第2話 モッテモテー
あれから酷いものだったぜ。
領地にあるものは、すべて持ち出すことが許されないし、着のみ着のままで追い出されたんだ。
傷を癒すポーションもないし、只々歩き続け、いちばん近い街グーリグリにたどり着いた。
「はぁ、領民や館の者たちが心配だよ、大丈夫かな」
ブレッドは昔から、ワガママでひどい癇癪持ちだ。
ちゃんと国と領民の間に立って、あの地を治めていけるのだろうか。
いや、俺はバカか。今は人のことより、まずは自分の事だろ。
手持ちのカネも、数日で無くなってしまう程しかないんだから。
『旦那さま~、少し恵んでくださいな~』
こんな町にも冒険者崩れか。片足が無く人生を諦めている感じだな。
銅貨10枚あれば、彼らは食事にありつける。
最低限の生活だが、ヘタをしたら俺もこうなるかもしれない、でもよ。
――チャリン――
『ぎ、銀貨! ダンナ、ありがとうございます』
「それで体力を戻しな、それと自分を諦めるなよ」
はぁ~、何やってんだオレ。
格好つけてる場合じゃないのにさー。つくづく自分で自分の甘さが嫌になるぜ。
「もー知らねー、こうなったらヤケだ!」
こういう時は美味しい物を食べるに限る。嫌なこと全部忘れてやる。
近くに酒場から、いい匂いがしてきた。よし、ここで決まりだな。
きれいな店内で活気があるし、注文に取りに来た店員も陽気に話しかけてきた。
「お客さん、その腫れた面からすると、女と喧嘩をしたクチだね。うちは安酒ばかりだから、そんなお客さんにピッタリだよ」
軽口が心を和ませてくれるよ、今の俺にはこれが1番の薬だぜ。
勧められるまま注文し、エールと一緒に出てきた料理を食べる。
かなり旨い、エールもグイグイいけ、あっという間に酔いが回ってきた。
しばらくまどろんでいると、1組のカップルが店に入ってきた。
男は鼻に【イケメン】と書かれた優男。
連れはそんな男に、ベタ惚れだと一目でわかる若い女だった。
俺には関係ないとエールに口をつけた時、優男が俺を指差し笑い出した。
「なんだお前、みっともねーなぁ」
「ちょっと、コウちゃんやめなよ」
「あん、俺に指図をするのか、ふざけんな!」
「ヒィッ、ご、ごめんなさい、許して」
怯える女に男はクドクドと説教をし始めた。
2人は酔った様子もなさそうで、普段からこういう関係なんだろう。
「それにしても、モテない男は格好からして貧乏臭せぇなぁ。キズを直すポーションも持っていないのかよ。
おまけに弱そうだしよ。女にでも殴られたんじゃねぇのか、ハハハハー」
初対面の他人に、よくここまで言えるもんだ。
顔はイケメンでも心がダメだな、相手にするのもバカらしいぜ。
「オイ、何シカトしてんだよ。コッチを向きやがれ」
肩を掴んできて、どうあっても逃がさないつもりのようだ。
「やれやれ、お前カッコ悪いぞ。イケメンの素質以外に何か磨いたモノはあるのか?」
「な、な、大きなお世話だ」
「それとお嬢さん、好きな気持ちは大切だよ。でも将来を見誤らないようにな」
「テ、テメー、表に出ろ!」
この男、足運びから見て完全な素人だ。
鍛えた俺の敵じゃない、ワンパンで終わりだろう。
でも、それをしてどうなる。憂さ晴らしで八つ当たりって、みっともない事だもんな。
「オイオイ、腰抜けが。イキった割には喧嘩もできないのか、ヘヘンッ」
「コウちゃん」
「それにな、この女は俺にベタ惚れで、こんな事をされるのが嬉しいんだよ」
男はそう言うと、女の顔をガッと掴み力任せにキスをした。
女は暴れることなく身を任せていたが、どこか少し寂しそうにも見えた。
だけどこれは2人の問題。口を出した俺の方が間違いなんだ。
それに俺が優男を倒したら、彼女さんが悲しむだろうな。
「マスター、お勘定を頼む」
