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幻獸の孤島  作者: ゆりな
1/1

最強のカシガ傭兵団

サルラ大陸の東にローナカルダ王国があった。

高い山脈を西側に聳え立ち、眼下に広がる大地は、水脈に恵まれた豊かな農地を誇っていた。

季節風により、比較的温暖な気候は、その地に住まう人々に恵みをもたらしてきた。

よって、古より多くの国が生まれては消え、戦乱の絶えぬ時代を過ごしてきた。

この地が最も混乱していた最中、遥か東の海からやってきた一族により、この地は平定され、ローナカルダ王国が建国された。

初代建国王カウサ、黒髪黒目の稀有な姿に、圧倒的な力を従えた彼らは、瞬く間に民衆を統一した。

それから、五百年余りが経とうとしていた。


遠く地平線から土煙が立ち上っていた。黒い一塊はやがて規則的な速さで陣形を型どっている。

その様子を岩肌からそっと見つめる影が二人分あった。

一人は長く伸ばされた灰色の髪を一つに纏め上げ、灰色の瞳を遠くを見る目で瞬いた。鋼の胸当てにあぶらを染み込ませた布を何枚か重ね、身体の線に合わせて着込んだ格好は明らかに戦士だが、滑らかな手足は若い女性のものだった。

「兄上、やはり来ましたね」

女はすっと兜を目深に被り、少し緊張気味に言った。

「毎回ご苦労な事だよ」

もう一人の返事を返した男は、がっしりした体型に革張りの鎧を着け、左腕には鈍く光る金の腕輪を嵌めていた。

年の頃は二十代後半か、腕輪と同じ金髪を肩まで伸ばし、精悍な顔つきに緑色の瞳が、厳つい身体に程好く穏やかさを湛えていた。

「前回のムリヤム国との戦闘からまだ三月ほどしか立っていないのに、回復早くないですか?」

前方からは速度を落とさずやって来る一団を、女は見据えた。

「確かにな、今回は珍しく展開が早いな」

黒い一団は徐々にその姿を現した。その中央と、両端に旗印がはためく。

「兄さま、あれ!あれはカシガの一団ではないですか!」

黒地に金色の刺繍がされた牙象の旗印がはためく。

「は、やってくれるな。傭兵団カシガが来たか」

男は一団に見付からないよう、そっとその場を離れると、急ぎ足で岩肌から飛び降りた。

「レイラ、いつもの配置に就け、オレはひとまず砦に戻る」

レイラははいと短く返事をして、兄の後を追う。

「カシガに勝てますか?」

問う妹に兄はニヤリと笑った。

「この地は泣く子も黙るダーヤ渓谷の砦だ、最強と名高いカシガの傭兵団なれど、追い払ってやるさ」

言って男は妹レイラの肩を叩いた。

「ええ、ヤン家当主のマクス兄さまなら必ず」

ふわりと微笑むレイラにマクスは満足そうに微笑みかえした。

「名高い傭兵団が相手だ、最初から全力でいかせてもらう」

そう言うと、マクスは緊張した面持ちで砦へ向かった。


ローナカルダ王国の西側の国境にヤン辺境伯爵の納めるダーヤ渓谷は、度々他国からの侵入が相次いぐ領地だった。

高く聳え立つ岩山に囲まれたそのダーヤ渓谷は、獣さえも寄り付く事のない自然の要塞であったが、数百年前ローナカルダ王族の一人が新天地を求め、鉄壁を誇るダーヤ渓谷に一本の橋を作った事が、度重なる侵入者を許し、戦の増えた原因だった。

