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第25話 白馬の王子様

 リディたんを迎える準備が、すべて整ったやー。


 豪華な料理と華やかな装飾。Lサイズのシャツも部下の部屋から持ってこさせた。

 それと、馬糞の山を、塔の入り口付近に用意した。


「リディたん、メチャメチャ喜んでくれるだろうなぁ、ブヒ」


 そろそろディナーだ。ここは一発カッコよく誘いたい。

 Lサイズのシャツに腕を通そうとしたが、むむむ。


「おい、着るのを手伝え」


 キツイ、まず右腕がなんとか通ったが、左腕が届かない。アイダダダ!


「お止めになりますか?」


 小憎たらしい執事だ。殴ってやろうかと思ったが、シャツが破れそうなのでやめておいた。運のいいヤツだ。


 ――1時間後――


「ヒィッ、ヒィッ、フゥー。こ、これで、ヒィッ、ヒィッ、フゥー。良し」


「ご主人様、ボタンも布も限界ですので、激しい動きは控えてください」


「ホ、ホッケ」


 かなりキツイ。両腕が下に下ろせないほど、パッツンパッツンだし、歩くたびに肉に食い込んでくる。


 でもこれで、リディたんがハマるなら、イ、イタイけどガマンだ。


 それと階段を上るのも、コツがわかってきた。

 足を踏み出すごとに、息を吐き少しでも細くなれば、時間はかかるがなんとかいけそうだ。


 待っていてね、リディたん。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇



「エイダン、来てくれたのね」


 右頬を隠しながら、リディが迎えてくれた。


「囚われたお姫様を助けるのは、騎士にとってこれ以上ない名誉です。

 どうか姫、その手を取ることをお許しください」


 俺は仰々しく跪き、右手を差し出した。


「ええ、王子様。私を白馬で連れて行って下さい」


 首を少し傾け可愛らしい挨拶をしてきた。互いに見つめ合い、長い沈黙が続く。


「「アハハハハハハハハッ」」


「随分と昔のことなのに、覚えていてくれたのね、ムギュ!」


「う、うん。そうだな」


 毎日やってたんだ、忘れるはずないさ。

 嬉しそうに笑うリディのハグも、あの頃と変わらない。ただ、ちょっと大人になって、反応に困るだけさ。


 それと、俺たち2人にとって、今回の誘拐事件は、一種のレクリエーションのように感じている。


 ゴールドマン家には内輪の協力者もいるし、元々住んでいた屋敷なので、分からないことは何1つない。


 秘密の抜け道も知っているし、もし何かあったとしても、逃げ出すだけなら簡単だ。

 だから気の抜けた会話になってしまっているかもしれないな。


「でも、エイダン。顔のその文字は何?」


 今回は何がいいか真剣に考えたんだ。

 敵に見つからず姫のところまでたどり着き、颯爽(さっそう)と救い出す。

 これしかないとジョブを【怪盗】にしたんだ。


 盗みのプロだし、姫を助け出すのに怪盗は定番だろ?


「え~、私の騎士はどこ~?」


 えー、ダメなのか? 難しいなぁ、昔ならノリノリで喜んでくれたと思うんだけど、失敗したぜ。

 リディは上目遣いで拗ねている。ここは話題を変えて、機嫌を直してもらおう。


「リディ、途中の宿屋で、ポロポロ鳥の蒸し焼きが評判らしいぞ。

 甘いフルーツソースでさ、プルンとした食感で最高なんだって」


 リディの第3のアザ、【『』】カギカッコ。頭に強く思い描いたことが文字となって現れる。


【『ジュルッ!』】


 心の声が見えるが、王子様は気付かないフリをしてあげるか。


「俺の好物だって知ってるだろ? なっ、頼むよ」


「怪盗らしく盗ってきてよ」


「アツアツを2人で食べるから、美味しいんだよ~」


「もう、しょうがないわね」


 最初から機嫌は治っているのに、大げさなリアクションで許してくれる。これも昔のままだな。

 おっと、ムギュもついてきた、むはっ!


「エイダン待って。置き手紙していくわ」


 ブレッドにこんな事は2度としないよう、伝えたいそうだ。

 しかし、文面が浮かばず、ウンウンと唸っている。


「俺が代わりに書こうか?」


 こういったのは、ストレートに伝えるのが1番だ。

 リディも書くのを諦めたので、俺がササっと書きあげた。

 手紙を置いてこれで良しとドアを開けると、ポヨ~ンと柔らかな感触が返ってきた。


「ん、外に何もないし、気のせいか。よし、リディ帰ろうか」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 ――ほんの少しだけ時が戻ります。


「ヒィッ、ヒィッ、フゥー。あ、汗が止まらん」


 やっとの思いで、最上階の部屋の前にたどり着けた。


 ノックをする前に、身だしなみを整えないといけない。

 うっ、なんでこんな時に靴紐がほどけているのだ。


「と、届かない」


 今でさえミシミシと言っているシャツ。これ以上屈むのはム、ムリ。


 でも、息を吐いてゆ~くりといけば、もう少し。

 頑張れ俺様。これさえ終われば、ドアの向こうでリディたんが笑顔で迎えてくれるんだ。


 そのあと少しという時、視界にドアが開くのが入ってきた。


 ――ポヨ~ン――


 ウソ、尻を押されて、バ、バランスが!


