表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/58

第2話 モッテモテー

 あれから酷いものだったぜ。


 領地にあるものは、すべて持ち出すことが許されないし、着のみ着のままで追い出されたんだ。


 傷を癒すポーションもないし、只々歩き続け、いちばん近い街グーリグリにたどり着いた。


「はぁ、領民や館の者たちが心配だよ、大丈夫かな」


 ブレッドは昔から、ワガママでひどい癇癪持(かんしゃくも)ちだ。

 ちゃんと国と領民の間に立って、あの地を治めていけるのだろうか。


 いや、俺はバカか。今は人のことより、まずは自分の事だろ。

 手持ちのカネも、数日で無くなってしまう程しかないんだから。


『旦那さま~、少し恵んでくださいな~』


 こんな町にも冒険者崩れか。片足が無く人生を諦めている感じだな。


 銅貨10枚あれば、彼らは食事にありつける。

 最低限の生活だが、ヘタをしたら俺もこうなるかもしれない、でもよ。


 ――チャリン――


『ぎ、銀貨! ダンナ、ありがとうございます』


「それで体力を戻しな、それと自分を諦めるなよ」


 はぁ~、何やってんだオレ。

 格好つけてる場合じゃないのにさー。つくづく自分で自分の甘さが嫌になるぜ。


「もー知らねー、こうなったらヤケだ!」


 こういう時は美味しい物を食べるに限る。嫌なこと全部忘れてやる。

 近くに酒場から、いい匂いがしてきた。よし、ここで決まりだな。


 きれいな店内で活気があるし、注文に取りに来た店員も陽気に話しかけてきた。


「お客さん、その()れた(つら)からすると、女と喧嘩をしたクチだね。うちは安酒ばかりだから、そんなお客さんにピッタリだよ」


 軽口が心を和ませてくれるよ、今の俺にはこれが1番の薬だぜ。


 勧められるまま注文し、エールと一緒に出てきた料理を食べる。

 かなり旨い、エールもグイグイいけ、あっという間に酔いが回ってきた。


 しばらくまどろんでいると、1組のカップルが店に入ってきた。


 男は鼻に【イケメン】と書かれた優男(やさおとこ)

