第10話 事業拡張の代償
金がいる、それもまとまった額だから、頭が痛い。
個人的な金はあるが、これは酒や趣味に使う分だ。
新領地での家具だから、金庫から出そうとしたが、役人が言う。
「他にも色々散財されました、もうこれ以上は残っていません」
何かがおかしい。俺様はこれまで、役人からの報告を鵜呑みにしていたようだ。
まず先日訪れた祭りにしてもそうだ。
税金を上げられては困ると言いつつも、普段の生活では贅沢を極めている。
その代償として、この俺が窮屈な生活を強いられているのだ。
なんという不公平さだ。いや、不公平とは同レベルの者同士でいうことだ。
階級が違うのだから、無茶苦茶なことが起こっているとしか言いようがない。
つまり、今俺が行動起こさなければ、人々は正しい方向を向かないだろう。
そうするため、ある男に領地を巡回する予定を立てさせた。
そいつはこの領地に詳しいと、父親が推薦してきた老人だ。
長年イーグル家に仕えた執事だそうだ。
イーグル家にいた事は愚かな事だが、俺様を選んだ慧眼はほめてやる。
歳は食っているが、それぐらいの仕事をできるだろう。
まずは農耕地の視察で、俺が目をつけたのは麦の石高だ。
領地の面積に比べて、農耕地の面積が明らかに低い。斜面や森を切り開けば、今の5倍はいけるはず。
新規開拓を行わない怠け者の集団だ。
もしかして、こちらに知らせていない、隠れた畑を持っているかもしれない。
「なんという恩知らずの者たちだ」
怒りを越して呆れてしまう。そんな嘘が俺に通用するはずがない。
「今月から農地拡大の開墾を始める。各家庭の男手を全て集め、この一大プロジェクトに参加させろ」
「お、お待ちください。時期が悪すぎます。
今は種付けのシーズンで、他も豆まきなどの作業がたくさんあります」
執事が口を挟んできた。
「ではいつならよいのだ? 1年後か? 10年後か? お前たちの嘘にはもう飽き飽きだ」
「いえ、嘘など一切申しません。
それにもし、開墾が成功したとしても、次は耕す者がおりません」
「はぁー? 農民なんぞ、どこからか引っ張ってこい」
「ムチャクチャな」
なんという暴言だ。貴族である私に対して、下級民が言って良い言葉ではない。
当然の報いとして、鼻以外にも何箇所か骨を折ってやった。
次に訪れるのが、主にミスリル鉱を算出する鉱山だ。
ここに来るには数日かかる。だから城にいる家中の者全員を連れてきた。
とにかく俺様は不自由が嫌いだ。そうならない為の人海戦術なんだ。
田舎者ばかりの集まりだが、いないよりはマシだろう。
「しかし、城に誰もいなくなります。せめて留守番をおくべきです」
ブッヒー、この高貴なブレッド様の城に、いったい誰が侵入するのだ。
そんなバカな事が起こるはずがない。お前は言われた通りにすればいいんだ。
それより、もっと考えるべき事が、山積みなんだぞ。
本来なら鉱山は、主要な産業となるはずだけど、ここのあがりは少なすぎる。
魔力の含有量が少ない若いミスリル鉱は、次世代のために、取らずにおくと言うのだ。
はぁ、まただ。非効率なやり方が横行している。
もしかしたら、利権を貪るためにやっているのかもしれない。
「呆れた奴らだな」
「どうなさいましたか?」
「お前たちには世間のため、尽くそうという気持ちはないのか?」
「おっしゃる意味がわかりません」
執事がとぼけやがる。しかし、俺は知っているのだ。他の同規模の鉱山で、10倍もの量を算出している。
つまり、それだけの量を出荷すればいいのだ。
「お、お待ち下さい。魔力量の多い上質なミスリルだからこそ、高値で取引をされているのです。
それをダンジョン産と、同じところまで下げては、供給量で負けてしまいます」
ぶひひっ、猿の浅知恵だな。その程度でブランドの力は揺るがない。
「し、しかし」
また反論をしてくる。今までどういう教育をしていたのだ。
あまりにも腹が立つので、執事の言葉を無視して表に出た。
――バフッ――
建物を出た瞬間に、横から軽い衝撃を受けた。
そちらを見ると、地べたにガキが倒れており、こっちを見上げている。
「ぼうや!」
駆け寄る女の姿は汚くて、ガキも臭くて耐えられない。待てよ、俺様の服は大丈夫か?
「あえああぁぁああ!」
お、汚物がついている。この生地が幾らすると思っているのだ。
「お許しください。お許しください」
取り乱す女を見て、逆にこちらが冷静になってきた。罰を下すなら、2人とも死罪が順当か。
せめてもの慈悲を施すとして、俺様が自ら手を下してやろう。
「お待ちください、ブレッド様。
今ここでお手にかけますと、その名が地に落ちます」
まただ。この男はイチイチ俺様に刃向かってくる。
「俺様の名は、そんなに低いところにはないぞ」
「いいえ、エイダン様なら、こんな事はしませんでした。どうか、徳を持ってお治めください。……あっ!」
「エイダンがどうしただと? あんな無能者と俺様を一緒にするな!」
俺様は栄えあるゴールドマン伯爵家の一員。
重騎士のジョブをもち、たくさんのスキルを操れる。
口だけが達者な腰抜けが恋しいのか?
