第八話 会わせたい人がいるの◆BUG 1
第八話 会わせたい人がいるの◆BUG 1
「バグだった?」
『ええ、そうみたいよ』
早朝、朝食を取り終えた美都は学校から事前に渡されていた夏休みの宿題を地道に片付ける中、ヒトミが話し始めたその内容に耳を傾けていた。
それは、今プレイしているゲームの序盤に起きたーーーーあの出来事について。
あの時、美都に向かって襲いかかってきた高いレベルのモンスターがどうして初期地点に出現したのか?
当初は隠しクエストかと疑いもした。
だが、その要素を考慮したとしても、あまりに尖りすぎている。
ーーーー結局の所、分からず終いでその話は終わりとなっていたのだ。
だが、ヒトミが聞いた話によると、それ出来事自体がバグだったらしく、それは一度や二度ではなく、たびたび密かに発生しているのだという。
『まぁ、確かに普通に考えてもおかしかったのよね。あんな場所にレベル20クラスのモンスターが出て来るなんて』
そう言って、文句を漏らすヒトミ。
だが、それとは対象的に美都は苦笑いを浮かべていた。
というのも、あの場で起きたのがそのバグだけではない事を美都は知っていたからだ。
ーーーーそう、それは自分たちの身に起きた理解不能な現象のことを。
「ま、まぁ……それを言ったら私たちもおかしいんだけどね」
『それはそれ。というか、アレがなかったら本当に危なかったんだから。……まったく、本当に美都は昔から馬鹿正直よね』
「ぅぅ……」
『まぁ、とにかく。一応あれ以降そのバグみたいなのは出てないらしいから、私たちにはもう関係ないことだろうけど』
そう言葉を締め、ヒトミは話を終わらせた。
美都自身も、確かにこれ以上この話題を膨らませても仕方がない、と思いそれ以上、話を持ち上げようとしなかった。
ーーーーのだが、美都はそこでふと小さな疑問を抱いた。
それは、ヒトミのその物知りさに対してだ。
…………ゲームを始めて間もないにも関わらず、何故そんなことまで知っているのか?
…………いや、確かに話を始める手前で、情報屋から聞いたと彼女は言ってはいたが、
「ねぇ、その情報屋のコノハさん、だっけ? よく会ったばかりのヒトミにそんな親切に教えてくれたね?」
疑問を投げかけ返答を待つ美都。
ーーーー対して、その問いから返ってきた言葉はと言うと、
『ええ、だって脅したから』
「へぇー…………ん、いや待って。今なんて?」
あまりに不自然な単語に反応する美都。
しかし、そんな彼女が行動を起こすよりも先に、ヒトミは部屋の壁に掛けられた時計を見ながら、
『それより、呑気にしてていいの? そろそろ集合時間になるんじゃない?』
「え…………あ! 本当だ! 忙しがなきゃ!?」
美都は慌てた様子でテーブルに広がった宿題を片付けながら、寝具の側に置いてあるVR機器に手を掛けるのであった。
そして、ゲーム内で知り合ったプレイヤー、カナと約束していた一緒にクエストに出掛けるべくVRの世界へと飛び込むのであった。
◆ ◆ ◆
日中は美都がゲームをやり、夜はヒトミがゲームをする。
そんな流れが一週間ほど続き、どちらもそこそこVRゲームに慣れ始めてきた頃、
「これでやっとレベル10だね」
「はい!」
美都とカナは度々クエストを受け、一緒に周り続けていた。
そして、その成果としてやっとレベルが二桁に到達することが出来たのである。
ーーーーちなみに、ヒトミに至ってはあと少しでレベル20目前だと自慢してくるのだが、
「それにしても、もう会ってから一週間も経つのか〜」
街の端にある芝生エリアで共に横になり寛ぐ美都とカナ。
日課のクエストを終え、後は夕方の時間までダラダラと世間話をするだけだったのだが、
「…………ねぇ、カナちゃん」
「はい、なんですか?」
チラチラと、様子を窺うようにして話しかけてくる美都に首を傾げるカナ。
だが、美都はそこで意を決したように声を上げ、
「実はカナちゃんに会わせたい人がいるの」
『ぇ、ちょっ、美都!?』
美都の考えを感じ取り、先に反応したのは内側にいるヒトミだった。
だが、そんなヒトミの声に耳を貸さずして、美都を喋り続け、
「ちょっと事情があって、私は一緒に会えないんだけど。で、でも、その人は凄い優しくて、頼り良くて、後ゲームもそこそこ強い人なの」
『…………っ〜!!』
「後、簡単に言うならツンデレキャラみたいな感じなの」
『美都〜っ!!』
ヒトミの声が聞こえながらも一気に話し続ける美都に、カナは最初は目を瞬かせながら、固まっていた。
だが、しばらくして、ゆっくりと口を開き、
「えっと。…………その人は、美都さんの友達なんですか?」
一番に気になった事を美都に尋ねた。
そして、対する美都は一度顔を伏せながらも、
「友達というよりも」
その問いの答えに対し、若干の恥ずかしさを感じながらも、
「私の大切な家族、みたいな感じかな」
その頬の火照りや、ぎこちない言葉使いを含ませながら、一番の側で聞いているヒトミの目の前で美都はそう答えた。
「…………そうですか。わかりました」
カナはそんな初々しい美都に一瞬驚きながらも、そこに嘘がないことを理解し、そして、ちょっと小さな羨ましさを感じた。
だが、それよりも、
「美都がそう言うなら、私、一度その人に会ってみたいです」
そんなに美都に慕われた人に会ってみたい。
そうカナは思ったのだった。
「ありがとう、カナちゃん。ヒトミもカナちゃんとは一回クエストしてみたい、って言ってたから」
「その人、ヒトミさんっていうんですか?」
「うん、そうだよ」
そして、美都とカナがヒトミの事で話を盛り上げている中、当の本人は込み上がる気持ちの熱さを発散できずにモヤモヤとしていた。
だが、それでもその内に抱いた素直な気持ちを口にできず、
『…………バカ美都』
ボソッと、小さな声で呟くヒトミなのであった。
◆ ◆ ◆
ジジッーーー
ジジッジジジッーーー
ーーーーバグは、着実に進行していた。
餌場の調達、捕食、そして、罠。
数、数、レベル、数、レベル、数、レベル、数、レベル数レベル数レベル数レベル数レベル数レベル数レベル数レベル数レベル数レベル数レベル数ーーーーーーーー。
ーーーーそして、本来なら表示されないはずの文字『罠』が、ゲームの告知ページに数秒ーーーー記載された。
ーーー『◆◆第一森林エリアより、討伐イベントを開催。討伐した際には、報酬としてーー』
ーーーそして、バグはーーー牙を剥き出し、餌を待つ。