 連れはそんな男に、ベタ惚れだと一目でわかる若い女だった。


 俺には関係ないとエールに口をつけた時、優男が俺を指差し笑い出した。


「なんだお前、みっともねーなぁ」


「ちょっと、コウちゃんやめなよ」


「あん、俺に指図をするのか、ふざけんな!」


「ヒィッ、ご、ごめんなさい、許して」


 怯える女に男はクドクドと説教をし始めた。

 2人は酔った様子もなさそうで、普段からこういう関係なんだろう。


「それにしても、モテない男は格好からして貧乏臭せぇなぁ。キズを直すポーションも持っていないのかよ。

 おまけに弱そうだしよ。女にでも殴られたんじゃねぇのか、ハハハハー」


 初対面の他人に、よくここまで言えるもんだ。

 顔はイケメンでも心がダメだな、相手にするのもバカらしいぜ。


「オイ、何シカトしてんだよ。コッチを向きやがれ」


 肩を掴んできて、どうあっても逃がさないつもりのようだ。


「やれやれ、お前カッコ悪いぞ。イケメンの素質以外に何か磨いたモノはあるのか?」


「な、な、大きなお世話だ」


「それとお嬢さん、好きな気持ちは大切だよ。でも将来を見誤らないようにな」


「テ、テメー、表に出ろ!」


 この男、足運びから見て完全な素人だ。

 鍛えた俺の敵じゃない、ワンパンで終わりだろう。


 でも、それをしてどうなる。憂さ晴らしで八つ当たりって、みっともない事だもんな。


「オイオイ、腰抜けが。イキった割には喧嘩もできないのか、ヘヘンッ」


「コウちゃん」


「それにな、この女は俺にベタ惚れで、こんな事をされるのが嬉しいんだよ」


 男はそう言うと、女の顔をガッと掴み力任せにキスをした。

 女は暴れることなく身を任せていたが、どこか少し寂しそうにも見えた。


 だけどこれは2人の問題。口を出した俺の方が間違いなんだ。

 それに俺が優男を倒したら、彼女さんが悲しむだろうな。


「マスター、お勘定を頼む」


「へッへー、もてない男は目ざわりだ。2度と人前に出てくんなよ。ヘヘンッ」






 次の朝起きると、だいぶ飲みすぎたようで頭が痛い。昨日の晩はもうサイテーだったな。


 追放されたこともあるけど、酒場で絡んできた男がなー。


 有益なスキルや特性を授かったヤツラは、それだけで人生が安定する。

 昨晩はそれをまさに象徴する出来事だよ。


「一度でいいから、見た目でチヤホヤされてみたいぜ」


 そんな事よりも、昨晩は調子のって金を使ってしまったんだよな。


 今日から稼がないとマジヤバい。

 この街にある、冒険者ギルドに登録をして頑張るしかないぜ。


 それと、一晩経って冷静に考えてみたんだ。


 俺は今までは人目を気にして、期待に応えるためにあくせく働いてきた。

 それが突然すべて取り払われ、自由になれたんだ。


 今の俺は何をしたっていいんだ。何者になってもいいんだ。

 そう考えると心が軽くなり、小さな頃から憧れた夢を思い出したよ。


「そうさ、青い空の下を笑いながら歩く、自由気ままな英雄。そんな世界が待っているぜ」


 ジョブがない俺には制限はあるけど、鍛えた剣術でのし上がることもできる。

 そして、冒険者ギルドは、それを可能にさせてくれる場所でもあるんだ。


「よし、ガゼンやる気が出てきたぜー!」


 腹ごしらえをして、新たな一歩を踏み出してやるか。


 着替えを終えて、軽い足取りで1階の食堂へ降りた。


 すると時間が遅かったのか、ウエイトレスの女の子が片付けをしていて、他の客は誰もいなかった。


「お客さん、遅いですよ。もう何にもありませんよ。

 えっえっえー! うそ、カッコイイ~~~」


 不機嫌だった女の子が俺の顔を見るなり、ホワンと緩んだ表情になっている?


「ちょ、朝食ですよね。何か好みのものありますか? 時間があるなら、なんでも私作りますよ」


 あれ、さっきと態度が全然違うぞ。

 まるで昨晩のイケメンを見る女子のような表情だ。明らかに恋する乙女の顔だよ。


 普段でもこんなこと起こらないのに、腫れあがった顔では、なぜこうなるのかが分からないぜ。


「あ、ありがとう。腹にたまるものであれば、なんでもいいよ」


 女の子は、はにかみながら奥へと引っ込み、しばらくして両手いっぱいの料理を持ってきた。

 すごいサービスだけど、こんなには食べれないぞ。


「傷を治すためにも、いっぱい食べて元気になってください、ポッ」


 ヒョ~、急なモテ期の到来にドッキドキだよ。

 でも袋の中のコインの数が、俺に現実を見ろと言ってくる。くそっ、残念だ。


 朝食を終えたあと、この子に教えてもらった冒険者ギルドへ、泣く泣く急ぐしかなかった。




「ふぅ~、それにしても、宿屋のあの女の子は可愛かったなぁ」


 そうさ、焦ることは何もないぜ。

 当分この街にいるし、本当に分かり合える娘さんなら、チャンスはいくらでもあるさ。


 そんなことを思い歩いていると、妙に視線を感じるのに気付いた。


 はぁ~またか、見られている。


 小さな頃からアザのない顔を、ジロジロ見られるのは慣れている。

 それは哀れみだったり(さげす)みだったりと、決していい視線ではなかった。


 でも、今日は何かが違う。


 ネットリというか、絡みつくというか、とにかく視線が熱いんだ。


「うわっ、カッコイイ~」


「あの人誰かしら。ねぇ、貴女知っている?」


 むむむむ、見てきているのは女子ばかり。

 いや、男も見てきているが、睨んでいるといったところか。


 今朝から何かがおかしいぞ。宿屋の女の子もやけに好意的だったし、今まで味わったことのない状況だ。


 あそこの花屋のお姉さんも、向かいの道具屋の奥さんも、道を歩いている幼い女の子も。

 みんながみんな、俺に恋した顔をしている。


 えぇぇぇ、腫れた顔が流行っている?

 ナゼか分かんないけど、これはモテ期だ、絶対そうだ。


 ギルドに行かないといけないのに、こんなタイミングは残酷だぜー!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