その名も狂王ハールド、ローナカルダ王国歴史上に残る最悪の王。

民を虐げ、横暴の限りを尽くした王だった。

ハールド王がローナカルダ王国の地を去る時、ダーヤ渓谷に橋を造った。

ハールド橋と名ずけられた橋は、王族の特異能力によって、どんな力を持ってしても、消して崩れたりする事の無い橋だった。

数百年の今を経っても。


ダーヤ渓谷の中腹にある砦は、ハールド橋を見下ろす位置にあった。

マクスは砦に戻ると、主だった上級戦士を集めて、作戦会議を開いた。

「マクス様、今度はカシガ傭兵団が来たとか、本当ですか」

白髪混じりの頭に歳かさを感じさせない屈強な身体の戦士は、マクスに詳細を求めた。他の者もマスクの返答を待つ。

「確かだ。なに、問題ない。いつも通り行こう、我らはローナカルダ王国最強の戦士団だ。此度も国境を守る役割を全力で果たすだけ」

ヤン家当主マクスの言葉に上級戦士達は一様に頷き、各々が万全の用意を整えて戦へ赴いた。


断崖からレイラはそっと眼下のハールド橋を覗いた。敵のカシガ傭兵団の数はおよそ三百人。

このダーヤ渓谷を落とすにしては、今までで一番規模が小さかった。

「なによ、どうゆうつもりかしら、あんな数で戦うの?」

レイラは気取られ無いように、ゆっくりと身を乗り出す。

監視をするための場所だけあって、地上からは決して見えない断崖の窪みに、体の小さいレイラは適役だった。

やがて、ハールド橋近くまで来たカシガ傭兵団は、一斉に旗を掲げると、その後方の騎馬に乗った一人の男が腕を上げた。

体全体を覆う程のフードを被り、人相も体格もよく分からなかったが、恐らくあの男が将だろう。

陣形の形から、一番守られている位置に就いていた。

カシガの将は挙げた腕をゆっくりと下ろした。

開戦の合図が示され、前方の歩兵がハールド橋に向かって前進する。ヤン家戦士団も迎え撃つため前進した。

ハールド橋は荷馬車がすれ違える程の広さがある。激しく撃ち合う激闘の中、ダーヤ渓谷の砦から無数の矢が降り注いだ。

手を抜いたりしない、全力の戦いで向かい撃っていた。

レイラは戦闘の様子を見ていたが、カシガ傭兵団のその戦い方に不気味さを感じていた。

兄マスク率いるヤン戦士達は戦いの咆哮を上げていたが、カシガ傭兵団は声を上げる事もなく、無言でその剣を振るい、斧を打ち込み、矢を放っていた。

さながら闇夜に蠢く暗殺集団のようだった。

「気味の悪い連中ね、あれが作戦なのかしら」

レイラは背に装備していた弓を引き、カシガ傭兵団の将に狙いを定めた。隙のある機会を逃してはならない。

「沈黙の攻撃はこちらでも出来る」

ギリッと力一杯に弓を引き、レイラは矢を放った。

レイラの矢が手から離れた瞬間、カシガの将がレイラの方へ頭を上げる。

剣の混じり会う戦闘の音の中で、レイラの放った矢が、ガンッと弾いた。

その音が、嫌に周囲に響き渡る。

将の男は左腕に携えていた盾でレイラの矢を払っていた。

「しまった、防がれた。まずい、まずい、まずい、感ずかれた」

レイラは慌てて岩の影に隠れる。ヒヤリと汗が、背中をつたう。

長居は無用とばかりに、素早くその場を離れる判断をし、レイラは転がるように岩山を滑り降りた。

慣れ親しんだこのダーヤ渓谷はレイラにとって庭であり、何度も訓練した場所でもある。

侵入者からの戦闘に参加するのも、レイラはこれが初めてでは無い。

だか、先程の攻撃が敵に気付かれ、攻撃まで防がれたのは初めての経験だった。

「あの距離から気付くなんて化け物なの?」

