第24話 俺様のヨメ
ブヒッ、俺様ことブレッド様の日常は優雅である。
今朝も最高級の紅茶で、ゆったりとした時間を過ごしている。
誰にも邪魔されない、至福の時だ。
「おはようございます、御主人様。
早馬の知らせで今日の昼には、リディ·ローレンス様がこちらにお着きになるそうです」
「にゃ、にゃ、にゃにを~、リディたんが本当にか?」
「あ、こぼされていますよ」
「熱っ、熱っ、熱っっっーつーーー!」
つっ、ついにこの時が来てしまった。
あのアホのエイダンからリディたんを助けだし、幸せにしてあげるだなんて、俺様はなんてカッコいいんだ。
「一番良い部屋の用意はできているな?」
「それについては、リディ様のご要望がいろいろとあるようです」
その内容はなんだか変わったことが多かった。
まず部屋は、西の塔の最上階を用意しろとのことだった。
それと直接俺様が会いに来ないように、とも書いてある。
ぶひひっ、焦らして気をヤキモキさせる作戦だな。
しかし、見ちゃいけないとは書いていない。
「おい、リディたんが来る前にのぞき小屋を作れ」
「はぁ、マジで言ってます?」
それからすぐ、門から塔までの通路の脇に、粗末な衝立てが作られた。
「おい、これだと体がはみ出るぞ!」
「よく考えてください。こんな短時間で小屋なんか建てれませんよ」
この執事はまた口答えをしやがる。
「それに顔は隠れるのでバレませんよ」
…………そういうものか、ならいいか。
俺様は城に到着したリディたんを、衝立ての陰からこっそりと覗き見た。
おおおお、相変わらず綺麗だ、カワイすぎる!
「あそこにいるのはブレッドよね?」
「とてもブタ尻」(はい、聖女様。あのデカ尻は間違いないです)
「ノゾキなの? キモチ悪いわ」
「ストーカー、反応すると喜ぶ」(すみません、聖女様。このまま通られる方が無難かと)
何か歌いながらの、リディたんの軽やかなステップーだ。こんなのが見られるとは感激ぜっしゅ。
まるで精霊が歩いているようで、塔に入っていく姿も実に神秘的だった。
いいもの見れたー。あの従者もやっと役に立ったな。あとで褒めてやるか。
リディの要望には準備が整うまで、大人しくしていろとあった。
しかし姿を見てしまうと、それだけでは満足できないんだよな~。
今度は声を聞きたいし、触れてみたいと思うのは当たり前だ。
うん、そうだ。バレなきゃいいんだよ。そうすればリディたんも怒らないし、俺様も満足できる。
塔の扉を開け上を見上げると、螺旋階段が伸びている。
この階段をリディたんは登ったのか。
クン、クン。あ~あまい、とろける。クン、クン、上に行くほど香りが強いー。
あぁ、この扉の向こうにリディたんはいるんだ。
俺様ほどの上級者になれば、壁越しでも匂いでどこにいるかわかるんだ。
こんな特技があって本当に良かった。俺様、グッドジョブ。
中の様子が知りたくて、俺様はドアの外で中の会話を聞くことにした。
ちょっと聞こえづらいな。あの従者も気を効かせてドアの近くで話せばいいのに、あとお仕置きだな。
「2人お似合い」(可愛らしいサインだったのですね。私も見ていて将来が羨ましかったですよ)
お、少し聞こえてきた。
「ええ、彼とはいつもその方法で、お互いの気持ちさえも伝えあっていたわ」
何の話だ? あっ、思い出した。
それは幼い頃のこと。エイダンはいつも俺様に歯向かってきやがった。
特にリディたんと俺様が絡んでいると、必ず邪魔をしてきたんだ。
スゲー腹が立つし、どうやって分からせてやろうかと考えていたある日、エイダンに馬糞を投げつけてやった。
本当に憎しみを持って投げたので、それは自分の感情を表現するにはピッタリだと思ったんだ。
クソまみれで見すぼらしく、ヤツにはお似合いだったな。
でも、すべて投げればそれで終わり。もっと感情を爆発させたかったのに、なくなる事で余計苦痛となった。
すると、リディたんが俺様に、協力し始めてくれたんだ。
外れた馬糞を補充のため、ドンドンこちらに渡してくれた。
それは阿吽の呼吸でピタリと合わさり、まるで錠前と鍵のような関係だった。
すごく嬉しくて、その夜は眠れなかったのを覚えている。
その事は偶然じゃなく、その後何度同じことを繰り返しても、いつも笑顔で助けてくれた。
お互いに意識し、将来を誓い合う仲になったのはその頃からだった。
『なんでそんなの投げるのよ!』
『ぶひひ、楽しいね』
『はぁ? 話を聞いている?』
やっぱり、俺様の伴侶はリディたんしかいない。
「キュン趣味ヘン」(それで聖女様。なぜLサイズの服を着させるのですか?)
おっと、昔のこと思い出している間に、中の2人の会話は進んでいたようだ。
「ピチッとしたシャツだと、体のラインが出て格好いいじゃない」
な、な、なんと! 聖女であるリディたんが、この俺様にセクシーさを求めている。
しかも俺様のサイズは5Lだ。Lサイズを着たとしたら、いろんなお肉がはみ出してしまう。
そ、そこが良いのか? い、イカン。俺様のほうが興奮してきた。
リディの性癖に驚愕してしまったが、希望には応えてやりたい。
とにかく、配下の者に早く用意をさせなければ、間に合わないぞ。
俺はそう考えながら、塔の螺旋階段を駆け下りた。
「キュン?」(聖女様、どうされましたか? あなた様にカゲが灯ると世界がしずみます)
「ごめんなさい、ちょっと嫌なことを思い出したの」
リディはスゴイしかめっ面になっていた。
「いつもの合図じゃないけど、ブレッドの嫌がらせも決まっていたわね」
「キュ~ン」(あ、あの時は止められずに、すみませんです。私にもっと力があれば)
「あなたは従者だもの、仕方ないじゃない。
でも、ウンコ投げてくるなんて信じられない。何考えているのかしら」
エイダンを助けるためとは言え、あの事で投擲が上手になった。
「キュン、ガンバレ」(それでは聖女様。門を開けてきますので、あとは無事にいくよう祈っております)
そう言って従者は部屋を出ていった。ここまでの計画は全てうまくいっている。
さっきのブレッドの従者も、主人からの仕事は無事終わったことになる。
このあと何が起きても、彼が責められることはないはずよ。
そして、エイダンが救いに来てくれれば、手紙を置いて立ち去るつもり。
その時ハッキリと、自分が好きなのはエイダンだと伝えよう。
これでブレッドも私の事を諦めるし、完璧な計画だわ。
あっ、窓の外からフクロウの鳴き声が聞こえてきたわ。緊張するけどいよいよね。




