第14話 約束だよね
今の俺たちにとっては、遠いとおい過去の話だ。まだお互いに幼く、リディを聖女だと意識していなかった頃の話だ。
◇
僕たちが5歳の時、リディちゃんの母君が亡くなられた。
公爵家の奥様の葬儀は済んたけど、ただ急なことで、リディちゃんもその事実を、受け入れられずにいたんだ。
「母様、どうしたの? なんで眠ったままなの」
頭では理解は出来ているはずなのに、心が受けつけていない。
ずっと泣いていて、とっておきのおやつを持っていっても、笑顔になってくれないんだ。
いつもなら、喜んでパクパクと食べちゃうのにさ。『母様が好きだったお菓子』って余計に泣かしちゃった。
ゴメンね、リディちゃん。次は元気になれるものを持ってくるよ。あっ、そうだ、アレならいいかも。
「ねぇ、リディちゃん。僕のペット貸してあげるよ。ほら、うさぴょん、リディちゃんだよ」
前はあんなにも欲しがっていたのに、うさぴょんに見向きもしない。
貸したら返ってこないのじゃないかと、僕なりの一大決心だったから、断られて少しホッとしたかな。
でも、他の良い手が浮かばなかったよ。お花もダメ、おどけたダンスでもダメ。
奥様がなくなる前は、うるさいぐらい喋ってくれたのに、全く喋らなくなると僕まで寂しくなってくるよ。
リディちゃんの実家である公爵家でも、心配されていて、あの手この手で、娘の笑顔を取り戻そうとしている。
「エイダン君。娘のためにしてくれて、ありがとう。
あれでも、君のことをいつも待っているんだよ。また遊びに来ておくれ」
父親のギムレット·ローレンス公爵様にも頼まれ、さらに色んな手で励ました。
早く元気になってほしいと、毎日飽きずに通い続けたんだ。
そんなある日、母のいない寂しさに、耐え切れなくなったリディちゃんは、雨のなか屋敷を飛び出したんだ。
たまたま見ていた僕は信じられなかった。
「あれはリディちゃんだ。早く公爵様に知らせて。僕はアトを追いかけるよ」
「エイダン様、お待ちください」
従者の制止を振り切り、彼女を追いかけ森に入ったんだ。
そこは普段から、入ることを禁じられている危険な森。
森に入った瞬間から、けたたましい獣の叫び声が聞こえてくる。
「ヒィッ、怖くない、怖くないぞ」
イヤ、怖くて怖くて逃げ出したかった。才能なしの5歳の僕は、暗い森の重圧に潰されそうだった。
でも大事な友達を、置いて行くなんてできない。リディちゃんの名前を叫びながら、森を探し続けた。
今考えれば、危険極まりない行為だったけど、この時は必死で、リディちゃんのことしか考えることができなかったんだ。
何度も聞こえてくる獣の雄叫び。早く見つけようと焦っていた。
もし見つけたとしても、森の奥深くなら子供2人では戻れない。
そんなことにも気付かず、森の奥へ奥へと進んでいった。
どこを探しても見つからず、途方に暮れていたんだ。
でもふと、こっちに進もうと、ナゼか思い駆け出した。
理由はなかったよ。でもなんとなくその方向に、リディちゃんがいるような気がしたんだ。
急いで進むと、悲鳴が聞こえてくる。
ようやく見つけたリディちゃんは、崖のところで座り込み怯えていた。
リディちゃんの目の前に立っていたのは、大人よりも大きい凶暴なモンスター。
大きな爪を振り上げ、今にもリディちゃんに振り下ろそうとしている。
「あぶなーい!」
気がついた時には、僕は無我夢中でリディちゃんを庇っていた。
そして深い傷を負い2人で崖に落ちたんだ。
モンスターの脅威はなくなったけど、傷は大きく今にも腕がチギレそうだった。
リディちゃんは泣きながら、何度もヒールをかけてくれた。
でも出血に追いつかず、事態は一向に好転しない。
「エイダン、ごめんなさい。死なないで、お願いよ。ああ、神様お願いします」
しかし、都合よく誰も現れてくれない。
「リディちゃん、いたい、痛いよ。助けて! 苦しい、グフッ」
「ああ、エイダン!」
多分あのままだったら、僕は本当に死んでいただろう。
でも、リディちゃんがとった行動で、僕は助かったんだ。
それは使うことを禁止されていたスキル【時もどし】の使用。
その理由は、世界の理を、ねじ曲げてしまうほどの効果だから。
影響範囲が狭いとはいえ、気にいらない未来があったとしたら、何度でも変えられる。破格のスキルだ。
そして禁止されているもう1つの理由が、その代償にある。
時間を戻したなら、その100倍もの自分の寿命を捧げなくちゃいけない。
それでもリディちゃんは【時もどし】を使って、僕の命を救ってくれたんだ。
たった10分の時間を戻しただけ。でもその代償は100倍の1000分の寿命を縮める。
痛みも苦しみも全く感じない。その代わりにリディは1000分早く死んでしまう。
自分が助かった喜びよりも、心に冷たいものを感じたんだ。
「なんで使ったの? 僕、リディちゃんに先に死んで欲しくないよ」
幼心に大事な友達が先に死ぬ。そのことだけが理解でき、怖くなったんだ。
リディちゃんは泣いて謝った。謝らせちゃいけなかったのに、申し訳なくなって僕も謝った。
「エイダンを守りたかったの。だから、私」
「僕もリディちゃんを守りたいんだ。だから、もう【時もどし】は使わないで!」
2人で頷きあいながら泣いた。
「私ね、母様が失くなって寂しかったわ。でもわかったの。私にはエイダンがいるんだって」
「うん、決して1人にさせないよ」
「あら、それは私のセリフよ。
エイダンは私がいないと、何も出来ないじゃない」
「そ、そんなことないよ。僕の方がお兄さんじゃないか」
「えー、僕って言っているお子ちゃまなのに?」
「もう! あれ、なんの話しをしていたんだっけ?」
「えーっと、あはは、分かんないわ」
遠くの方から、僕たちの名前を呼ぶ声がする。
「あ、父様だわ。おーい、ここよー」
じきに捜索隊がやってきて、僕たちは無事に保護された。
長い長いお説教をされたけどね。それも1人でじゃなく、仲良く2人でだ。
そんな昔のことを思い出した。
「そうだったな。俺もリディに何があったとしても、1人にはさせないぜ」
「思い出してくれて嬉しいわ。でも」
でも?
「次の日からよね? 自分のことを〝僕〞から〝俺〞に変えたのは」
「わー! そんなことまで思い出さなくていい。恥ずかしいからヤメロー!」
山頂まではあと少し。そんな話に夢中になっていたので、俺達は周りの変化に気づいていなかった。
普段なら見落とさないこの毒々しい景色に。




