第22話 ブレッド、愛の形
あのタイミングで、ベルゼ・フォックス法務大臣に出会えたのは幸運だった。
俺様の将来に希望を見いだすあの慧眼。大したものだ。
後日何人か優秀な者を送ると約束してくれたし、もう安心だ。
その者たちに経営を任せれば、俺様は何もしなくてよい。
これで自分の好きなことに、時間が使えるぞ。
未来は明るい。夜は祝杯をあげるため、街の酒場へと供の者を引き連れていった。
中に入るとむせるような人の熱気に、脂ぎったテーブル。女中もくだけた感じで注文を取りに来た。
「いらっしゃい。注文どうします?」
貴族に対する礼儀がなっちゃいない。
それとツベコベ言わず早く持ってくれば良いのに、全く気の利かない者でイラつく。
せっかくの楽しい気分が台無しだ。
その割に飲み物はすぐ出てきて、自分の心を弄ばれているようで、更に気に食わないな。
ジョッキに入ったワインで乾杯し、一気に流し込んだ。
香辛料が効いていて、味が悪くないのも納得がいかない。
場末の酒場のくせにしては、料理も上手いし、酒もどんどん進む。
これで音楽でもあれば、より楽しい気分になるのだが、それを求めるのは酷か。
代わりに聞こえてくる雑多な会話に、耳を傾けた。
「それにしても、すげー冒険者が出てきたな。エイダンって名前だっけ?」
聞き流せない名前がでてきたぞ。
あのエイダンではなさそうだが、自然と意識がそちらにいく。
「ああ、幸運の聖女様がついているしな。稼ぎまくっているよな」
「なぁ、あやかりてぇー」
聖女といえば、思い浮かべるのは1人しかいない。幼い頃から、恋心を抱いたリディ・ローレンスだ。
イーグル家にいつもいて、会うのを楽しみにしていたものだ。
見るたびにリディはどんどん美しくなっていき、向こうも俺様を意識していて、まんざらでもない感じだった。
俺様にとって幸せな幼少期で、親に嫁にもらうようせがんでいた。
しかし、不思議なことにリディは首を縦に振ることはなく、今日に至るのだ。
「同じエイダンで思い出したが、イーグル家だったあの領地、今はズタボロらしいぞ」
「え? 領主が替わって間もないだろ」
「それだけ新領主がボンクラって事さ」
「あははは、あの土地の人間じゃなくて良かったぜ」
し、信じられないことが起きている。
ジョブと活躍の話を聞く限り、エイダンではない。
しかし、特徴や風貌は間違いなくエイダン·イーグルだ。
全くの無能なエイダンが称賛されて、自分が悪役として語られている。我慢できる事ではない。
「おい、貴様。俺のことを笑ったか?」
俺様は1人を殴り倒し、残ったほうを問い詰める。
このやり方は一番手っ取り早いので、いつもやっている方法だ。
さっきまで談笑していた男は、仲間に起きた災難に戸惑うばかりでいい気味だ。
目に映った双頭の蛇の紋章で、俺様が誰なのか悟ったようだな。
「勘弁してください。俺が言ったんじゃなくて、他のやつらが噂をしているんです」
周りの客も、俺様の偉大さに口を閉ざしていやがる。
「しきりにイーグル家は良かったと、話すものですから……はっ!」
こ、この男はまた信じられないこと言い出した。こんなウソつきには罰が必要だ。
だけどこの正義の裁きでも、なんともならないことがある。
真実を話せと殴ると男は黙るし、何かもっと喋れと殴ると泣きだす。愚民は手がかかって面倒だ。
そしてようやく、男は俺様の評判や、冒険者エイダンについての話をした。
うぬぬぬぬ、聞けば聞くほど、怒りがつもる内容だった。
もー、アッタマにきたー! 剣のサビにしてやる。いまさら助けてくれと泣きじゃくるが、もう遅い。
「そこまでだ。全員大人しくしろ!」
誰かが通報したのか、笛を鳴らしながら衛兵が割って入ってきた。
「衛兵、良いところに来たな。この愚民どもを捕らえろ」
あははは、この場の全員が固まっていやがる。
うむも言わさず、一方的に正義の鉄拳を振るったのが効いたようだな。
「いいえ、逮捕されるのあなたの方ですよ、子爵殿」
予想外の言葉に、今度は俺様の方が固まってしまった。
あっ、そうか。俺様の聞き間違いか。危うく醜態を晒すところだったぜ。
