第18話 極上マーカー
みんな疲れていたけど、熱い思いがそれよりも勝るってヤツだ。
俺が要望する条件は、大きく分けて3つだな。
1、顔に書くので、ペン先よりは柔らかく。急いで書くので、ある程度の硬さも必要。
2、水や汗で滲まないこと。
3、消すときはすぐに消せて、痕も残らないこと。
「ああ、あんたたちが山に行っている間に、考えておいたよ」
この要望の1番目に対して、すぐさま答えは出た。
今まで、インクをつけたペンで書いていたが、これを簡単な物に変えると言われた。
インク内蔵型のマーカーペン。こういうのがあるのは知っていたけど、使うのは初めてだな。
市販されている物を手に取って使ってみるが、思った以上に硬く、強弱も付けにくい。
「手軽だけど、書きづらいな」
「ははは、だろうね。ここで私の出番さ」
元々あるマーカーペンの筆先をスキル〝改良〞を使い変化させ、希望通りにしてくれた。
「これは凄いな、奥さん。筆圧にも負けないし、線のような細かいのもいける」
「よかったよ。じゃあ、お次はこれでクリアさ」
2番目の要望には、月蝕草から作られるインクで解決させるそうだ。
このインクは公式文書にも用いられ、消すことが出来ないぐらい強力だ。
このインクは知っている。知っているからこそ、手を出さなかったんだ。なにせ本当に消えないんだから。
「ははは、そのままじゃダメさ。このインクを改良しようと思ってるんだよ」
あ、そう言う事か。消せないインクを改良して、消すことも出来るインクに変えるのか。
水や熱や薬品にも反応しなく、しかも〝俺だけに消せる〞ものを考えたそうだ。
「エイダンにだけって、難しい事を考えますね」
「そうでもないんだよ。いいかい、聖女さん。
人にはそれぞれ、他人とは違うものがいくつかあるよね。
その1つである魔力の波長を使うんだよ」
人の魔力の波長には、各個人それぞれ特徴があり、2つとして同じものはない。
今回は工程内で、俺の魔力をインクに練り込みながら作っていく、俺色の魔力が入ったインクだ。
そして出来上がるインクは、オレが意識して流した魔力にのみ反応するそうだ。
「あらら、……これをこうして。違う、流れをつくって、んんん、うー」
今までにないものを作るんだ。そう簡単にはいかないみたいだな。
「あっ、こういけば、うん、魔力をもっと! うん、最後にこれでよしと」
どうやら完成したようだ。じゃあ、試すぞ。
出来上がったインクで手に文字を書き、魔力を流したハンカチで拭いてみると、見事きれいさっぱりとふき取れた。
「キャー、一発で消えるなんて凄いわ」
熟練者のなせる業だな。
「ありゃ、成功しちゃったね」
どうした? 奥さんは、なぜかバツの悪そうな顔をしている。
「実はね、このインクを作るのに、何回も失敗すると思ってたんだよ。
だからさ、……100回分の材料をお願いしたんだよ」
成功したのは、偶然だったんかい。
奇跡の1回か。だけど材料が大量に余るのは、俺にとって都合がいい。
「ははは、残りも必要だ。全部買い取るから作ってくれ」
この先なにがあるか分からない。確保できるなら、いくらでも買うぜ。
「そんなに使う気なのかい? よし、分かったよ。途中魔力がなくなったって、泣き言いうんじゃないよ」
長丁場になりそうだな。リディは宿に戻ればいいのに、付き合うといって残ってくれた。
「わたし、お夜食や飲み物を買ってくるね」
ウキウキした顔で出かけていった。走る姿を見送り、俺たちは準備にとりかかる。
「聖女さんなのに、気さくな方だね」
ああ、リディの笑い声でいつも楽しくいられるよ。それに機嫌が治って良かったよ。
「どうしたんだい?」
俺もよくわからなかったが、昨日起こったことを奥さんに話してみた。
「そんな事を言ったのかい? あんた、聖女さんのことどう思ってだい?」
どうって大事な親友だし、兄妹のように大切な人だよ。
「呆れた、唐変木の極みだね。よく聖女さんが一緒にいてくれるもんだよ」
兄妹は寄り添うものだろ、普通のことさ。
「そうじゃなくて、女としてどうかって聞いているの!」
「はぁ、リディは聖女だぞ。馬鹿なことを言うなよ」
「あの子だって1人の人間、女の子だよ。そんな代名詞でくくるなんて、どうなのさ。そこら辺は考えてあげな」
このセリフには完敗だ。ぐうの音も出ない。
「忠告ありがとう。それにあなたに奥さんってくくりも失礼だな。名前を教えてくれ」
「はは、素直な男はカワイイね。また悩んだらこのカルアに相談しな」
「よろしく、カルア」
急ぐ作業じゃないんだけど、息子さんの回復の喜びと使命感で、みんな感情が高ぶっている。
祭りのような気分で夜通し作業は続けられ、朝方にようやく全てを完成させた。大量のマーカーペンに感無量だな。
「祝杯をあげたいけど、あたしゃ寝るよ」
俺たちもフラフラで、宿に戻りベットに潜り込み、次に起きたときには、2日後の夕方になっていた。
「エイダン、おはよう……も変ね。帰ってきてからも大変だったし、仕方ないわよね」
とりあえず、お腹もすいたし、2人で食堂へ向かった。
夕飯はオススメの鶏もも肉と、柑橘系ジュースで残った疲れをとる。
「色々と考えないといけないわね」
山での出来事は、俺に更なる可能性を与えてくれる重大な事だ。
夢のような出来事がドンドン起きる。楽しくて楽しくてしょうがない。
ただ、オベリスクの後始末の件もあるし、検証はそれが終わってからだな。
「あ、ギルドに行くのも忘れていたな。汚染もおさまっているから、急がないし明日にでもするか」
そんな流れで出たこの何気ない考えが、このあとの大きなズレを生じさせてしまい、後で反省することになったんだ。
翌日ギルドに着くなり、メグミンが慌てた様子で話かけてきた。
「エイダンさん、問題が発生しました。その件でギルド長がお話したいそうです」
何を慌てているかと聞くと、大きな事件が報告され、その対応に四苦八苦しているそうだ。
事件の内容からして、高ランクの冒険者が必要と判断された。
しかし、今この街のBランク以上の冒険者は、偶然が重なり全員出払っているらしい。
そんな事情もあって、付け焼き刃ではあるが、CランクとDランク冒険者の4チームを現場に送り込んだ。
だがクエストは失敗。命からがら逃げ出してきたそうだ。
「まさかここまでとは思っていませんでした。初動の失敗は私達にあります」
組織を動かす時の決断というのは難しい。
俺も幾度となく悔しい思いをしたので、その気持ちはわかるぜ。
急いで俺たちはギルド長の部屋へと向かった。
「おい、おい、黒板。ちょっと来い」
ゲッ、副ギルド長のガマゲンだ。
俺はギルド長に呼ばれて忙しいんだ、何か用なら他に言ってくれ。
「そのギルド長からの話は、全部ボクチンに任せられている。だから、部屋まで来い」
おいおい、ウソだろ。みんなに迷惑かけてばかりなのに、この大事な時に仕事を任さられるはずないだろ。
…………ウソじゃない? うおーありえねぇー! 絶対イヤだわ。
もしそうなら、この地での活動も考え直すぜ。頼むからジョウダンだと言ってくれ。




