第九話 ENCOUNT
第九話 ENCOUNT
ーーそのバグは最初はほんの小さな米粒ほどのものだった。
だが、それは次第に、着実に、大きさを増やしていった。
そして、バグは拡大だけに留まらず、周囲にいたプログラムーーーモンスターに目をつけた。
リポップするモンスター、中級クラスのモンスター。
ーーーー巨大な、ボスモンスターにも。
◆ ◆ ◆
二つ目の街、スタート地点広場。
現実世界で朝食を颯爽と食べ終え、ログインしたカナはソワソワした様子で画面端に映る時間を確認する。
「ちょっと早すぎたかな」
今日、美都の紹介で初めての人と対面するカナだったが、悪い人ではない、と聞かされているもやはり緊張が勝ってしまっていた。
そのせいもあって、約束の時間より早い一時間前にログインしてしまい、
(ヒトミさんって、どんな人なんだろ……)
考えれば、考えるだけ、モヤモヤしてしまう。
小さな唸り声を出し、渋い表情を見せるカナ。すると、そんな彼女を見かねてか、側にいたカナのモンスターであるキャロが鳴き声をあげた。
「キャロ………そうだね、考えてて仕方がないよね」
「ガウ!」
「……あ、そうだ。まだ時間もあるし、今からキャロのエサのお金を取りに行こう」
「ガウ!!」
カナの言葉に喜んだ様子で鳴き声をあげるキャロ。
そうして、カナたちはお金を稼ぐべく街を出てすぐにあるエリアーーーー第一森林エリアへと向かっていくのであった。
◆ ◆ ◆
第一森林エリアは二つ目の街を抜けるための、通過エリアだ。
そして、初期地点という事もあって、モンスターから出る素材も質も低く、あまり多くのプレイヤーたちが立ち寄らない。
そんなエリアのはずだった。
「なんか、今日は人が多いね」
「ガウ」
カナとキャロは森林エリアに入り、モンスターが多くリポップする中間地点の広場にやって来ていた。
だが、そこには何故か今日に限って数十人のプレイヤーたちの姿がちらほらと見えたのである。
いつもなら、こんなに人が集まらないはずなのに……。
カナがその事を考えていた、すると、そんな彼女に一人の男性プレイヤーが話しかけてきた。
「おい、嬢ちゃん。一人か?」
「え、は、はい。…………えーと。お兄さんたちは何でこんな大人数でこんな所にきてるんですか?」
その男性プレイヤーはどうやら他数名でパーティーを組んでいるらしく、名前の横にはパーティーマークに加えて、リーダー表示のマークが表示されていた。
そして、カナの問いに対して彼は顎に手を当てながら答える。
「いや、何でもここで大規模イベントが発生するって聞いたからよ。俺らもチャレンジしてみようと思ってな」
「い、イベント?」
「ああ。それで今ここらにいるプレイヤーたちに片っ端から声掛けて、パーティー組まないかってきいてまわってた所なんだら。どうだ、嬢ちゃんもやってくか?」
パーティーボーナスとかも貰えるしな、と言って笑う男性プレイヤー。
気軽なそんな彼の仕草から、悪い人には見えなかった。
だが、
「あ、あの。せっかくなのですが、私……この後に約束があって」
「そうなのか? それだったら無理には言わねぇけど」
本当にごめんなさい。そうカナは頭を下げて、言おうとした。
ーーーーその時だった。
「ガウゥ!!!」
「ぅえ!? どうしたの、キャロ!?」
キャロが突然、警戒の唸り声を上げた。
その直後。
「ん? どうし」
「…………ぇ」
プレイヤー以外何もいなかったその、広場に突如としてモンスターがリポップされたのである。
それも、昆虫型のモンスターではない。
二つ目の街から更に先にある鉱山エリアにしかリポップしない、ゴブリンが数体ーーーーいや、数十体と。
そしてーーーー、
「な、なんだよ、これ……っ」
「なんで、なんで! こんな序盤の場所で、ボスモンスターが出て来るんだよっ!?!」
ゴブリンの群れの最奥、巨大な筋肉質的な図体が特徴的なボスモンスター。
ボブゴブリンが、鼻息を上げながら唸り声を上げ、それと同時に開戦が開始された。
「っ! この!!」
「やめ、ぐわっ!?」
ゴブリンたちの攻撃に対峙するプレイヤーたち。
だが、いくらレベルや武器が五分五分であってもーーーー数が悪すぎた。
多数のゴブリンに襲われ、一人、また一人とやられていく。
そして、
「っ、キャロっ!?」
ガタガタと震えるカナの服を咥え、その場を飛び退いたキャロ。
その直後に、その地点に目掛けてボブゴブリンが跳躍して飛び降りてきた。
白い息を吐き出し、顔を上げるボブゴブリン。
その瞳は何故か、カナだけを捉えていた。
「ぁ……ぁぁ」
強烈な悪寒と共に恐怖で立ち尽くすカナ。
だが、そんなカナの目の前にさっきまで側にいた男性プレイヤーが武器を構えて立ち塞ぐ。
そして、
「に、逃げろ!」
「で、でもっ」
「早く! 行けッ!!!」
「っ!!」
男性プレイヤーの声によって、やっと硬直が解けたカナはキャロを連れて急いで森林エリアの出口へと逃げていく。
ボブゴブリンは直様、側にいたゴブリンたちに向かって指示らしきものを出していくが、
「無視してんじゃねぇよ!!」
男性プレイヤーは叫び声を上げながら武器を振り上げ、攻撃を仕掛ける。
レベルの差では数レベ足りない、だが、それでも何とか倒せるーーーーーそう男性プレイヤーは思っていた。
◆ ◆ ◆
それから数分後。
中間地点広場。
本来なら、草木や花が綺麗に咲き広がるその場がーーーー塗り替えられるようにして、プレイヤーたちの体が無惨にも倒れていた。
そして、そのライフはすでにゼロに近い。
ーーーーいや、まるでわざとリタイヤしないよう、ゼロの手前で生かされていた。
ゴブリンたちの笑う声、賑わう声がその広場で広がる。
そんな中で、
「や、やるなら、やりやがれッ」
カナを助けた男性プレイヤーは、ボブゴブリンに体を握りしめ上げられながら、そう叫んでいた。
だが、ボブゴブリンはそんな男性の声に反応したように、顔を向けると。
「ぐ、っ、あ」
笑ったのだ。
そして、
「ぐがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
男性プレイヤーの悲痛な叫びが森林エリアの奥底で響き続けるのだった。