知らず悪態を付いたレイラの耳にヒュッという聞き慣れた音を拾う。瞬間、レイラはビクリと身を縮めた。

ガシュッと頭に衝撃がきた。

身を縮めた目の前に矢が突き刺さる。その光景にレイラは恐怖であ、あ、と声を漏らした。

身に付けていた黒塗りの兜に恐る恐る手で確かめると、傷が付いていた。

この兜は、レイラが十四歳になった時に、兄マスクから贈られた品だった。ダーヤ渓谷を飛び回るレイラに落石から身を守る様にと、王族の黒にあやかり、贈られた兜だった。

あと少し、あとほんのちょっとでも前に出ていたら、レイラの顔が放たれた矢で貫通されるところだった。

その事実にレイラは恐怖により初めて全身が震えた。

ぺたりと座り込み、腰に力が入らず、レイラは四つん這いになりながら動こうとした瞬間、ダンッとさらに矢がレイラの背中スレスレに突き刺さった。

恐怖で叫びたい声をぐっと手で押さえ、レイラはついに腹這いの姿勢を取った。

震える息を殺すように、そっとハールド橋を覗くと、将の男がレイラの方へ弓を構えて立っていた。

開戦からずっとフードを被り続けていた将の男の不気味さに、レイラは初めて死を恐れた。

少しでも動いたら射殺されると思えば、レイラはただただ動かずにいる事にした。それしか出来なかった。


ハールド橋で歩兵戦が繰り広げられるなか、徐々にヤン戦士団の動きが押されつつあった。

一人、また一人とカシガ傭兵団が奥へと進み出る。

数は三百人程度だったが、カシガ傭兵団の機動力と個人の戦闘力の高さは、ずば抜けていた。

ヤン戦士三人を傭兵一人が事もなく地に倒していく。

ダーヤ渓谷の砦までカシガ傭兵団が少しづつ入り込み、次々とヤン戦士を倒していく。

ハールド橋から砦まで続くその道を、ヤン戦士の亡骸が繋がっていた。

その惨状を、レイラは岩壁にへばりつく様に隠れて見ている事しか出来なかった。

ヤン戦士の亡骸を眺めだけの己が悔しかった、惨めだった。


この日、ダーヤ渓谷の砦が初めてカシガ傭兵団に落とされた。

太陽が赤々と傾きはじめていた空に、夕日に染められた岩肌が、ヤン戦士団の血をより一層赤く染めていた。ダーヤ渓谷の砦は、ヤン家の御旗からカシガ傭兵団の旗印に変えられた。

普段だったら、名残惜しくなるほど美しく映る景色が、無情の惨状を人々の記憶に残した。


砦の広間に集められた者は、使用人の男、女、子供にいたるまで全員だった。

まだ見習いの戦士や、怪我をした戦士も、カシガ傭兵団は薄闇の中、ダーヤ渓谷の砦中を一人残らず捕らえた。

抵抗する者は殺された。

レイラも見逃される事はなかった。戦士として抵抗する事も出来たが、ヤン家の姫として生まれた以上、勝手は許されなかった。


夜になり、広間の燭台に火が灯され、それでも暗い所はカシガ傭兵団が松明を掲げて広間の明るさを保っていた。灯りの熱と、ひしめき合う人の塊の熱とで、その場所にいるだけで、じっとりと汗が出てくる。

カツカツと足音ともに迷いなく広間の一段高い場所に、深くフードを被った男が進み出て、立つ。

昨日まで、その場所はヤン家当主マスクが立っていた。

「私はカシガ傭兵団の長、ジークである。これよりダーヤ渓谷の砦は、カシガ傭兵団の支配下に置く」

ジークの張りのある声が、広間に響き渡る。フードでその表情は分からなかったが、落ち着いた口調と傭兵団の長と言うだけの優雅さがあった。

請われれば、貴族や王族に遣える程の優秀さを持ち、強さだけでなく貴人に対して完璧な礼儀作法を身に付けている者もいた。団員には訳ありの地位の高い騎士だった者や、逸話のある戦士も所属していると噂があった。