いや、逆に誤解させるクズ衛兵に問題ありだな。後で王に報告をしてやるか。
「いいえ、聞き間違いではありません。これ以上の暴挙は見過ごせませんよ」
「き、貴様ー、この高貴な俺を捕まえるだと? 何様のつもりだー!」
「私は王の威光と、王の民を守るものです」
「俺は王に仕える者だぞ!」
「まだ、お解り頂けませんか? ここは王が支配される土地です。
ここで剣を抜くのは、王に対して剣を向けるのと同じことですよ」
明らかにやりすぎだと、王の兵は強気で言ってくる。
この時になって、俺様はやっと自分の不利を理解できた。
何の権限もない虫が、竜の威を借りてきやがる。
悔しさのあまり、何も言わずに立ち去ろうとするが、衛兵に呼び止めてきた。
「まだ何か用か?」
「この者たちへの示談金がまだですよ。あとテーブル代もです」
「ぐがぁぁあー!」
怒りとの雄叫びをあげ、金貨の入った袋を投げつけてやった。
俺様が外に出ると、中から拍手と歓声が聞こえてくる。
思わず走り出したが、どこまで走っても笑い声が聞こえてきやがる。
「殿、お待ちください」
ふっ、ふっ、クソックソッ。一時もこんな所にいたくない。
スラム街まで来たようで、あの笑い声はやっと聞こえなくなった。
なぜ貴族の自分がこのような辱めを受ける。答えはすぐ出る、それはエイダンのせいだ。
ヤツがリディを拐かし、連れ去ったに違いない。
なんて酷いヤツだ。だが、囚われた姫を助け出すのは、騎士として名誉なことだ。
これは正に夢物語のようなシチュエーション。
「ご、ご主人様?」
そうだ、この者にもその栄誉の一端を味あわせてやるか。
「おい、貴様。花嫁を迎えに行ってこい。それと全ての準備をしておけ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
はぁー、ご主人様は昔っからワガママだったけど、今回のは特にヒドイ。
聖女リディ様に夢中で、花嫁と呼ぶのは彼女しかいないとも知っているよ。
しかし、不釣り合いだろ。しかもかなり嫌われていて、いつも傍にいたので、何度もフラれているのも見届けてきた。
『リディちゃん、将来ね、僕のお嫁さんにしてあげるよ』
『……私、乱暴な人キライなの』
『へへへ、楽しみだね』
タチが悪いことに、本人はフラれた事に全く気付いていない。
拒んでも付きまとうから、ローレンス様のお屋敷は出禁にされたもんな。
なのに、この自信はどこから来るのか理解できない。一応念のため聞いてみるか。
「誘拐は極悪人」(確認ですが誘拐するんですか? よけいに嫌われてしまいます。挽回のチャンスなんかありませんよ)
「ば、馬鹿、リディたんは仮にも聖女だぞ。
もし誘拐なんてしようものなら、全世界を敵にまわすだろ。
各国から軍隊がワンサカやってくるぞ」
誘拐じゃなかったら、いったいどうやって連れてくるんだよ。
「おまえは昔から考えが足りないし、言葉数が少なくてどうしようもないな。
散々今まで、俺様とリディたんの仲良さを見てきたのに、ナゼそんな事を思い付くんだ」
見てきたからこそ、それしか思いつかないんですよ。
聖女様にはこれ以上迷惑をかけれないし、ソロソロご主人様を見限った方がいいな。
ただ辞めるにしても、今まで散々こき使われてきたので、このまま辞めるのはもったいない。
それに理不尽な要求への怨みもいっぱいだ。
なんせこの人は、部下への配慮も足りないし、足も臭く時々漏らす、最悪のご主人様だったよ。
だから退職金をいっぱいもらわないと、割が合わないな。ちゃんと伝えよう。
「カネ、くれ」(せめて月給の3ヶ月分はください)
「金がほしいだと? 支度金かなにかだな。ホレ、金貨10枚でなんとかしろ」
ケチにしてはよく出してくれた。今までお世話になりました、逆か、お世話してきて大変でしたか。
ケジメもついたし、後は聖女様に危険だとお伝えしないといけないな。
聖女様のお役に立てるこの幸運に感謝いたします。
だけど1つ問題がある。今までご主人様に仕えてきた身だ、どこまで信じてもらえるか心配だ。
お優しい聖女様のことだから、誠心誠意お伝えすれば、きっと分かってもらえるだろう。




