第21話 ブレッド 貴族のたしなみ
「うおー、都会の風は気持ちイイー」
俺様ブレッド·ゴールドマンは、久しぶりに王都に来ていた。
願っていた王都での生活は無理だけど、今回は王宮からの呼び出しだ。
王もやっと俺様の頑張りを認めたようだ。それが嬉しくてつい、肩で風を切りながら歩いてしまう。
しかし、明るい気持ちに対して、服装がなんとなくパッとせず気にくわない。
服は上等のものなのに、どこか薄汚れていて清潔感がないし、袖のボタンも今にも取れそうだ。
あ~くそっ、普段ならそういった細かいところを、従者が気にかけるものだ。
それに対し、執事は人手が足らないと言いやがる。
確かに領内は人が減り、屋敷内の人も少ない。だがそれは俺様には関係ない。
平民は貴族である俺様に、全てを捧げるのが当たり前。それを放棄するなど許せないことだ。
それなのに、贅沢をするために増税した甲斐もなく、収入は思うほど上がっていないんだ。
「なんで俺がこんな目にあう。能力の低い奴らばかりで、腹が立つぜ」
すべては使用人の怠慢からくる結果で、教育するのが大変だ。
怠け者が増えないよう、監視するのも怠らない。
ここに来る前にも何人かを投獄して、財産を取り上げてやった。
そういった断固たる姿勢を見せるのが、大事だという事だ。
しかし、愚民どもは理解することが出来ず、次々と土地を捨てていく。
国も国でそんな状況を改善するよう、口を挟んでくるし、俺様の苦労を誰もわかっていない。
特に中央の役人は現場も知らずに偉そうだ。
今度何かを言ってきたら、ガツンと1発殴ってやるつもりだ。
どうせ覚悟もない役人風情は、ヒィヒィ泣くのがオチだ。
考えていると怒りが頂点に来たが、王宮の門に着くと、嘘のように平穏な気持ちになっていく。
目に映るきらびやかな世界。これこそが自分にふさわしい舞台だ。
その舞台に再び、戻ってこれて幸せだ。
衛兵に名前を告げると、すぐさま王のもとへと通された。
「やはり俺は、俺の価値をわかる者がいる場所にいるべきだな」
自分が望めばすぐにも王に会えるし、不自由なんてないと確認できた。
気分よく謁見の間に進み王に跪くが、王に代わって内政官が話し出した。
通達した領内改善案を報告しろと言うのだ。
栄誉を授かる場で、無礼なこの発言。許される行為ではない。
「王が卿を誉める? 何か誤解をされているようですね」
「誤解など何もない。税も前より増えてるし、民を教育している最中だ」
内務官は増税する以上に人が減り、治安が下がっていると指摘してくる。
「あなたの代になって、著しく不安が増えました。前任者のようにうまくできないのですか?」
「それはエイダン・イーグルの事か?」
よりによって、ヤツのことを持ち出してきた。
「エイダン? ああ、無能の息子のほうか。確か卿と同い年だったはず」
内務官はボソリと〝あれが出来たのに、何故できないのか〞とつぶやいた。
そんな無礼を許すほど、俺様はヤワじゃない。
怒気を孕んだオーラを、中央の役人にぶつけてやった。武芸の心得がなければ、失神するレベルでだ。
しかし、向こうは半歩横にずれ、面倒くさそうに避けやがった。
ヒョロイおやじが生意気な!
「こんな状態が続くようでは、来年の戦争への参加も怪しいんじゃないですか?」
なんだと、戦争があるのは初耳だぞぉぉ。
それなら重騎士のジョブを活かせれるし、活躍の場ができるのは願ったり叶ったりだ。
多大な恩賞で王都の屋敷も夢じゃない。
「ゴールドマン卿、子爵の位ですと、100人の騎兵と、400人の歩兵を揃えての参加となりますよ」
「ハハハッ、任せろ。支度金をもらい次第、すぐにでも用意するさ」
馬車も新調して王都を走らせるのもいいな。
「…………支度金などありません。全て自腹となります」
「はぁ? お前は何を言っている。王国のために働くのだぞ。それに、どこにそんな金があるのだ」
「ですから、領内の安定を図って」
「チッ、うるさい、うるさい、うるさーい!」
その場から立ち上がり内政官に詰め寄ると、その場の全員が凍りついた。
わははは、俺様の迫力に怯えてやがる。
(王の御前で貴族らしからぬ振る舞い。若者の愚行だと笑って見過ごせませんぞ)
周りで何かゴチャゴチャ言ってやがる、鬱陶しい。
「なんとかすればいいんだろ。これ以上俺に指図するのは許さんからな」
「ゴールドマン卿。王の許可も与えられないのに、部屋を出ていくのは不敬ですぞ」
こんなの違う。面白くないコトばかりだ。
得意でもない領地経営をやらされ、チャンスかと思った戦に出るにも、金を払えと言ってきている。
宝を手に入れるために、金をかけるなど街のイカサマ師がやることだ。役人には品位というものがない。
すると後ろから、声をかけてきた者がいた。
相続話を持ってきた、法務大臣のベルゼ・フォックスだ。
「おお、大臣。良い所で会えた」
俺様にとって大臣は最大の味方であり、よき理解者でもある。
領地相続も動いてもらったし、感謝しきれない恩を感じている。
そんな大臣に中で起こった一部始終や、領地経営の愚痴をぶちまけた。
「才能あふれる貴殿を、無意味に追い詰めるのは馬鹿者のすることだな」
どこを向いても味方のいない中、頼もしい言葉だぜ。
やはり、俺の価値をわかる者は一味違う。
「そうだよな。これでどっちが愚か者なのか、ハッキリしたぜ」
「しかし、金がいるのもまた事実。それはどうするつもりかね?」
それについては全くアテがなかった。
実家には、いままでにも金額を無心をしており、返済するまで更なる借り入れは、絶対ダメだと言われている。
「ブレッド殿、それはマズイな。もしかしたら最悪、領地没収もありえる」
「あ、あ、あり得ない! そんな暴挙、俺が絶対許さない。小役人め、今すぐぶん殴ってやる!」
最初からあの態度が気に食わなかった。
俺様をはめて、小遣い稼ぎでもしようと思っているのだろう。
残念ながら、俺様はそこまで間抜けじゃないぞ。
「ははは、落ち着きなさい。それに王宮内の暴力はご法度だ。その時点で終わりを迎えてしまうぞ」
正義の鉄拳さえもふるえないほど、王宮は腐敗が進んでいるのか?
だから、王からのお言葉が無かったんだ。しかし、これではどうする事も出来ないぞ。
「何故なんだ。あれも駄目。これもダメ! だめ、ダメ、駄目、ダメダメだめだめ。あヴぇ~~~~!
どうすりゃいいんだー」
味わったことの無いほどの焦りを感じた。
やっと手に入れた俺様の王国、手放してなるもんか!
すると大臣が静かに鉱山の事を話しだした。
もともと鉱山の利益率は高い。そこを少しいじれば、簡単に盛り返すことができると。
「もし、貴殿さえ良かったら、鉱山経営に明るいものを紹介するぞ」
「おお~やっぱり、あんたは頼りになるぜ」
それは受け入れるには魅力的な提案だった。
なんせ、管理に運搬そして帳簿にいたるまで、一切合切任せていいだなんて、うひょー。
謝礼もいらないって言うし、全て解決できて楽ちんだ。大臣ちゃん、その調子で今後も頼んだぜ。
そのセリフにフォックス大臣は、心の底からの笑みを浮かべ握手を求めてきた。
これで俺たちの関係は、より固い絆で結ばれたぜ。