最強を誇るカシガ傭兵団、その長である発言に、誰もが口を閉じた。

「これより、砦の秩序を保つため粛清を始める」

ジークが左手を挙げると、縛り上げられたマスクが引きずり出された。

その顔には細かい傷と、打撲の痕が生々しく残っていた。だいぶ抵抗したのか酷く疲れきり、足を縺れさせてジークの一段下の前に膝ま突かされた。

痛々しいヤン家当主の姿に、たまらず広間に集った人々が、悲痛な声でマスクの名を呼ぶ。すすり泣く者もいた。

これから何が始まるかは皆が知っていた。

「ローナカルダ王国ダーヤ辺境伯爵マスク・ヤン殿ですね。貴方にはこれから粛清を見届けてもらいます。」

「貴君の恩情に感謝する」

苦し気にマスクはそれだけを言った。

「マスク・ヤンの処刑は明朝にする。殉ずる者はそこへ、その他はカシガの配下になる事を誓え。詐称があった場合は打ち首に処す」

ジークはそう言って腰に帯びた剣を引き抜き、床に突き立てた。

儀礼に従った騎士の誓いである。

ざわりと広間が騒がしくなるなか、マスクに飛び付くように駆け寄る者がいた。

「兄さま、マスク兄さま」

涙声でレイラが抱き付いた。

「レイラ、お前は来ては行けない。領城に戻り、母上をお支えせよ。それが駄目なら配下になれ、死ぬな」

拘束されたまま、マスクはレイラに懇願する。

「マスク殿の妹姫か?」

ジークが近寄り、レイラに手を伸ばす。とっさに身を引くレイラと、妹を庇うようにマスクがレイラの前に出た。

「確か、崖の上から私を矢で射た者だな」

静かにそう言うとジークはひたと青ざめたレイラを見据えた。

「兜を脱いで顔を見せよ」

震える手でゆっくりと兜を脱ぐ。逆らえば直ぐ様レイラか、他の誰かが首を跳ねられる恐れがあった。

灰色の髪が兜から零れ落ちる。纏め挙げていた髪紐がぱらりと落ちた。

ジークはレイラの長い髪を一房掬い上げる。

「変わった髪色だな、貴女の名は?」

「レイラ・ヤンと申します」

震える声でレイラは答えた。まだ彼から射かけられた時の恐怖が消えない。

ジークは少し考えると、膝ま突くレイラに言った。

「レイラ姫は今夜から私の側室として侍よ」

ばっとレイラはジークを仰ぎ見る。

ジークは使用人の集まっている方へ言った。

「誰か、姫の夜伽の準備をせよ」

これからどうするか、まだ話し合い中だった使用人たちは、慌てて膝を突く。

「姫を連れていけ、部屋は姫の自室で構わない」

カシガ傭兵団の二名がレイラの腕を掴む。そうなってからレイラはやっと事実を認識したのか、体を強張らせた。

「嫌、嫌です。そんな兄さま」

引きつった声がレイラから溺れる。マスクも、ヤン家に遣える使用人も、未だかつて恐怖で震えるレイラを見たことがなかった。

「レイラ、従いなさい。カシガ傭兵団は礼を尽くしている。お前もヤン家の姫ならば、役目を果たせ」

呻くようにマスクはレイラに言った。

当然の事で、カシガ傭兵団は降伏した戦士や、使用人に対して横暴を働く事は無かった。

その事が今、抵抗もなく砦の状態を落ちつかせていた。

呆然と力を無くしたレイラに、二人の中年の女使用人が慌てて駆け寄った。レイラを労るように寄り添い、女使用人に促され傭兵団と共に奥へ消えていった。


「さて、マスク殿。そろそろ時間だ」

ジークは広間を見回した。

マスクの元には、長い間遣えてきた老戦士、使用人が6人が集まった。

「明日、処刑を行う者はこれで全てか。ギルバート、ここへ」

呼ばれた男はジークと同じ格好をしてフードを深く被っていた。背が高く細身の男は、ジークの前で膝ま付く。

「お呼びですか、長」

甘やかな声が、歌うように男から漏れる。

「ギルバート、この者達を地下牢へ明日の処刑まで監視を一任します」

「仰せのままに」

優雅に一礼すると、ギルバートはフードをハラリと脱いだ。

ギルバートのその顔に、広間の人々が一様にざわついた。

女神のような美しい男だった。淡く緩ませた白銀の髪に、陶器のような白い肌。長い睫毛にとろりと琥珀色の瞳が覗いていた。

美の化身が突然フードから現れたら、誰でも乞い願うように彼の足元へ手を伸ばすだろう。

こんな男がカシガ傭兵団に居たのかと、マスクも驚きを隠せなかった。

人々の反応をよそに、ギルバートは手際よく部下に指示を与える。

「では、長。明日までご無礼を」

「任せた。手加減するように」

ジークの言葉に、ギルバートはクスリと笑む。それだけで誰もが彼の虜になりそうな笑みだった。

ジークやカシガ傭兵団だけが冷めた空気を漂わせていた。

「サラ、砦内の使用人の監視と実務を任します」

ジークに呼ばれて進み出たサラは、赤茶けた癖毛を後ろに編み込み、よく日に焼けた肌が健康的な印象だった。

「仰せのままに」

短く言うと、サラはテキパキと動く。

暑苦しく人々が密集していた広間は、ジークの手慣れた指示により、あっと言う間に閑散とした。

「他の者は、砦の実行支配に向けて私と行動します。行きましょう」

かつん、と石畳に足を踏み出すと、カシガ傭兵団の一人がジークに囁いた。

「長、あの姫はどうします?」

「姫の支度が済みしだい、行きます。知らせるように、あと、人払いもお願いします」

無言で頷くと、砦の最上階へジークは歩いた。新しい主になるために。


レイラの自室は砦の離れにあった。ダーヤ渓谷の岩山を上手く利用した造りで、ダーヤ渓谷が一望出来た。

岩だらけの山が連なり、動物のような不思議な形をした岩もある。人工物ではなく、長い時間をかけ、自然に出来た岩だと言う。

ダーヤ渓谷は西側から吹く乾いた風により、あまり雨が降らないが、ダーヤ渓谷から更に北の山脈は常に大量の雪があり、この一帯の水源になっていた。

今の時期はちょうど乾季のさなかに当たり、過ごしやすかった。

乾いた西風がレイラの灰色の髪を揺らした。

幼い頃から遣えていた使用人に、入浴の世話をしてもらい、たっぷりドレープの付いた、白い絹の上等な夜着を着せられ、髪を丁寧にとかされた時、姫さま、申し訳ありませんと、涙ぐみながら使用人に謝られては、レイラがこれは理不尽だと、泣き叫んで喚くわけにはいかなかった。

