第十話 想うままに
第十話 想うままに
約束の時間、それより三十分早く来てしまった美都はログイン地点の広場に建てられた時計台に背中を預けながら、
「早すぎたかな」
『早すぎよ』
空いた時間を無駄に過ごしていた。
とはいえ、後数十分もすれば約束の時間になる。
だから美都はヒトミにもう一度これからの段取りを説明した。
「とりあえず、私が説明してから一度ログアウトして、次にヒトミが入るって感じでね」
『はいはい、わかってるわよ。まったく、これで何回目よ』
このぐたりは、もうかれこれ三回目である。
げんなりした様子のヒトミは、緊張ぎみな美都を見かねて気分を変えるべく話を変えようとした。
ーーーーそんな時だった。
『ブーブーブーブー! ブーブーブーブー!』
それは、このゲームの中では今まで聞いたことのない、ゲーム内全体に向けられたアラート音が鳴り響いたのである。
そして、そのすぐ後に続くように、お知らせを伝える音声が聞こえてきた。
『ただいま特殊イベントが発生しております。外部エリアに出ているプレイヤーのみ参加できる仕様になっており、それに伴い都市内のプレイヤー様は一時的に外に出れない仕様になっております。繰り返します。ただいま』
街の中にいたプレイヤーたちも、その突然の知らせに戸惑いの声を漏らす。
「ヒトミ、これって」
『聞くからに何かのイベントみたいだけど……』
そう口にしたヒトミであったが、その強引に組み込んだかのようなイベントの知らせに対して妙な胸騒ぎを感じていた。
そして、一方の美都は、
「イベントなら、仕方がないよね。あ、そうだ。カナちゃんにもこの事教えてあげないと。えーっと、メールで送っておけば」
もう少しでログインしてくるはずのカナに向けてこのイベントのことを伝えよう、と思い、美都はウィンドウを開き、指を動かしながら操作を続けようとした。
だが、
「…………え」
『どうしたの? 美都?』
指を動かしていた美都の手が突然と止まった。
その事に疑問を抱いたヒトミがそう声を掛ける中、美都は不安を入り交えた口調で、
「どうしよう、ヒトミ」
「?」
「…カナちゃん……今、外のエリアにいるみたいなの」
『え?』
カナが既にログイン中であること。
そしてーーーーイベントの対象内に入っている事を伝えたのだった。
◆ ◆ ◆
街の出口には、特殊イベントに対しての不満を抱いた多数のプレイヤーたちの姿があった。
そして、その出口の門番として立つ運営側であろう重装備の鎧を装備した男性プレイヤーはその対応に追われていた。
そんな中、美都はその列の中を何とか掻い潜りながら、その男性プレイヤーの元に駆け寄り、何とか外に出れないか、と尋ねていた。
しかし、
「すいませんが、これも決まりになっておりますので」
そう男性プレイヤーは返答を返して、次のプレイヤーの対応に移ってしまう。
だが、それでも美都は食いつくように声をあげて、何とか外に出る方法を聞かずにはいられなかった。
「ま、まってください!!」
何故なら、カナがログインしていると知って以降、何度もメッセージを飛ばすも返事が一通も帰ってこない上、こちらのメッセージに対する即読のマークもつかない、状況に陥っていたからだ。
しかし、
「きゃっ!?」
列に押されて、美都は地面に倒れてしまう。
それでも美都は痛みに顔を歪ませながらも立ちあがろうとした。
と、その時。
『待って、美都!』
ヒトミが美都の名前を強く叫んだのだ。
そして、
『このままじゃ埒外がいかないから、あそこの路地裏まで行って』
「っ、でも」
『いいから、ちゃんと私の話を聞いて。……本当なら私から連絡した方がいいんだけど、今は時間が惜しいから、美都の方から連絡して』
「れ、連絡? 誰に」
『この前、美都にも話したでしょ? 私の事を探ろうとしていた、情報屋によ』
ヒトミは情報屋のコノハから受け取っていた、ダイレクトメッセージ用のカギパスワードを美都に教えるのだった。
◆ ◆ ◆
連絡から数分後。
ダイレクトメッセージで呼び出されたコノハは、待ち合わせ場所にへとやってきた。
そして、美都の姿を確認してから口を開く。
「それで、君がヒトミの知り合いっていう子なんだね?」
「は、はい」
「んー、確かに、メッセージに書いてた通り、ヒトミに似てるね」
顎に手を当てながら、そう呟くコノハ。
しかし、今は急を要していた為、美都は話を切り替え本題へと移った。
「あ、あの! それで、このクエストについてなんですが」
「ああ、そうだったね」
そして、コノハは自身のウインドウ画面を開き、下調べした情報を確認しながら、美都に対する問いの答えを伝えた。
「結論から言って、今このエリア内にイベントクエストなんて発生してないよ」
「……ぇ」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
いや、そう思いたいほどに、その言葉に美都は衝撃を受けていた。
だが、その衝撃すら覆すように、