「グゴゴゴッゴゴーー!」


 顔面を打ちつけ、勢いそのまま階段を転げ落ちていく。

 肩、腰、お尻といたる所をぶつけ、ゴロゴロと止まらないーーー。


「いだだだだだー!」


 あっという間に下まで落ち、一階のドアをぶち破る。塔の外まで出てもまだ止まらない。


 なんとかクッションにあたり、その中に埋もれることで助かった。

 クッションは温かく、俺様を包み込んでくれて、ちょうどいい塩梅だった。

 ただちょっとネタネタしていて、う~ん、鼻にくる?


「くっさー、オエーッオエーッ! 馬糞じゃねーかー!」


 ベットベトにくっついてきて、気持ち悪い。


「ご主人様、大丈夫ですか? すぐにお着替えをお持ちします」


 そんな時間はない。リディたんを待たせているんだぞ。このバカ執事め、少しは考えろ!


「いくら糞が思い出のものだとしても」


「そ、そ、そうだ。リディたんなら逆に、この姿に喜んで受け入れてくれる」


「マジ言ってんの?」


「ああ、お前には分からんだろうが、俺様達2人はそういう仲なんだ!」


 幼い頃からのコミニュケーションの延長。それに白馬の王子様は情熱的なんだ。


 シャツが破れないよう1歩1歩はい上がる。

 スピードはドンドン上がり、鼻息さえも俺様の原動力になるんだ。


 今まさに栄光への階段を昇る俺様だが、ここまではツラい人生だった。


 四男に生まれたばかりに広大な領地を継げず、こんな田舎に押しやられた。


 幼い頃もそうだ。【重騎士】という立派なジョブがあるのに、意地悪な教師をつけられ、毎日しごかれた。


 何が選ばれた者の使命だ。俺様が特別なのは当たり前。

 わざわざ苦労をしろだなんて、おそろしく屈折した教師だった。


 他には俺様が、好きな物を取り上げようとする輩もいっぱいだった。


 特に菓子やデザートやスイーツを、ハラグロ料理人は出そうともしなかった。


 人は恵まれた環境だと言ってくる。

 しかし、たった10つのクッキーさえも食前、食中、食後に食べれない。


 窒息しそうなぐらい口に詰めてこそ、初めて食べたといえるのに、やつらは高笑いをして止めさせてきた。


 だがある時俺様は気がついた。〝そんな奴らは排除すればいい〞と。


 手始めに教師には、金を盗んだ罪をかぶせてやった。


 それからハラグロ料理人、ヤツの料理には毎回クソを入れてやった。


 俺様の地道な努力の甲斐もあり、いつのまにか居なくなったんだ。


 人生頑張れば報われる証拠だぜ。


 そして今まさに、この苦行が終われば人生最大の喜びが待っている。


 ついに最上階。


 なんて事だ。ドアは開けてリディたんは、俺様を迎え入れてくれてるじゃないか。


「お待たせ、リディたん!」


 返事がない。


「おーい、リディた~ん」


 あ、そっか。迎えに来るのが遅かったので、少し拗ねているんだな。リディたんカワイイ。


 ベッドの向こうにも、いない?

 あれ、カーテン? おかしいな、あとは机くらいしか隠れる所はないぞ。


 そのテーブルに置いてある手紙に気付いた。


 リディたんの居場所のヒントかと思い、読んでみるとそこには短めの文章が書いてあった


 〈ブレッド、お前はバカだ〉


 こ、こ、これはあの無能者エイダンの字だ。こんな登場の仕方しやがって!

 雄叫びにボタンも布も弾け、手紙も引き裂いてやった。


 馬鹿とはなんだ、馬鹿とは!


 リディたんを嫁に迎えようとする、俺様の責任感をナゼ笑う。

 幼き頃の思い出の品に心寄せる、純情をナゼ蔑む。

 リディたんの性癖に応えようとする、男心をナゼ愚かという。


 エイダン、エイダン、エイダーーーン!


 絶対に貴様を許さんぞー! ヤツにも馬糞を味あわせてやる、覚悟しておけ!

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