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「Find my way」

作者: 弘せりえ

ここは、ナイアガラの滝のそばの、

小さなギフトショップ。



夕方、閉店前に、デビッドが本店に

売上連絡など電話している傍ら、

奈々とアイリーンは

店の片付けをしている。


 

片付けが終わっても、

デビッドの電話は終わらず、

奈々は、さっきのケンカも思い出し、


いらいらする。

 

クレジットカードの操作方法を間違えて、

客に迷惑かけた、と、

学生バイトのデビッドに

説教されたのである。

 

デビッドは地元の大学生で、

休み期間、フルでバイトに入っていて、

この小さなメープルリーフビレッジ店を

任されている。

 

まじめで聡明なデビッドに、

奈々やその友達も、

かなり好意を持っていた。



奈々は大学卒業後、

ワーキングホリディで

カナダにやってきたのだが、

ワーホリの女子コミュニティの間では、

カナダ人の男の子はモテモテである。

 

奈々は、高卒でワーホリに

来ている子より英語も得意で、

しかも大人だということで、デビッド同様、

この店を日本人マネージャーにある程度、

任されている。

 

だからわんさかと本店にいる

日本人女子に、羨望の目で見られ、

デビッドを一人占めしているように

思われがちだったが、

あながちそれもハズレではいなかった。


 

初めて野外のドライブインシアターで、

駐車メーターから車の中に

音声をつなぎ、夜空の中の

大スクリーンで映画を観たのも、

デビッドとだった。


 

が、今、長電話している

デビッドを目の前にして、

奈々はおもむろに

ダウンコートを手にとる。


 

びっくりするアイリーン。


彼女は、イタリア系移民で、

今はカナダ人の彼氏と同棲している。


いい加減な性格だが、

面倒見のいい姉御肌だ。



「ナナ、いつも通り、デビッドに

車で寮まで送ってもらいなよ。

まだ明るいけど、女の子の

一人歩きは危ないよ」


 

奈々はコートを着ると、

日本語なまりの英語で

アイリーンに言う。



「ううん、レインボーセンターに

寄ってから帰るから、いいんだ」



「今から?」



「だってすぐそこじゃん」


 

レインボーセンターというのは、

ナイアガラから、レインボーブリッジという

国境橋を渡ってすぐ、アメリカ側に

あるショッピングモールだ。


店のすぐ前が国境橋だし、

レインボーセンターまで、

徒歩で20分もかからない。



「アメリカ側は、

暗くなると余計あぶないよ」



「大丈夫よ、なんども深夜、

アメリカのクラブから

寮まで歩いて帰ってきてるもん」



「それは、男女大勢ででしょ」


 

アイリーンの心配もよそに、奈々は

コートの上にリュックを背負うと、

店を後にする。



アイリーンがデビッドに

何か言いに行ったのか、

店を一人で出て行く奈々を、

電話しながら、理解不能と言った顔で

見ているデビッド。

 

190センチ近い大きな体が

小さく見えるようになった頃、

奈々は日本語でつぶやいた。



「何サマのつもりよ」



奈々は肩で風を切って、

国境橋を渡る。



アメリカ側についたとき、

いつもの国境警備隊の

お兄さんにパスポートを見せる。



「今日は一人かい? 」



「うん、レインボーセンター行くの」



「やっぱ、カナダより、

オシャレなもん多いよな」



「ホント、この1キロ足らずで、

なんでこんなに都会と田舎なんだろうね」


 


上機嫌で、国境を越えた奈々は、

はて、と思う。


車で来ていて、レインボーセンターが


すぐだというのはわかっていたが、

ここから見えるというほど

近いわけでもないらしい。


 

奈々は、何も考えず、

こっちだろうと思う道を進んだ。


ナイアガラにきて、もう2ケ月半、

迷うわけはない。




が、適当に進んでいくうちに、

ちょっと違う方向だと

いう気もしてきた。


が、戻るのはいやな性格なので、

そのまま進んだ。


 