「まぁ、これはちょっと前から噂されてるモンスターのリポップバグの延長線上みたいなものなのかもしれないけど。…………明らかに普通のイベントじゃないのは確かだね。だって今も運営の方で上級者プレイヤーたちに声掛けをして、この街の後ろにある……えーっと、森林エリアかな? そこに入る依頼を出してるみたいだから」
「森林、エリア…っ!?」
コノハの口から出たそのエリアの場所の名を聞いた瞬間、美都の体温は一瞬にして氷水につけられたかのように低き下がった。
それほどに彼女の心境は大きく揺さぶる言葉だった。
何故ならーーーーカナがいるエリアがまさにその森林エリアだったからだ。
(………助けなきゃ)
美都は居ても立っても居られず、コノハに声を上げ、
「あの! どうにかしてこの街から出ることは出来ないんですか!?」
その方法を問いただす。
そして、対するコノハは、
「方法はあるよ」
あっさりとした様子で、そう答えた。
ーーーーだが、
「だったら」
「でも、君のレベルじゃ、直ぐにやられるよ」
美都の思いを塗り潰すように、彼女は事実を告げた。
「だって、今その森林エリアにいるモンスターのレベルは三十なんだから」
「……さ、さん、じゅう」
「そう。だから、どうやったって勝てないよ。君じゃ」
コノハが口した言葉の後に、その場に沈黙が落ちる。
だが、そんな中でコノハに向けてメッセージが届いたらしく、彼女は美都から視線を外してウィンドウを開き始めた。
しかし、その一方で美都の心境にあったのは絶望ではなく、霞んだかのような希望だった。
レベル三十のモンスターをレベル十のプレイヤーが倒す。
それは、本来なら不可能に近い、夢物語のようなものだった。
ーーーーだが、アレを使えばその夢物語は現実へと変わる。
二つのプレイヤーを掛け合わせる、美都たちだけが出来た力。
レベル差を覆すーーーーバグ。
だが、
(………でも、それを使ったら)
例え多くのプレイヤーに見られなかったとしても、森林エリアにいるであろう上級者プレイヤーたちの目に入ってしまうかもしれない。
そして、その結果。
バグは修正され、もう一人のプレイヤーを
ヒトミのデータも消されるかもしれない。
ーーーーどうすればいいのかわからない。
美都の心はその時、大きく揺らぎ続けていた。
だが、そんな状況の中で、
『何クヨクヨしてるのよ、バカ美都』
美都の思いを理解しながら、ヒトミは言った。
『さっさとアレ使って、あの子を助けに行くわよ』
ヒトミの言葉に、目を見開かせる美都。
しかし、そんな彼女の言葉を素直に受け取ることが出来ず、美都は、
(ま、待ってよ、ヒトミ)
『………』
(もし、これでアレがバレたらっ、もしかしたら、ヒトミはこのゲームを続けられなくなっちゃうかもしれないんだよ! ヒトミは、それでもいいの!?)
あんなに楽しみにしていた、ヒトミの居場所を奪ってしまう。
それが美都の心中にあるもう一つ難題だった。
だが、対するヒトミはそんは美都とは違い、溜息を漏らす。
そして、ウダウダと悩むもう一人の自分に対して、
『よく聞いて、美都』
ヒトミは、はっきりと言った。
『私はね。美都が今回の事のせいでこれから先、ずっと暗い気持ちのままゲームをしていたならーーーー私は絶対にこのゲームを楽しむことなんてできない』
(………っ)
『それに、美都が思っていることは私にも痛いくらいにわかる。だって、私たちは一心同体みたいならものなんだから』
(…………)
『それでも、可能性があるなら助けに行きたい。そうなんでしょ、美都』
例え言葉であれこれ言おうと、うちに秘めた想いは隠せない。
だからこそ、ヒトミは美都に対して答えを示した。
その想いを、嘘で塗り潰させないために。
そして、ヒトミの想いを受け、美都は唇を紡ぎながら、
(どうなるか、わからないよ)
「わかってる」
(ゲームを、続けられなくなっちゃうかもしれないよ)
「その時はその時よ」
問い、答え、問い、答える。
ヒトミの想いを受け取り、美都は自身の手を強く握り締めながら、
「わかった」
ーーーー自分の答えを示した。
◆
「わかった」
その声を聞こえ、コノハはウインドウから顔を上げようとした。
だが、その次の瞬間。
『ジジッーーーーーージジジr&dt12jmw53あmdmwupgjmwーーーーー』
「っ!?」
突如、文字化けしたかのような電子音と共に、コノハの視界全面に強烈なノイズが走り、その画面に酔ったかのように立ちくらんでしまう。
だが、その視界も数秒して回復し始めた。
ーーーーその時、
「そういえば、三つ。貴女に約束してたわよね?」
さっきまでいなかったはずの、第三者の声が目の前から聞こえて来た。
そして、顔を上げたコノハが目を見開く中で、美都がーーーーーーーーいや、
「その内の一つを無しにしてあげるから、さっさとこの街から出る方法を教えなさい」
着物の上にローブを羽織るヒトミは、そう告げるのであった。




