第二話 buぐcroす
第二話 buぐcroす
そして、翌日。
前日にソフトを買いつつ、VRゲームに必要な機器を通販で買い揃えた美都はベットの上で説明書を読みつつ、しっかりとした手順を調べていく。
『美都ってそういう所はちゃっかりとしてるよねー』
「だって必要な事じゃない、説明書読むのって」
『説明書なんて、やってるうちに次第になれてくるんだからいらないでしょうに』
「そうやって結構前に最新式ポット壊したよね? あの後お母さんに怒られたの私なんだよ?」
『…………』
「こらー、きこえてるのかー」
『ごめんごめん、次は気をつけるから』
痛いところを突かれて謝るヒトミを尻目に、一通りの説明書を読み終えた美都は、機器の一つであるVR専用のヘルメットを手に取る。
とはいえ、それはがっちりとしたヘルメットではなく、目元と耳を被せるような、簡単に言えばヘッドホン付きのサングラスに近い形となっている。
「それじゃあやってみるけど、先にしなくていいの?」
『そこはほら、美都のを見てから私がやった方が、こっちとしてもやりやすいから』
「ずるいなぁー」
美都を小さく息を吐きつつヘルメットをかぶり、起動ボタンを押す。
そして、手順通り目を閉じ、しばらくそのままの状態をキープすると、
《開始シークエンスをクリアーしました。これよりスタートを実行します》
機械音声と共に意識が引き込まれるようにして、美都の意識はゲームの世界へとダイブして行くのであった。
暗闇がしばらく続き、そして、電気を付け入れするようにして暗闇は晴れる。
するとそこは真っ白なだけの空間だった。
「へぇ、これがゲームの世界かぁ」
そう先に呟く美都。
すると、遅れて頭の中から、
『まだゲームのゲの字も入ってないんだけどなぁ』
ヒトミの声が聞こえてきた。
どうやらゲームの世界であったとしても、ヒトミの人格は存在できているらしい。
『それでどうするの? 何の職業にするわけ?』
とはいえ、本人は特に気にする様子もないようだが、美都は顎に手を当てながら、一先ず手を何もない前の空間に向けてかざした。
すると、合図もなしにパソコンで見るようなウインドウ画面が目の前に現れた。
「へぇ、職業って色々あるんだぁ」
職業欄をスクロールしながら、数の多さに関心する美都。
すると、ふと一つの職業に目を止め、
「うん、とりあえず魔法使いにしてみよう」
『えー、ベタすぎないー!』
「ベタって、私こういうゲームするのなんて初めてなんだから仕方がないでしょ」
あーだこーだ、と言うヒトミを無視して美都は職業、魔法使いにタッチする。
そして、その職業についての一通りのスキル詳細、また手順を簡潔に画面が語った後、
《今より、ゲームを開始します》
機械音声のアナウンスと共に、美都はゲームの世界へと転移したのだった。
一瞬の落ちる感覚の後、目が覚めるとそこは何もない草原だった。
「うわ、本物みたい」
周囲の草木、空や地面などを見渡し、感嘆した声を上げる美都。
そして、それはヒトミに対しても同じ事だったらしく、
『VRって本当に凄いのね、テレビで見てたのとじゃ大違いじゃない……』
ヒトミのウズウズ感が伝わってくる。
美都は小さく肩を竦めながら、
「だから先にやったらよかったのに」
『っ!?』
独り言を呟きつつ、一先ず前へと歩いて行く。
というもの、再びアカウント画面に戻るには一度セーブポイントである街に立ち寄らなければならないらしい。
「セーブしたら、次はヒトミがやってみなよ」
『え、でも』
「やってみたいんでしょ?」
子供みたいに言い淀むヒトミに笑いながら進む美都は、直ぐに街に立ち寄って、ログアウトしてからヒトミに変わってあげよう。
――――と、数分前まで思っていた。
◆ ◆
それは、とあるゲーム開発部での社内チャットのログである。
『おい、またバグが出てるぞ』
『え、マジですか?』
『初期地点にレベル20のモンスターがリポップしてる』
『げ!?』
『一応バグ修正はしたけど、後一体はまだ消し切れてないから、お前がやっとけよ』
『はい、了解……うわぁ』
『ん? どうした?』
『いや、その最後の一体にどうやらプレイヤーの一人が追われてるみたいでして』
『はぁー、後でそのアカウントに謝罪メールでも送っとけ』
『わかってますよ……まぁどうせ直ぐやられ………』
『………ん? どうした?』
『い……いや、なんかまた新しいバグを見つけちゃったみたいでして』
『…………は?』
◆ ◆
街まであと少し。
――――だったのだが、
「はぁはぁはあっ!!」
『美都急いで!! 追いつかれるわよ!』
「わかってるっ!!」
美都が全速力で駆ける。
だが、その後ろで。
ギャアアアアアア!!!! と雄叫びを上げる大猿に美都は今、追い掛けられていた。
そのモンスターが現れたのは本当に突然であり、まるでザコモンスターがリポップするようにして出現したのだが、
『初期地点にボス級モンスターって、普通に考えてもおかしいでしょう!!』
「っ、ボス級なのアレ!?」
『そうよ! 最初のダンジョンボスでレベルも20っていう』
「レベル1なんだけど、私!?」
『いやだからおかしいって、さっきから言ってるのよ!』
普通に考えても、ゲームバランス的にアウトの領域である。