春先のナイアガラは、

まだ6時過ぎだというのに、

どっぷり日が暮れてしまう。



6時半に、まだレインボーセンターが

見えないことで、

やっと奈々は悟った。



「Lost my way・・・じゃん」



見たこともない大きな工場の

横を通りすぎて、

ハイウェイに続く車道を横手に曲がり、

その後、まっすぐ進んだ。

 

右側には下水処理場の雑風景な

敷地が約1キロほど

続いていた。


道の左側は廃屋で、

そのあと、道は草むらに変わった。


 

ヤバイと思った時には、

もう引き返せないほど、

来た道が遠く恐ろしかった。



いつの間にか舗道はなくなり、

車で通りすぎる人たちは、

車道をとぼとぼ歩いている

東洋人の女の子を

不思議そうに見ていた。


外人の男たちが、

車から奇声を上げて通りすぎた。



アイリーンの言葉がよみがえる。


「・・・アメリカ側は余計あぶないよ・・・」


 

もと来た道順はわかるけれど、

引き返すことがあまりにも恐ろしかった。

 

前に進むのも怖かった。


同じ風景がずっと続いていたから。


 

奈々は無意識のうちに、

デビッドの名前を呼んでいた。



「こわいよ、デビッド、

助けにきて・・・」


 

あまりの寒さと怖さに、

ダウンのポケットに手を突っ込んだとき、

何かが手に触れた。



 

「あ!」



奈々は祈るような気持ちで

それを取り出し、開いた。

 

先日、なにかあったら、

いつでも電話しておいでよ、

と言ってデビッドがくれた電話番号が

ポケットに入ったままだった。



「デビッド、デビッド・・・」


 

やっと左に入る道を見つけて

曲がってみると、そこは住宅街だった。


少しほっとしたが


公衆電話が見当たらない。


 

奈々はしばらくウロウロしたが、

家のそとにゴミを出しに来たおばさんに、

たどたどしい英語でたずねた。



「道に迷って、

友達に迎えにきてもらおうと思うんですが、

公衆電話って近くにありますか?」



おばさんは、ない、と答え、

ちょっと困った風に、

奈々を見渡した。


自分がかよわい女の子に見えて

よかったと思った瞬間だった。



おばさんは、自分の家の電話を

かしてくれた。



奈々が電話すると、

デビッドが出た。



「デビッド、道に迷った

・・・迎えに来て・・・」



「迷ったって、今、どこにいるの?」



「え? え? 住所? 

アメリカ側の・・・」



あたふたしている

奈々の電話をとって、

おばさんが、そこの住所を

デビッドに教えてくれた。



「早く迎えにきてあげなよ、

こんな若い娘がこんなところで

迷子になるなんて、

あんた、何してるんだよ!」



事情も知らないおばさんに怒られて、

デビッドは20分ほどで、

その家にかけつけた。



そわそわと、他人の家のダイニングの

椅子に腰かけていた奈々は、

デビッドに抱きついて

思わず泣いてしまった。


 

デビッドが丁寧に

おばさんにお礼を言い、

いつもの青いフォードに奈々を乗せる。



「なんで、そんな無茶するんだ」



そう言いながらも、

初めて奈々の泣き顔を見たデビッドは、

ちっとも怒ってなかった。


 

奈々は、フォードの中で、

初めてほっとした表情で

ダウンのポケットの中から

デビッドの電話番号を取り出す。



「あ、そんなとこに

入れたままだったのか!」



「それで助かったの、

Find my way!」



「で、レインボーセンターには行くの?」



時計を見ると、もう9時前。



「帰る!帰るから、

寮まで送って、デビッド!」



「・・・ったく」



デビッドは青い瞳に

笑いをこめながら、

奈々を見て、ほおにそっとキスした。






                 了



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― 新着の感想 ―
[良い点] 奈々無事で良かったです♪
2020/11/18 22:58 退会済み
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