位のみで自身の実力は関係ない。
ヤツもそのクチで生きてきたんだろう。
忌々しいと唾を吐き捨て、さらにターゲットの値踏みをする。
着てる防具も大金を出して、何かしらの護符が付いてるかもしれないな。
ただいくら強力な護符であっても、本人が危険を察知してこそ、能力を発揮するタイプが多い。
完全な闇からの攻撃には、まったくの無力なはずだ。
「ヒッヒッヒ、何もかも奪ってやるよ」
俺には殺しをするときの楽しみがある。
不意を突かれた相手が信じられないと、こちらを見てくるのがたまらなく好きなのだ。
マヌケな顔で、口をパクパクと動かすのがとても愉快だ。
明日の本番に、ターゲットがどんな顔をするのか楽しみだぜ。
「コイツを殺ったら、次は政府高官だろな。
その筋の依頼は、ひっきりなしというからな。これで俺も1流の仲間入りだ」




