09
文字数稼ぎ。
「はぁ、お兄ちゃんはだめだなぁ」
「無茶言うなよ」
だって先に告白させたうえになにも様子が変わっていなかった。
普通恋というのはこうそわそわして落ち着かないものだというのに、瑶さんなんて走ることだけにしか意識がいっていないし。待って、そう考えたら悪いのは瑶さんの方な気がする。
「知秀とはどうなんだ?」
「いい感じだよ、焦らないという約束なんだ」
同じ高校を志望するからそこまで問題ではない。
問題は、いつまでも三好くんがその気でいてくれているかどうかということ。
疑うようなことになって悪いけど、違う子が来たりしたら危うくなるし。
「お兄ちゃん、私って魅力ある?」
「あるぞ、優しいことは大きいだろ」
それって困った時に言うことだよねと少ししょんぼりとする。
そこは嘘でも顔が可愛いとか言ってほしかった、もちろん否定するけれど。
でもでも、女としては女の子扱いしてもらいたいわけで、やっぱり言ってほしい。
「瑶みたいななにかひとつこれだって趣味を見つけたらどうだ?」
確かに、そういうのがあれば大きい気がする。
三好くんは元陸上部で走ることが好きだから自分もいまから体力を鍛えておいた方がいいかも。
高校では私も陸上をやるつもりだ、やるからには三好くんが所属するからとかではなく真面目に。
「よし、それならお兄ちゃんと走るっ」
「ああ、お前の方が速いから助かるわ」
「三好くんも来てくれるんでしょ? そうしたら必然的に一緒にいられることも増えるし」
放課後は向こうに用があって一緒にいられないことも多い。
その点朝なら、走ることが目的でしかないなら問題ない。
じゃ、邪魔な他の男の子とかもいない、な、なんていい時間なんだ。
「あ、三好くん来たかも」
「約束してたのか?」
「うん、午後から会いたいって言われてて」
扉を開けたら求めていた人がいてくれた。
「こんにちは」
「うん、こんにちは」
意識しなくて済むリビングに誘う。
お兄ちゃんが寝転がっているけどソファに座ってもらった。
「あれ、謙輔さん疲れているんですか?」
「ああ、瑶に勝負を挑んでな」
「え、勝ちました?」
「大差をつけて勝ったぞ、あんまり意味もなかったけどな」
「え、すごいですね、あの余宮先輩に勝つなんて」
お兄ちゃんなりの覚悟を見せたわけだ。
であるならば、私も似たようなものを三好くんに見せなければならない気がする。
「あ、由佳ちゃんはそういうことしなくていいからね」
「あ……」
「分かるよ、ずっと一緒にいるからね」
なんだかすごい恥ずかしかった。
確かに一緒にいる年数はお兄ちゃんと瑶さんよりも長い。
だからこそ焦れったいということでもあるんだけど。
「お前なあ、それって俺のこと馬鹿にしているみたいじゃねえか」
「してませんよ、すごいと思いますよ俺は」
「お前も由佳に告白する時は走ったらどうだ?」
「あー、すみません、実は今日そのために来たんですよね」
「「え」」
ゆ、ゆっくりと言っていたのにどうしたんだろう。
「この前、由佳ちゃんが告白されたんです、俺それが我慢ならなくて」
「兄と違ってモテるな由佳は」
「俺にとっては困ります、俺は由佳ちゃんじゃなければ嫌なので」
「だそうだ、由佳はどうなんだ?」
そんなの私だって同じだ。
三好くんだって最近また告白されていた、できることならっていま私も考えていたのだ。
「とりあえず、謙輔さん」
「分かった、終わったら呼んでくれ」
「はい」
ど、どど、どうしよう。
元々ふたりきりで会うような約束だからおかしくはないけど。
「由佳ちゃん」
「うん……」
「ごめんね、さっきは勢いで言っちゃって。でもさ、このままは嫌だって思ったんだ、受験が終わるまでやめておこうと考えていたんだけどね……」
違うな、瑶さんみたいな大胆なところを見せたかった。
冷静になってみれば分かる、大して緊張なんかしていないことに。
「知秀くん、私と勝負しよ」
「やっぱり走ることが好きな人達ってみんなこうするのかな?」
「分からない、けれどこのままよりなにかをしてからの方がスッキリするから」
わざわざ着替えて中学に移動する。
勝つとか負けるとか、いまはどうでもいい。
けれど簡単に負けようとしてはならない、これから戦おうとするのなら尚更のこと。
「よーい、どん!」
その後ろ姿を見つめるだけではなく横に並べるようになれたらいいなと思った。
「流石に負けるわけにはいかないよ」
「だろうね、男の子として」
「由佳ちゃん、好きだ」
「うん、ありがとう」
差し出してくれた手を握って笑ったのだった。
読んでくれてありがとう。