兄、マスクの言う通り、ヤン家の姫として、使命を果さなければならない。

兄のマスクは明日、処刑されるのだから。

数百年続いたヤン家戦士団は、カシガ傭兵団に負けたのだ。

その事実が、未だにレイラには実感が出来なかった。

今は一人、窓から夜のダーヤ渓谷を無心で眺めるだけだ。

トントン、扉を叩く音にレイラは一気に現実に心が引き戻される。

両手を胸の前にぎゅっと組んで、どうぞ、と震える声で答えた。

扉の前に居た人物は、音もなく静かに入ってくる。

その行動が不気味で、レイラは思わず一歩後退りする。

「待たせしまったかな」

ジークは相変わらずフードを深く被っていた。

「問題ありません」

レイラは必死にその矜持を保つため、淑女の礼をとる。

ジークはふふっと笑って、レイラの手を取った。

そのまま寝台へと誘う。柔らかなシーツの上に並んで二人は座ると、ジークは俯いたままのレイラの顎を優しく上向かせた。

「一目見た時から貴女だと感じたんです、運命の人」

「お忘れですか、崖の上から貴方を射たのは、私です」

「そう、良い腕をしていたね」

さも感心したように言うジークにレイラはムッとした。

「2発です、貴方は私を射殺そうとしました」

レイラはあの時の恐怖と悔しさを思いだした。ギリッと歯を食い縛り、思い切りジークを睨みつけた。この場で殺されても構わなかった。

「でも、私は殺さなかったでしょ」

ジークの悪びれない。落ち着いた口調がレイラを苛立たせる。

「貴女と、共に生きたいと願う私の想いは本当です」

ジークは膝の上に置いたレイラの手に自身の手を重ねる。

ヒヤリとしたジークの手の温度に、レイラはビクリとした。

「こんな状況でなければ、私も舞い上がっていた事でしょう。ですが、明日貴方は私の兄を仲間を殺すのでしょう?酷い人、そのフードを取って顔ぐらい見せなさいよ!」

レイラの激情にジークはフードを取って顔を見せた。

黒い髪、黒い瞳、暗闇によく映える白い肌。

「これで、いい?」

レイラは信じられない者を見るように、手で口を覆った。

カシガ傭兵団の長だという彼の顔は、王族のローナカルダ王国、一族の特徴を持っていた。

黒髪、黒目は王族の証。

混乱するレイラにジークはそっと顔を寄せる。

「驚いているね、私の顔が何に見える?」

「貴方は、誰?」

「カシガ傭兵団の長だよ」

ふふっと笑ったジークの表情にレイラは戸惑う。

良く見ると、幼い。落ち着いた口調だったから、自分よりも少し年上を想像していたが、今のジークは何だか子供のようだった。

「レイラも不思議な髪と瞳だね」

緩く編まれ、肩に流したレイラの髪にジークは指を絡ませた。

そのままゆっくりと抱き寄せる。

ジークの顔が近づき、レイラの頬が朱に染まる。

始めは軽く触れる、もう一度触れて、今度は深く口付けた。

触れあっている二人の影が一つになる。

寝台に埋もれるように倒れ込み、レイラの息づかいが荒くなった。

ジークの体の下でレイラが呻いた。痙攣しているかのように、身体を震わせ、シーツを掴む。

「大丈夫、レイラ。貴方は私の運命の人」

苦しそうに悶えているレイラの髪を一房掬い上げる。

レイラの髪は灰色から徐々に黒色に変化した。

「もう、決して離したりしない」

レイラの髪がすっかり黒髪に変化した後、それまで苦しそうにしていた身体は力が抜け、気を失ったように眠りに付いた。

「魂と血の契約により、かの地より力を求めん」

眠りについたレイラを包み込むように、魔法陣が鈍く光だした。

ジークは寝台に広がるレイラの黒髪を握りしめ、口付けた。
















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