第23話 聖女誘拐
わたくし聖女リディ·ローレンスは、すこぶる気分が優れません。つまり怒っています。
それはエイダンが原因なの。あの人が私の大事なモノを奪ったからなのよ。
「悪かったよ、リディ。そんなに怒ると思ってなかったんだよ」
「……エイダン、アナタの事は好きよ。
でも、今回の事には凄くガッカリしたわ。貴方は限度ってものを知らないのね」
オロオロしているけど、きっと私が怒っている理由を分かっていないと思う。
「でも、ケーキのイチゴを食べて良いって言っただろ?」
「言ったわよ、でも生クリームまで良いとは言っていないわ」
ほら、やっぱり分かってない。上に乗っているイチゴを取る時、ゴッソリと一緒に食べちゃうなんて。信じられないわ。
「はぁ、ちょっとだけなのに」
「いい、エイダン。あのスポンジにあの量の生クリームだからこそ、美味しさが引き立つの。
あなたは全然分かっていないわ」
相方の生クリームが居なくなって、スポンジは居場所がなくポツンと残されるのよ。
それはとても悲しいことだし、あってはならないのよ。
ひとしきり説教したあと、グッタリと項垂れるエイダン。
いつもみたいに一緒には帰らないわ。
宿につき少し考えてみると、今日は少し怒りすぎたかしら。
良くないことには自分でも分かっている。
たまたま怒ってしまっただけで、今は少し後悔しているの。
でも、小さいけれど、そこは譲りたくないという想いもあるわ。
「そうよ、あれくらい言ってもいいわよね?」
やはりその考えに自信が持てないかな。不安が積もるし、エイダンの元に戻ろうかしら。
そう考えていたその時、物陰から不意に声をかけられた。
声の方を見ると、そこにはブレッドの従者が立っていた。
彼は大きな体だけど物静かで思慮深く、ブレッドの部下には珍しくまともな人だったわね。
どうやら1人ってここに来たみたいで、用件をポツリポツリと話し始めたの。
「アレ馬鹿、もうダメ」(もうあの方にはついていけません。怪物みたいになってしまったのです)
この人は言葉数が少なくて、いつも時間はかかるけど、ちゃんとした事しかいわない。
最近のブレッドは酒場で暴れたり、領地でワガママを言ったりと、ウソの様なことを次々と起こし、遂には私を娶ると騒いでいるそうだ。
ブレッドが、私のことを求めているのは知っていたわ。だけど個人的にも、公的にも絶対無理な話よ。
幼い頃から意地悪で、変なイタズラばかりしてくるからイヤだったわ。
だけどその度にエイダンが現れて、いつもカッコよく助けてくれていたのは、凄く嬉しかったなぁ。
それを誘拐して来いだなんて、本当にブレーキが効かなくなっているのね。
「ボッチ、大ボッチ、大騒ぎ」(もう誰も抑えつけることができないんです。実家の大旦那さまも見放しているんです)
でも悪口を言って辞めてきたと言ってるけど、それってブレッドは気づいていないんじゃない?
それにあなたには、お母様もいらっしゃるでしょ。
悲しませないためにも、戻ったほうがいいと思うわ。
「ノット等価交換、貯メダルないない」(でも、戻るには聖女様をお連れしないといけません。そんな不義理なことできません)
そうね、私も無理矢理さらわれても嫌だし、そんなので心は動かないわ。まるで悲劇のヒロインじゃない。
あら、それってエイダンが私を助けに来てくれるかしら? ……これはいいかもね、うふふ。
「ねぇ、ブレッドのいう通り私を拐いなさい」
「聖女様、アタマ大丈夫か?」(何を考えていらっしゃるんですか? 私の事はいいですから、ご自身のことをお考えくたさい)
「あなたを見捨てたりしませんよ。死地に赴く必要ありません。
それに私も、あの土地の実情を把握したいとも思っていました。
だから、分かるわよね? 私の計画にも協力してください」
自分でも、ちょっと悪い顔で笑っているのが分かる。
でもこの人も感激しているし、今日だけはワガママを言わせてもらいたいの。
◇◇
「嗚呼、エイダンさん。聖女様は大丈夫でしたか?」
宿屋に着くと、心配そうな従業員に声をかけられた。
なんでも、大男とリディが、自身を誘拐するしないの話をしてたという。
男の特徴を聞くと、紋章からゴールドマン家の者だと予測がついた。
「意味がわからんな」
襲われたのでなく、リディを誘拐する相談だなんて、従業員のカン違いだろうと受け流した。
しかし部屋に入ってみると、ケーブルの上に1枚の手紙が置いてある。
《可愛い花嫁リディは預かった。返して欲しくばイーグル城まで来い。
だだし来るときは、白馬に乗り、服はワンサイズ小さいLを着て、秘密の合図をすること。
ブレッド·ゴールドマンより》
なんだこりゃ、支離滅裂すぎて混乱するよ。おかしな所がたくさんありすぎるぞ。
まず人類の宝である聖女を誘拐するなんて、尋常ではない。
もし成功したとしても、世界中を敵に回す事態にもなるし、一領主のすることじゃない。
しかし、考えた足らずのブレッドの事だ。もしやったとしても不思議じゃないな。
その他には花嫁として拐ったのに、取り返しに来いとはヤバすぎだろ。
あとの条件については、あえて指摘するまでもないか。
それと決定的な点が、この置き手紙の文字はリディの字で書いてあるって事だ。
つまり色んな点を考慮すると、1つの答えにたどり着いた。
「ふぅ~、自作自演だよな。それとも子供の頃にした遊びに似てる?」
リディは怒っていたし、ここまで極端なことはなかったけど、たまに気を引こうとすることがある。
どういう経緯かわからないが、ゴールドマン家の者が関わっているのも確かで、一緒についていったのは本当のようだ。
救け出すのはいいとして、この件は公にできない。
それこそ世界中が大騒ぎする事態になってしまうもんな。
「誰が計画を立てたにせよ、雑な所が多すぎだろ」
こうなってくると、こちらもそれなりの計画と準備が、必要になってくるじゃないか。
ため息混じりの気合を入れて、まずは白馬を探すに事した。
◇
ところ変わって、リディは擬似誘拐をされ、イーグル領に向かっていた。
「キュン、寂しさ心配」(聖女様、あんな殺風景な部屋で、本当に宜しかったのですか?)
リディは自分が監禁される部屋として指定したのは、離れとなる塔の最上階だった。
「いいの、あの塔は私たちの遊び場だったのよ。
大人たちから隠れるにはピッタリでね、鳴きマネの合図で場所を伝えていたのよ」
それは子供らしいカワイイ合図だった。
高いところだとフクロウの、低いところや地下だとネズミの鳴きまねで、人知れず互いの存在を知らせていた。久しぶりに交わす2人の秘密の合図。
「エイダンはちゃんと覚えているかな?」
リディはそれを楽しみにして、馬車に揺られるのであった。




