第十六話 継がれる鉄
第十六話 継がれる鉄
ヒトミのお願いに対して、茫然と立ち尽くすヒカル。
だが、次第に思考が回復していくと、ようやく今自分が何を言われたのか理解することができた。
「ほ、本当にいいんですか?」
「ええ。まぁ、今更っていうのもあるけど」
他ではもう作らせない。
要約して、そう宣言されたばかりヒトミは苦笑いを浮かべる。
しかし、その一方でヒカルは手をもじもじとさせながら、不安と同時に、胸の高鳴りを感じていた。
ギルド長からあれほど自分の武器は欠陥品だと言われていた。
それでも、彼女はヒカルの武器を求めてくれている。
これまで、一度も誰かの武器を作ったことはない。
こんなチャンスは、もうーーーこの一度限りしかないかもしれない。
だから、ヒカルは自身の手を強く握り閉め、
「ぜ、全身全霊でっ、が、頑張ります!」
そう宣言したのだった。
◆ ◆ ◆
流石にこのまま扉を開けたままというわけにはいかず、一度扉を閉めるヒカル。
……もう既に、大注目の後である事はわけだが、
「まずは、先にこの鉄板に手を乗せてもらえますか?」
ヒカルはそう言って真っ白な鉄板を棚から取り出し、ヒトミに見せた。
そして、隣に立つコノハと同じようにソレを覗き込むヒトミ。
そんな彼女たちに対して、ヒカルは説明を付け加える。
「これで個人のデータを取って、それから色々と必要な情報を継ぎ足していく感じなんです」
その説明を聞き、なるほど、と頷きながら鉄板に片手を乗せるヒトミ。
すると、鉄板の表面に黒い文字が記され、ヒトミのステータスが刻まれていく。
そして、大方の情報が記されたのを確かめた後、ヒカルは小さく頷き、次の作業に移ろうした。
だが、そこである事にヒカルは気がついた。
「あ……っ」
「どうしたの?」
首を傾げるヒトミに対し、ヒカルは眉をひそませながら口を動かし、
「その……本当なら、この後に………鉄は何を使うかとか、色々尋ねるのが基本なんですが……」
そう言って、棚から取り出したのは手のひらに乗るサイズの鉱石が一つのみであり、
「在庫がこれしかなくて」
せっかく頼んでもらえたのに、と意気消沈するヒカル。
だが、一方でヒトミは辺りを見渡しながら、ふと石棚に置かれたソレに目を止めた。
「これって、さっき打ってたやつよね?」
「え、ぁ、はい。そうですけど。……その、完成させていた短剣をもう一度、鉄に戻してたんです」
原型は既になく、長方形の鉄へと戻った短剣。ヒカルはその心残りのあるソレを悲しげに見つめていたが、
「あ、でも今回作るのは一応新のを使用するつもりなので」
勘違いさせたくなく、ヒカルはそう説明しようとした。
だが、
「ねぇ」
ヒトミはそんな彼女の顔を覗き込みながら、口元を緩ませ、言ったのだ。
「これを使って、私の武器を作ってくれない?」
ヒトミの言葉に目を見開き、言葉をなくすヒカル。
そして、たどたどしく口を開き、
「欠陥品、って言われた………武器の、鉄なんですよ。それなのに」
「それでも、これがいいの。ダメかしら?」
冗談でも、同情でもない。
この短剣を作るために何十、何百と叩き直してきた鉄。
それを使って、武器を作ってほしい。
そう言ってもらえた事が、何よりも嬉しかった。
ヒカルは、涙目になりながらも服の袖で涙を拭き取り、
「わかりました。それなら……はっ、早くても一週間後には完全出来ると思います!」
「ええ、わかったわ。それじゃあ、一週間後にまた受け取りに来るからね」
そんな彼女にそう言って微笑むヒトミ。
こうして、武器制作の算段はつき、ヒトミとコノハは鍛治ギルドを後にするのだった。
◆ ◆ ◆
鍛治ギルドから少し離れた通り道で、コノハは前を歩くヒトミに、ふと尋ねた。
「想いが籠った音って、ちょっとセリフ的に草すぎませんか?」
「ん?」
ヒトミが口にした言葉に対し、漫画で聞くようなセリフだな、と思ったのが正直なコノハの感想だった。
そして、だからこそか。
鍛治ギルド長であるダイアンに対してあえてああ言った、ヒトミの真意をコノハは確かめたかった。
のだが、
「だって、そう感じたんだから。仕方がないじゃない」
ヒトミは、きょとんとした様子で、そう平然に答えるのだ。
むぅ……と、その答えに納得のいかない表情を見せるコノハ。
「…………はぁ」
ヒトミは溜め息を吐きながら、付け足すように、説明を続ける。
「だから前にも言ったけど、私は人の視線とか諸々の感覚に対して凄く感じやすいの。視線だったら、それがどんな部類のものなのか、とかも結果な感覚で理解できる」
「…………」
「それと同じ感じで………あの子の鉄を打つ音にも、強い想いを感じた。だから、私はそのままの意味であの言葉を口にして、あの子に武器を作ってもらおうと思ったの」
その感覚の原因が、二重人格にあるのかはわからない。
だが、それでもヒトミはあの子に決めた。
それは同情でも、ましてや、ヤケになったからでもない。
「だから、そんな言葉の裏に何かあるかとか、そんなのないから気にするだけ野暮よ」
「………わかりました。わかりましたよ。どうせ私は疑り深い女ですよ」
ヒトミはそう言って、クスクスと笑い。
コノハは小さく唇を突っ張らせながら、拗ねた様子を見せる。
そうして、彼女たちは街中を歩きつつ、武器完成の期日を待つのであった。
◆ ◆ ◆
ーーーーだが、それでもそんなヒトミのような素直な気持ちを持つ者がいれば、それと真逆にドス黒い嫉妬に苛まれた者たちもいる。
ヒトミたちが鍛治ギルドを去った頃。
人影のない鍛治ギルドの通路奥に三人の男たちはいた。
そして、彼らは地面を見つめ、苛立ちを隠さず、歯を噛み締めていた。
彼らが鍛治ギルドに在籍して、かれこれ二、三年が経つ。
それこそ、ヒカルよりも先に入り、ダイゼンにも武器完成を認めてもらった経験も何度かあり、店に売り出された事もあったほどだ。
ーーーーだが、それでも、
「なんで、あんな奴がっ」
「クッソ!! クッソ!!!」
「ふざんじゃねぇよ、ありえねぇよ!!」
買ってもらえなかった。
直ぐに壊され、違うのがないか、と言われた。
質屋に売られ、金に代えられた。
そんな惨めな思いを彼らは何度となく味った。
だが、それでもそんな経験を積みながらも、日々精進してきたのだ。
いつか、個人で契約を取れるような、立派な鍛治師になるために。
それなのに。
それなのにッ!
ーーーーそれなのにッ!!
『なんで、あんな未だ武器一本すら完成にまで至られない、そんなアイツがッ!! 何んで、先に専属鍛治師なんて栄光を手に入れられるッ!!!!』
彼らの嫉妬はあまりに大きく、集まりすぎた。
一人なら、まだ抑え込めたかもしれない。
だが、同じ思いを持つ者たちが、その場に二人もいてしまったのだ。
『…………』
嫉妬は次第に形を変えて、憎悪へと変わる。
そして、その矛先は自らを脱し、他者へと向かっていく。
『…………』
そう。
今も依頼人のために、必死に鉄を打ち、武器を完成させようとするーーーー少女へと。




