第32話 ブレッドの暗躍
俺様にとって、不愉快のことばかりが起きやがる。
アホのエイダンの活躍が、何処にいても聞こえてくる。
世間がヤツを褒めるのが信じられない。
無能者のくせして、たまたま運良く行っているみたいだが、俺様の目はごまかされない。
ずいぶんと稼いだようだが、それもインチキをしているんだろう。
ヤツのことを怒りながらも、ふと自分のことを振り返ってしまう。
思い描いていた生活には程遠いぞ。
領地の収入はどんどん減るし、食事も今では肉か魚どちらかしかない日が多い。
ワインだってそうだ、質がドンドン下がっている。
「それは飲みすぎだからです。1年分を半年で飲んだのですよ。
しかも1人でって! 無駄な尿の排泄でしかありません」
この執事はまったく口が減らない。
それにエイダンの良い話を聞けば、余計に飲みたくなるだろ。
まったく忌々しいヤツだ。あいつのせいで酒代もかさんでしまうぞ。
これ以上被害が広がる前に、何か手を打たないと。おお、そうだ。
「軍団長は王都に詳しかったな。すぐ呼んで来い」
こいつは最近雇った男だ。なかなか戦上手で軍団以外にも色々と任せてある。コイツなら事を成就させるだろう。
「お頭、お呼びですか?」
「お前は裏稼業にも詳しいと言っていたな?」
「ういっす、まぁ助けられる事も多いッスからね」
「では、紹介をしろ」
「へぇ、で、誰をですか?」
「暗殺者に決まっているだろ!」
俺様の神の思考ともいえる、素晴らしい計画を理解したようだ。
目を丸くして感極まっていやがる。
数日後、俺様達2人は王都についていた。
軍団長のつてを使い、暗殺者と連絡がつき、いま指定された場所に向かっている。
「お頭ー、ヤメておきましょうよ。
危ないですし、それにヤツラには道理が通じませんぜ」
「ではお前は、あのエイダンを野放しにするというのか?」
俺様が領地を継いでから、何1つうまくいっていない。
贅沢はできないし、領地を改善しようとしても、周りが反発してくる。
挙句の果てには英雄である俺様より、無能者を望む民衆にも辟易しているんだ。
最初から最後まで、全てにエイダンが絡んでくる。もう、うんざりだ。
「ここですが、引き返すなら今ッスよ」
雑居ビルの一室で、ドアだけがやたらと重厚な造りだ。
中を覗くと薄暗く、人の気配が全くしない。
「おい、ここで合っているのだろうな」
ノックをしても、大声で叫んでも誰も出てこない。ふざけていやがる。
「お待ちしておりましたよ、子爵様」
「ヒィッ、お、おるではないか」
振り向くと、ろうそくを1本持ったロープの男が立っていた。
「気味の悪いヤツめ」
ボソボソと話しやがって、俺様への敬意が足りないぞ。
「ヒッヒッヒッ、それがお互い様ですな」
な、なんと無礼な。き、斬ってやる!
「《スラッシュブレード》これでもくらえ!
おっと、死んでしまっては聞こえないか。ブッヒヒー」
クズに相応しい罰を与えることができて満足だ。
「ヒッヒッ、さすが狂子爵。手荒いですな」
よ、避けただと、ぐぐっぐ。
「逃げるのが上手くても、暗殺ができるとは限らんぞ」
すると、ローブか揺らいだと思ったら、投げられたナイフが軍団長の髪を切り裂き、カベに突き刺さっていた。
「そうですね。こんなチンケな技しか持っていませんがね」
俺様が反応できないだと?
し、しかし、これならエイダンもイチコロだな。
「よし、いいだろう。その技でコイツを殺れ!」
渡した資料を貪るように読んでおり、やがて顔を上げ質問をしてきた。
「【無能者】とあるが、あの貴族だったやつか?」
文字が読める事といい、情報通のようで使えそうなやつだ。
「それだと、冒険者エイダンとは一致しないな。レンジャーとして有能なはずだ」
いや、訂正だな。こいつもアホで、エイダンを持ち上げやがる。
たまたま上手くいっている、エセ冒険者を見誤るな。
「分かったが、もし情報が大きく違うと、追加料金をもらうことになるぞ」
「くだらん、それに俺様はケチではない」
ヤツさえ居なくなれば、全てが上手く行くんだ。いくらかかっても構わない。
「ふむ、料金は金貨50枚。前金は半分だ」
おい、高いぞ。相場は金貨10枚だと、ちゃんと聞いているんだ。
フザケやがって、俺様をカモにしようとはいい度胸だ。
「いいや、その値段は憎しみの度合いだよ。
このターゲットに、金貨100枚でも足りない怒りを持っているだろ?」
ぐぐっぐ、痛いことろをー。ここは俺様の交渉スキルの見せ所だ。
「それでも高い、な、何かサービスをしろ」
「暗殺者にサービスを求めるのか? アンタおもしれーなー。じゃあ、タダで1人殺ってやるよ」
「ま、マジか。上手くいくなんて。
よ、よし。それなら以前に俺様を酒場で、脅した生意気な衛兵がいる。そいつを殺れ」
「やっぱり、狂子爵だな。ヒーヒッヒッヒー」
これ以上この場にいる事は、不愉快で我慢ならない。
だがリディたんに万一があってもいけないので、ちゃんと打ち合わせをしてから、俺様は戻ることにした。
「良いか、ターゲットの同行者に聖女リディたんがいる。彼女を傷つけること一切許さんからな」
「本物かい? いち冒険者と行動を共にするなんて、おかしな聖女様だぜ。
まっ、利用させてもらうには良い人材だな」
その言葉にカッとなり、傍にあったツボを投げつける。生意気にも暗殺者は、それを易々と避けやがった。
「不遜は許さんと言ったろ」
「おい、まだ前金を受け取っていない。あんたは客ですらないんだぜ」
「ならば、聖女様の敵として、俺様と全世界を相手にするか?」
暗殺者は両手を上げて、了承のサインを出した。分かった様だがイマイチ信用できない。
くどい位に懸念事項を伝え、そのほかの細かい決行日時などは、暗殺者に任せる事となり前金を渡した。
◇◇◇◇◇◇◇◇
客が帰った部屋で、暗殺者が1人ため息をつきローブを脱いだ。
実に平凡な見た目だ。
暗殺者らしからぬ風貌に、もし街中であったとしても、それだと気付く人はいないだろう。
だがそれとは裏腹に、額に浮き出ている【闇】の文字がある。それは己を闇へと溶け込ませれる、珍しいスキルだ。
その闇のスキルの熟練度は高く、色合いだけではなく、体積をなくし平面的に融合できる。
しかも影の中に人がいるとは、見た目でもわからず、匂いも気配も全くない。
つまり、いっさい相手に感知されず、近づく事ができるのだ。
ただそれは侵入用としての価値だけではない。攻守に渡って大いに効果を発揮する。
防御面でいうと、3次元から2次元への移行により、体積は無くなるので斬られる心配は全くない。
もし攻撃を加えられたとしても、影が影を飲み込むだけである。
そして逆にカゲからの攻撃は可能。ゼロ体積の鋭利カゲが、殺傷能力を高めてくれる。
なので、暗殺には抜群に相性が良いスキルなのだ。
「これさえあれば、俺は暗殺者として最凶だ。依頼通り〝惨たらしく〞ヤってやるぜ、イヒヒヒ」
そう言ったあと、男はスッと闇に溶け込み、ターゲットのいる街へと向かったのだった。




