第12話 聖女リディ
リディは、隣領にあたる公爵家の娘で、同い年という事もあり、物心がついた時からの付き合いだ。
そのリディが大きな瞳に、いっぱいの涙を溜めている。
なにせ1年ぶり、両親の葬儀の時も会えなかったもんな。
「エイダーン、無事で良かったわ」
リディは座ったままの俺を、自分の胸元に引き寄せ、ギューッと力一杯抱きしめた。
うぐっ、ちょっ、ちょい。や、柔らかい所にー、待ってくれ、う、埋もれるー。
「あっ、ゴメンね。嬉しくって、つい」
プハッ、ふぅ。普段はこんな大胆な娘じゃない。
本当に俺のことを心配してくれたんだ、ありがたいぜ。
「当たり前よ。エイダンは大事な人、すぐ来れなくてゴメンね」
いや、いいんだ。リディは自由に動ける立場じゃないもんな。
大事な幼なじみに会えただけで充分さ。
「えっ、大事な人じゃなくて、幼なじみ?」
えっ、だって小さな頃から一緒だろ、違うのか?
「う~、そうだけど~。もう、あなたって相変わらずね。まぁ、そこがいい所なんだけど」
ははは、なんだか懐かしいよ。いつもこんなやり取りをしていたもんな。
でもリディ。どうして、ここが分かったんだ?
「堅実なエイダンなら、資料室にいて当然よ。あなたは勝ちを掴みにいく人だもん、うふふ」
「ただ負けるのが嫌いなだけさ」
「相変わらず、人がいないとその口調なのね」
リディはアザのない俺を、そのまま受け入れてくれて、他の人と同様に接してくれた。
それが幼い俺にとっては、何よりの救いだったんだ。
「あれっ、エイダン。あなた、顔に文字が!」
【レンジャー】の文字を指差し驚いている。
「キャー、やったわ! 凄いわ、夢が叶ったのね」
オゥッフ、またギューッてされた。あわわわっ、嬉しいような、ツラいようなだぜ。
でも、リディはいつも励ましてくれて、どんな時も味方でいてくれた。
ジョブだって、いつか必ず手に入ると信じていてくれたんだ。きっとこれはリディのおかげだよ。
「ううん、おじさまとおばさまの思いの方が強かったわ。でも本当に良かったわ」
そう言って俺の服の裾を掴み、引っ張ってくる。小さい頃からの癖は、そのまんまみたいだな。
「今までのこと聞いてくれるか、リディ。ちゃんと順を追って説明するからさ」
座ってもらい、この街にたどり着いた時から、今までのことを全て彼女に話した。
他人には言えなくても、リディになら何んでも話せる。
話を聞くリディは、すごく驚いたり笑ったり、まるで今その場であるかのように振舞ってくれる。
「モテモテって。もしかして、好きになった子……いた?」
「いいや、みんなホント怖かったんだ。リディとは大違いさ」
「も~、うれしっ」
ドカッと背中を叩かれた。嬉しいのか、怒っているのかどっちだよ。
取り敢えず話を続け、用意したお茶も無くなった。
「ウソ、どんな才能も思いのままなの?」
ああ、リディが信じてくれたからだよ。『絶対エイダンは成功するわ。だって頼りになる人だもの』
いつもリディにこう言われて、自分でも本当に信じていたもんな。
リディの優しさが俺を助けてくれたんだ。
そしてこの幸せを、一緒に喜ぶことができて、全てが報われた気がするよ。
今こうやって2人で話しているけど、1つ気になることがある。
お前、聖女の仕事は大丈夫なのかよ?
「えっ、うん。まぁ大丈夫かな」
実は彼女、とんでもないスキルの持ち主なんだ。
一世代に1人しか現れない、【聖女】のアザを持っている。国どころか、世界から崇められる存在だ。
そして通常、1人に1個しかないアザだけど、リディはなんと3つも持っている。それは。
【聖女】全てを癒し、神との交信を行える存在。
【時もどし】対象物の時間を巻き戻す。ただし、戻した分以上に自分の時間を捧げる。効果と代償のため使用禁止になっている。
【『』】カギカッコ、普段は何も書かれていないが、心に強く思ったことが、文字としてカギカッコつきで浮き出てくる。
「エイダンの一大事よ。他のことには構っていられないわ」
世界中の人々を導くよりも、この俺を選んでくれるなんて嬉しいけど、ちょっと照れくさいぜ。
「それにしても、ゴールドマン家の横暴は許せないわ」
俺への仕打ちを聞いたらしい。
リディは元々ブレットのことが嫌いだったし、今回のことでかなり怒っている。
「相続のことも、お父様に言ってなんとかしてもらいましょ」
いや、リディ。それはちょっと待ってくれ。なんて言うか、今の俺は自由を楽しんでいるんだ。
ジョブやスキルを持たず、ガムシャラに働いていた貴族生活。
責任感もあったし、それなりに充実していたよ。
だけど、何も持たない負い目と、領民に対する重責で窮屈でもあったんだ。
それが今、憧れのジョブやスキルを駆使し、自由を満喫して最高なんだよ。
国を乱してまで、あの貴族社会に戻りたいとは思わないんだ。
「分かったわ。そういう事なら、エイダンのお手伝いをするわね」
助かった。仲間探しをどうしようかと悩んでいたんだ。
そこへ癒し手のトップである聖女が仲間になってくれたら、攻略もたやすくなるぜ。
でも、数日間とはいえ、聖女の仕事を放っていいのか?
「何言ってるの。わ、私はあなたに一生ついていくわ」
ん? 今とんでもないことを言ったな。そんなの王国だって黙っていないだろ。
「大丈夫よ。うるさくするなら、外国に逃げるわよって言ったら認めてくれたわ」
う~ん、昔から一途な所があったけど、パワーアップしてるよ。頭痛くなってきた。
「まぁ、大変! 【エクストラオールキュア】これでどう? 少しは和らいだ?」
エクストラオールキュアって、状態異常回復の最上級呪文だったよな。聖女の無駄遣いだぜ。
ますます頭が痛くなってきたけど、これをいうと際限がなくなるから、黙っておこう。
国もリディの性格を把握しているから、自由にさせているのだろう。
待てよ、もしかして、彼女の身辺護衛とかいないだろうな。
スキルの気配探知を最大限にして、辺りを探ってみた。
それらしい人物は、いないみたいでよかったぜ。
「大事な体なんだから、ちゃんと労わってね。それにね、わたし…………だから」
大事なことろが聞き取れなかった。聞き返しても答えてくれない。
いつもそうだ。リディは肝心な部分を教えてくれないんだ。
ただ、リディの本心を知ろうと思ったら、簡単にできる。
それは三つ目のアザ、【『』】カギカッコで心の声を見ればいい。
でもそれをやっちゃうと、男としてダメだしな。
リディが嫌がるから出来ないぜ。それが固い友情の証だよ。
とにかく、これで月光草と日蝕草がある山に、向かうことができるぜ。
「ねぇ、エイダン。レンジャーって、あまり戦闘向きじゃなかったわよね。
Dランクのモンスターがいる山に行って、大丈夫なの?」
まぁ、普段は目立たない役割だから、不安になるのも無理はないよ。
だけどな、俺のレンジャーは一味違うんだ。リディ、君の想像を越えてやるよ。