「ならば、ヤツに喰らわした技を味わえ【ショルダータックル】」
親子とともに執事も吹っ飛ばしてやった。
「ぶーひひひ、お前も口だけで、何もできないじゃないか。ふん、まぁ良い。さっさと次のところに案内しろ」
「グフッ」
「はぁー、血反吐をはいて喋れないのか。なんて役立たずな男だ。帰ったら役人も含め、全員叩き直してる」
(あのブタ、マジか)
(あの子だって、まだ5歳だぜ。2人の大人がクッションにならなかっら、死んでいたぞ)
(それに聞いたか。イーグル家から下賜された祭りの衣装、あれもズタズタにしたらしいぞ)
(ヒドイ、俺らの誇りを踏みにじるなんて、許せねぇ、目に物見せてやる。オイ、耳をかせ)
ふふん、所詮は下級民だ。貴族の威厳を見せたら、皆黙ったな。
どうやらこれで、尊敬する心を持てたようだな。
それからも幾つもの町を周り、その都度に名采配で改革を進め、愚民どもを屈服させてやった。
実に気分がいい。あとは城に戻るだけ。その途中に1人の行商人を見つけた。
その男は道端に品を広げ、行き交う人々に声をかけている。
貧相な姿なので素通りしようとしたが、置いてある品に俺様は驚いた。
なんとロロロコ調の家具一式だ。俺様のと全く同じの物なのだ。
「ダンナ、どうです。ポクポク工房のですぜ」
言われなくても分かるさ、俺様は目利きだ。
だけど、オーダーメイドなのに、2組も作られていたなんて、知らなかったぞ。
欲しい、どうしても欲しい。だが、税が入るのもまだ先だ。それに手持ちの金を使ったら、この後が困るぞ。
だ、だけど、値段を聞くのはタダ。うん、聞くだけだ。俺様の領地での相場、知る権利はあるからな。
「このテーブルなら、金貨3枚ッス」
や、安い! 普通なら、その10倍はするはず。これは買い得だ。
「えっ、じゃあ、30枚ッス」
なんと、丁度いい値段ではないか。気に入った、買う、買うぞ。他のも全部まとめてくれ!
「ヘイ、まいどー」
優雅でエレガント、全く同じ配置の部屋が2つになる。考えただけで、ワクワクしてきた。自分の金を使っても惜しくない。
家臣の尻を叩き、急いでイーグル城に戻った。
「こっちの部屋に運べ。色合いの違いを比べてから配置する」
微妙な違いを楽しむ、なんて贅沢なこと。さぁ、奇跡の対面だ!
勢いよく部屋に入ったが、何か様子がヘンだ。元々あった方の家具が、まるまる一式ない。
どういうことだ。おい執事、移動でもさせたのか?
「鍵が壊されています。たぶん泥棒かと」
な、なにーーー! 他に被害は?
「いいえ、家具だけが盗られました」
ということは……ん? どういうことだ。分かるように説明しろ。
「きっとブレッド様に対しての、当て付けではないですか?」
い、意味がわからん。ナゼ俺様にこんな事を。
い、イカン。興奮しすぎて、フラフラしてきた。
だ、だが俺様は運がいい。全く同じ物を手に入れたんだ、これだけが救いだな。
「申し上げにくいのですが、多分それが盗まれた品かと。ほら、見覚えのある傷があります」
ほ、ホントだ。じゃあ、俺様は命の次に大事なものを盗まれた挙げ句、騙されて高額で買わされたのか?
しかも、大変な思いをして、ここまで運んだってことなのか?
「はい、その通りです」
ふ、ふ、ふざけるなー!
なんて卑劣な愚民ばかりなんだ。善良な俺様だけが、バカを見てしまうではないか。
それもこれも奴のせいだ。ああ、そうだ、ヤツが全ての元凶だ。
あいつが愚民を甘やかし、倫理観と服従を叩き込まなかったからだ。
これはヤツの呪いなのか。だが俺様は決して許さない。必ず復讐してやるぞ。
「って、おい執事。知らないヤツが、そこにいるぞ。何か家具に紙を貼っているし、止めさせろ」
「あっ、差し押さえらしいので、私達にはどうも出来ません」
「ブレッド様ですね、これ差し押さえの完了書類です。それと今後一切うちの工房は、あなたからの受注をしませんので、あしからず」
全て持ち去られた。
そ、そんな、お、俺様の癒しの空間が、なくなった。
「エイダーン、お前のせいだー。ぜったい絶対、殺してやるーーーーー!」
あっ、頭の中で何か切れた音がした。
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題名
スキルレベル1/神から始まる、従魔なしのテイマーくん~奇跡のユニークジョブなら、その支援効果と従魔が桁違い。最強種族でさえ、僕のチビッ子従魔には勝てないです。それでも追放なんですよね?
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