第16話 王のプライド
このコカトリスは普通なら、レベル50以上のパーティーで討伐する相手だ。
文字の力、ジョブの真髄を引き出し、最大限に能力を発揮しているとはいえ、Lv15のレンジャーでは太刀打ちできない。
この単純な物理的攻撃でさえ、とんでもなく強力だ。
たとえリディを救えても、今の俺では間違いなくあの世行きだろう。しかし。
「負けるかよ、うおーーーーー!」
絶望的な攻撃が胸元に迫る。そして、いまだ俺はそれに対抗する手立てがない。
そして、遂にクチバシが俺をとらえた。
――ガキィンー!
なんだ? 鋭い音が響くも、衝撃が全くこない。
それに痛みもなく、むしろ小鳥についばまれたような優しい感覚だ。
よく見ると鋭いクチバシは、1ミリも刺さることなく、コカトリスは仰け反っている。
予想外のことに、この場の三者全員が驚いている。
「オマエ、本当にニンゲンか?」
その中で俺がいち早く正気に戻り、次の攻撃を仕掛けた。
クチバシを掴み、もう片方の手で胸元に1発叩き込んでやった。
牽制ぐらいになるだろうと思っていたが、これまた予想以上の威力だった。
コカトリスは、遠くの岩場まで吹き飛んでいった。
「エイダン、何が起こっているの?」
分からない。俺の頬にはレンジャーがまだあり、剣王と左右に並んでいる。
事態を把握するため、ステータスを確認した。
「な、なんだこれは!」
そこには信じらんないものがあったんだ。
エイダン·イーグル
Lv :15
ジョブ:レンジャー+剣王
HP :65+440
MP :25+160
力 :45+320
体力:50+265
魔力:30+285
早さ:40+180
器用:50+180
運 :5+25
スキル:サバイバル術 気配察知 短弓術 覇王剣 縮地 合剣法 地雷震 .
「ゆ、夢と夢が合わさっているじゃないか!」
まさかの2つのジョブが、俺に力を与えてくれている。剣王さえも上回るステータス。
この事実に興奮をし、俺は剣を抜き構えた。
「リディ、説明は後でするけど、剣王が戻った。少し耳を閉じていろ」
リディはその言葉で理解してくれた。さあ、ここからは今までの借りを返すぜ。
体勢を立て直したコカトリスが、こっち向かってくる。
それに対して俺は、レンジャーで設置した罠へと誘い込んだ。よし、ポイントにドンピシャだ。
――ファーーン!――
大音量の汽笛が鳴り響き、鼓膜を破り平衡感覚を狂わせる。
ステータスの向上で効果の上がった罠に、コカトリスはもがき苦しんでいる。
それにこの個体は、この大地と同じく毒の呪いに侵されていて、体の至る所が崩れかけているんだ。
暴れるたびに体の肉が剥がれ落ち、さらに痛みが重なる。
苦しみ、半狂乱で暴れるから隙だらけだけど、苦悶と憎しみが混ざるその視線は一切俺から外れない。
「ニンゲンめーーーーーー!」
大地を踏みしめ、怒りをあらわにして構えている。
「エイダン、新手がきたわ!」
100匹以上ものモンスター達がなだれ込んできて、コカトリスの間に入ってきた。
俺を牽制しつつ、コカトリスを守ろうと盾になってくる。
種族が違うのに、まるで自分の王を守る兵士のような行動だ。
「でも何か動きが変よ。傷ついた身体を無理に動かしている感じだわ」
他のモンスター同様、みんな毒に侵されている。
吐く息さえも苦しんでいる者や、崩れかけた足を引きずる者、顔の半分がすでにない者と様々だ。
それでも傷を構うことなく、全力で襲いかかってきている。
それにより傷が広がり、足は折れ、腕はもげ、見ていて痛々しい光景だ。
それなのに動けるだなんて、普通ならあり得ない。
だけどみな共通して言えることは、虚ろな目には自分の意思はなく、何か別な意思によって動かされている感じがするんだ。
「邪魔だ。【八相連続剣】」
意思がなく、限界を考えずに襲ってくる無数のモンスター。
その圧力に押し潰される前に、できるだけ数を減らしたい。
1つのミスが俺だけじゃなく、後ろに控えているリディの運命をも握っているんだ。
大型の鬼ムカデや動きの速いキラーアントを先に討ち、うしろには絶対いかせない。
「凄いわ、鬼ムカデを一太刀だなんて!」
だけどこれが本命じゃない。コカトリスが奥にいる限り安心はできない。
しかし。
「意思のナイ人形め、我の邪魔をスルでない」
コカトリスは、自分を守っているモンスターを次々となぎ倒している。
献身的な一方通行の愛の拒否。いや愛どころか、奴隷とすらも見ていない。