美都は必死に逃げつつ、どうにできないかと振り返るも、
「無理!!」
『当たり前でしょ!!』
そのモンスターの恐喝な顔面に半泣きしながら逃げる美都。
だが、レベルの差や、ゲーム不慣れ。
それらが仇となり、
「きゃあ!?」
『美都!!』
美都の体はまるでオモチャを掴むかのように、大猿に手によって捉えられてしまった。
そして、大きな手の圧力で握り潰さんとする大猿に、
「っぐ!?」
苦痛の声を漏らす美都。
ヒトミは必死に声を上げ、
『美都を離しなさいよ! この馬鹿ザル!!』
そう威嚇するが、当然のように大猿には伝わらない。
そうしている間にも美都のHPは一気に減っていき、残りライフが1となった。
だが、その時だった。
「…ぇ」
美都が見つめた視界の中で、大猿が笑みを作ったような気がした。
そして、そのまま握り締めた美都を自身の顔面へと連れて行き、
「うそでしょ、……ねぇ」
美都の震えた声を無視して、大猿その大口を開ける。
それは見るからに最後の最後で獲物を食そうという仕草だった。
VRゲームの中にはR15の演出が組み込まれたゲームは数多く存在する。
だが、このゲーム基本的にそういったものを簡潔的に省略しており、グロ映像といったものは特に見受けられなかった。
だが、VRのリアルさ。実体験のように獲物に食い殺されようとする恐怖。
それらはゲーム初心者の心に畏怖を植え付ける。
美都は近づいてくる大口の中で、目に涙を溜め、
「いや、やめて…っ」
震えた声を漏らした。
だが、その場に他プレイヤーは存在しない。
だから、助けもこない。
食い殺されるのをただ黙って待つしか出来ない。
恐怖が彼女を蝕もうとする中で、美都は目を瞑りながら絞りりだしたような声で、
「たすけて……ヒトミ…っ」
もう一人の彼女であるヒトミの名を、口にした。
◆ ◆ ◆
ザザッ...zaza...
◆ ◆ ◆
見ていた中で、美都が感じたリアルや恐怖、そして、彼女の言葉が届く。
肉体が仮にあったのならば、歯を噛み締め、手を握り締めていただろう。
ーーーーだが、それでも、
『美都ni…』
声がダブる。
意識がダブる。
全身がまるで発熱されているかのように、熱い。
ーーーーだが、それ以上に覆らない感情がそこにはあった。
それは大切な家族が、美都が、今まさにやられようとしている。
それも理不尽な状況下の中で、
『te¥を』
そして、何より、美都が助けを願っている。
なら、尚更ーーーーッ!!
『出してんjysgsないわよっ!!』
願い、叫び、そして、弾け飛ぶ。
意識が、アカウントが、職業が、武器が。
突如巻き起こったバグによって複製され、創り上げられーーーーそして。
◆ ◆ ◆
zazaZAザザッ!!!!
error code = jぎあぢおgmう゛ぁのkrkwpmk、gkなぃおりっkのdぁmgんbmんばmびおびおあぢおjふぃあmbう゛ぁおjふぃあんkまきおfなmvないじじdんkないおじあdmんふぃんっmぢひgじゃ....
...
....
....code = buぐcroす
◆ ◆ ◆
それは、次の瞬間だった。
一人のプレイヤーがロストしようとした、その直後に大猿の手が真っ二つに裂けたのだ。
そして、激痛によって雄叫びを上げる大猿。
そんなモンスターの目の前に上空から着地する一人のプレイヤー。
着物のような装備の上に初期の魔法使い装備を羽織る少女。
そして、何より魔法使いが持つことが出来ない、刀を装備している。
『ぶ、croす」
大猿が新たなプレイヤーに対して、怒号を飛ばし突っ込んでくる。
だが、そのプレイヤーは怖じけない。
ノイズが走った刀を構え、地面を蹴飛ばし駆け出す。
そして、共に両者がぶつかりあう中で、
『ふっ!!!!』
縦から一刀両断。
抵抗する間もなく、大猿はその一撃によってロストした。
◆ ◆
そして、同時刻。
ゲーム開発部ログにて、
『バグってなんだよ』
『いや、それが……どうやらレベル20のモンスターが倒されたみたいでして』
『倒されたって、高レベのプレイヤーにか?』
『いや、……それが』
『それが?』
『レベル1の初期プレイヤーになんですよ』
『……いやいや、なんかのまちがいじゃ』
『そう思って色々調べてみたんですけど、その』
『何だよさっきから、って、なっ!? 何だよ、これ…』
『これ……どうします?』
彼らが見たゲームログには、バグったような文字化けしたエラーコードがまるで嵐に釣られ舞い込んだように画面一面にびっしりと書き記されていた。
ーーーーだが、彼らはそれら現状に目を奪われ気づかなかった。
そのエラーコードの中に『buぐcroす』という単語の文字が含まれていた事を。
◆ ◆
目の前で大猿が倒され、ロストする。
そして、経験値や報酬、素材等が手に入るが、それらを気にする余裕は彼女たちにはなかった。
何故なら、
『ひ、ヒトミ……なんだよね?』
美都はさっきまでゲームをしていた。
そして、その内側でヒトミは存在していた。
だが、今この場において、
「……何、これ…?」
侍のような格好に付け足された魔法使いの装備。いや職業名が文字化けして読めない中、ヒトミはその手にある武器、そして人格が入れ替わっていた事に困惑の声を漏らしたのだった。