「へッへー、もてない男は目ざわりだ。2度と人前に出てくんなよ。ヘヘンッ」
次の朝起きると、だいぶ飲みすぎたようで頭が痛い。昨日の晩はもうサイテーだったな。
追放されたこともあるけど、酒場で絡んできた男がなー。
有益なスキルや特性を授かったヤツラは、それだけで人生が安定する。
昨晩はそれをまさに象徴する出来事だよ。
「一度でいいから、見た目でチヤホヤされてみたいぜ」
そんな事よりも、昨晩は調子のって金を使ってしまったんだよな。
今日から稼がないとマジヤバい。
この街にある、冒険者ギルドに登録をして頑張るしかないぜ。
それと、一晩経って冷静に考えてみたんだ。
俺は今までは人目を気にして、期待に応えるためにあくせく働いてきた。
それが突然すべて取り払われ、自由になれたんだ。
今の俺は何をしたっていいんだ。何者になってもいいんだ。
そう考えると心が軽くなり、小さな頃から憧れた夢を思い出したよ。
「そうさ、青い空の下を笑いながら歩く、自由気ままな英雄。そんな世界が待っているぜ」
ジョブがない俺には制限はあるけど、鍛えた剣術でのし上がることもできる。
そして、冒険者ギルドは、それを可能にさせてくれる場所でもあるんだ。
「よし、ガゼンやる気が出てきたぜー!」
腹ごしらえをして、新たな一歩を踏み出してやるか。
着替えを終えて、軽い足取りで1階の食堂へ降りた。
すると時間が遅かったのか、ウエイトレスの女の子が片付けをしていて、他の客は誰もいなかった。
「お客さん、遅いですよ。もう何にもありませんよ。
えっえっえー! うそ、カッコイイ~~~」
不機嫌だった女の子が俺の顔を見るなり、ホワンと緩んだ表情になっている?
「ちょ、朝食ですよね。何か好みのものありますか? 時間があるなら、なんでも私作りますよ」
あれ、さっきと態度が全然違うぞ。
まるで昨晩のイケメンを見る女子のような表情だ。明らかに恋する乙女の顔だよ。
普段でもこんなこと起こらないのに、腫れあがった顔では、なぜこうなるのかが分からないぜ。
「あ、ありがとう。腹にたまるものであれば、なんでもいいよ」
女の子は、はにかみながら奥へと引っ込み、しばらくして両手いっぱいの料理を持ってきた。
すごいサービスだけど、こんなには食べれないぞ。
「傷を治すためにも、いっぱい食べて元気になってください、ポッ」
ヒョ~、急なモテ期の到来にドッキドキだよ。
でも袋の中のコインの数が、俺に現実を見ろと言ってくる。くそっ、残念だ。
朝食を終えたあと、この子に教えてもらった冒険者ギルドへ、泣く泣く急ぐしかなかった。
「ふぅ~、それにしても、宿屋のあの女の子は可愛かったなぁ」
そうさ、焦ることは何もないぜ。
当分この街にいるし、本当に分かり合える娘さんなら、チャンスはいくらでもあるさ。
そんなことを思い歩いていると、妙に視線を感じるのに気付いた。
はぁ~またか、見られている。
小さな頃からアザのない顔を、ジロジロ見られるのは慣れている。
それは哀れみだったり蔑みだったりと、決していい視線ではなかった。
でも、今日は何かが違う。
ネットリというか、絡みつくというか、とにかく視線が熱いんだ。
「うわっ、カッコイイ~」
「あの人誰かしら。ねぇ、貴女知っている?」
むむむむ、見てきているのは女子ばかり。
いや、男も見てきているが、睨んでいるといったところか。
今朝から何かがおかしいぞ。宿屋の女の子もやけに好意的だったし、今まで味わったことのない状況だ。
あそこの花屋のお姉さんも、向かいの道具屋の奥さんも、道を歩いている幼い女の子も。
みんながみんな、俺に恋した顔をしている。
えぇぇぇ、腫れた顔が流行っている?
ナゼか分かんないけど、これはモテ期だ、絶対そうだ。
ギルドに行かないといけないのに、こんなタイミングは残酷だぜー!