あまりにも無慈悲な振る舞いだ。
だが間にいるモンスターの数が多く、倒しても倒してもきりがない。
「このままじゃ、いずれ呑まれるわ! 【パライズショット】」
これほどの大量のモンスターを相手にするのだから、恐ろしいと思うのも当然だよ。
でも、安心していい。多勢にはそれに対する戦い方ってモノがあるんだ。
剣王が無敵と言われるのは、1対1の技だけじゃなく、多勢を蹴散らす広範囲攻撃もあるんだよ。
「巻き込まれて飛んでいけ【サイクロンソウル】」
剣が切り裂く圧力と魔素が絡み合い、巨大な竜巻が現れる。
その竜巻は多くの敵を巻き込み、中で引き裂いては上空へ放り出す。
「そっちもだ、喰らえ【迅雷】」
目がくらむ激しい雷の剣。斬ったエモノの周りも全て喰らわんとイカヅチが走る。
大きな音と、派手なエフェクトで一気に半分を蹴散らした。
「ほらな。こんなの何んてことないさ。俺を信じてサポートしてくれ」
リディはハッとした顔で頷き、杖を握り締めた。
さぁてとリディのバックアップがあれば、怖いものなんて何もない。
まだ何十体も残っているモンスターと、その奥にいるコカトリスを睨みつける。
コカトリスは痛みと憎しみで暴れているが、俺から意識が逸れていないのが分かる。
「私あの目が怖いわ、エイダン気をつけてね」
リディの言う通りだ。あの薄暗い瞳の奥に怒りが満ち溢れている。
それに他のモンスター達のように、時折意識を持っていかれそうになる事もある。
ただその度に自身で体を傷つけ、激しく抵抗している。
石化の王として、操られる事が我慢ならないみたいだ。
「なぜお前は、俺を求めるんだ。初めて会って俺がそんなに憎いか?」
「憎いかだと? お前らが穢れのモトを置いたセイで、苦しんデいるのだ。その代償を払ってもらうぞ」
そう答え、削げ落ちた頬肉から瘴気を漏らし、苦しみながらも前に出てくる。
やはりか、他の誰かがこの地に何かをしたようだ。
その原因を取り除けば、この汚染も収まるかもしれない。
「エイダン、何かしてくるわ!」
間に挟まれるモンスターの層が、数列となったとき、コカトリスが立ち止まり、大きく息を吸い込んだ。
「クアラァーー」
石化ブレスではなく、麻痺効果のあるコカトリスの咆哮だった。
リディのおかげで、耐性が高い俺には全く効かないが、あちらの被害は甚大だ。一匹も動ける者はいなかった。
「自滅行為で助かったわ」
いや、奴の表情を見てみろよ。わざと狙ったようだぜ。
「うそっ、そんなことしたら1匹で戦わなくちゃいけないのよ」
ああ、それが望みのようだ。リディ、すまないが手出し無用で頼む。少し下がっていてくれ。
「うん、あなたが勝つって信じているわ」
毒に侵され、行動も支配されそうになっている。
それなのに石化の王としてプライドが、1対1の対戦を望んでいるんだ。
ならば、俺も数ある剣王の剣技の中で、最大奥義で応えてやるよ。
剣技の中には一瞬で幾千もの刃を送り出す【千桜万華】や、
切り取った空間を異次元に幽閉する【次元斬】と、どれも相手の存在を許さない超絶剣技がある。
だがその中で唯一、他の剣技とは一線を画する技がある。
その剣技には一切の殺気を必要としない。
ただひたすらに、相手の血を肉を魂を滅し、邪を祓い清め、幸を願う剣技。
一度繰り出せば相手は絶対逃げられない。それでお前を送ってやるよ。
「我は王、何者にも屈シヌ!」
コカトリスが石化ブレスを吐き、それと同時に突進してきた。この一撃に全ての力を込めた目だ。
それを正面から迎え撃つ。
「穢れた体と心よ、解き放たれよ。天照流【神笑給え】」
放たれた光る剣閃が迫るブレスを割り、敵を捕え一刀両断する。
コカトリスをとらえた剣閃の勢いは止まらず、大地を割り、雲を引き裂き、天へと光りの道筋を作り出した。
それでもコカトリスの目は、まだ俺に向いたままだ。
あまりにも一瞬のことで、相手は斬られた後になって、初めてそのことに気づくんだ。
斬り口は光の炎で燃え上がり、端へと身を焦がしていく。
焼けた体は灰から光の粒へと変わり、天へと昇っていく。
あまりにも儚くて、あまりにも悲しい魂の輝きだ。
「ウラッコァ……」
コカトリスもようやく気づき、焼かれるがまま浄化の炎に身を任せている。
そして、完全に昇天し、最後にコカトリスが見せたのは、憑き物の落ちた瞳だった。
上手く送れたみたいだな。
そして、それを見届けたモンスターが、せきを切ったかのように押し寄せてきた。
「お前たちも送ってやるぜ」




