07
「よし、治ったよな」
月初めからずっと我慢していた。
もうどうしようもないぐらいテンションが上がっている。
それでも最初は歩いた方が速いんじゃないかというぐらいゆっくりに。
「おはよ」
「おう、今日は遅かったな」
「ちょっと寝坊しちゃって、あはは……」
分かる、俺も寝られなかったから。
多分午前2時ぐらいまで寝られなかった。
でも、俺はちゃんと寝て、起きていまここを走っている。
歩くことしかできなかった日々とはもうおさらばなんだ。
「足は大丈夫?」
「おう、ここまで走ってきたが問題なかったぞ」
元々約束をしていて、最初は瑶の家に行くのを目標として走ってきた。
だが特になにもなく、これなら少しずつ距離を増やしてもいいだろうと判断できた。
「謙輔くん、この前言っていたことだけど……」
「この前っていつだ?」
「わ、私が送った日のこと。謙輔くんは私のことす、好きだって……」
「は? 可愛いとは言ったが好きとは――」
それで好きなお前と走る、か。
うーむ、一緒に走るのが好きだと伝えるつもりがどうしてこうなった。
というか、いまさらそれを出してくる意味は?
もう約3週間以上経過しているのに、まさかいままでずっと悩んでいたのか?
「そういうつもりだと言ったらどうする?」
「走ってくるっ」
「怪我には気をつけろよ」
こっちは無事に帰ってこられるまでここで待っているが。
俺がここ最近で思ったことは早く瑶と走りたいということだけ。
そのことについては考えていなかった、が、瑶にとっては違かったのかもしれない。
これは自惚れでもなんでもなく悪くない関係かもな、まだ油断はできないけれども。
「おかえり」
「え、ま、待っててくれたの?」
「どうせ汗もかいてないからシャワー浴びないし時間があるからな、それじゃ学校で会おうぜ」
とりあえず走れるようになったことを喜んでおこう。
制服に着替えて学校へ向かう。
いつものように幡中蓬田ペアと合流して学校へ。
約束もしていないのによく遭遇するものだというのが感想だった。
「半場、ちょっといい?」
「おう」
彼女は複雑そうな表情を浮かべながら「幡中に告白された」と呟く。
それからどうすればいいかとも聞いてきたが、蓬田次第としか言えなかった。
告白された側にできるのは受け入れるか、保留するか、断るかの3択。
唯一告白した側と違うのは選べる立場にあるわけだ。
「嫌なのか?」
「嫌ではないわ、嫌ではないんだけれど……友達のままでもいいような気がして」
「珍しく蓬田が恥ずかしがっているということか」
「あ、当たり前じゃない、いままで付き合ったりしたことないんだから」
「は? お前ねえの? 意外だな……お前、モテそうなのに」
「生憎とね、小さいから対象外なんだそうですよ」
幡中はそれを気にしないで告白してきてくれた人間ということになるのか。
そりゃ響くよなあと、まあもう答えを出しているようなものだ。
気づいていないのは本人だけ、ま、俺らにできるのは見ていることだけだろう。
「おはよう」
「あ、おはよ」
「ふたりでどうしたの?」
告白されたことを彼女が説明したら瑶は凄く驚いていた。
こいつは反応が面白すぎる、SNSとかに上げたら人気が出そう。
「そうなんだ、幡中くんがついに」
「中学生の時からずっと好きだったんだって」
「ちょ、全部言わないでくれよ珠姫さん」
「あ、あんたが無責任に告白してくるからでしょっ」
「無責任になんかじゃない、俺は――」
「ここではだめっ、違うところに行くわよっ」
おかしいな、夏ではないのになんだこの暑さは。
思わず額を伝った汗を拭ったぐらいだ、見ているともどかしくてやべえ。
「告白かあ、いいなあ」
「されないのか?」
「いや、されたことはあるよ」
残念ながらこちらは1度もない。
だからって恐れられたり、苛められたりされたりはなかったから平和な時間を過ごせている。
やはりああいうのを側で見せられると羨ましくなってしまうのは男女共通のようだ。
どちらかと言えば女子である瑶の方が影響を受けやすいのかもしれない。
これまで走ることだけに専念してきた瑶がな、うっ、泣けてくるぜ。
「教室に戻るか」
「私も興味あるよ」
「そりゃ女子ならそうだろ」
「むぅ」
気にせずに戻って席に張り付いていることにした。
特になにもない、至って平和な教室内で。
横にいる女子はじっと見つめてくるが、簡単にできることじゃない。
「今日も部活に行くんだろ?」
「うん」
「待っているから一緒に帰ろうぜ」
「え、走らなくていいの?」
「夕方は禁止にされてるんだ、それに俺はお前と帰っている時に言いたいことがある」
彼女の言葉を聞いたからというわけではなかった。
でも、彼女が求めているということなら言わなければならない。
「お、お待たせ」
「おう、帰ろうぜ」
部活終了時間まで待っていると結構辺りは暗くなる。
こういう時間帯はなぜだか落ち着くもので、特に緊張もしていなかった。
「瑶」
「は、はい」
なぜ敬語? と思って顔を見てみたら既に真っ赤な彼女。
「今度、一緒に出かけようぜ」
「え……もしかして言いたいことってそれ?」
「おう、告白はまだできねえよ」
気づいてしまったらそればかりを意識してしまう。
それでも多少はコントロールしなければならない。
ついでに、できることなら相手のそれも。
「今週の日曜、ふたりきりでどこかに行こう」
走りでもいい、金はなるべく使わないところの方が好みだ。
こういう時にお互い同じことが好きだと助かる。
しかも地面と自分の足があればできてしまうこと、コスパが良すぎるね。
「あ、日曜日は珠姫ちゃんと約束してて……」
「それなら来週でもいい、来月でもいい、来年でもいい、いつかそれができればいいぞ俺は」
走れば頭を空っぽにしていられる。
これまではできなかったから気になっていただけで、それさえできていればどれだけかかっても問題はなかった。問題があるとすれば彼女にその気があるかどうか、もしなかったら完全に痛い発言だよなと。
言うとあれだから言わないが、俺はこいつとの時間を大切にしたい。
単純すぎるのは分かっているが非モテだからしょうがないと片付けてもらいたい。
「とにかく、怪我だけはしないでくれ」
最悪、一緒に走れれば俺はそれで良かった。
「うぅ……」
「どうしたのよ?」
本を読んでいた珠姫ちゃんがそう聞いてくれたけど答えられなかった。
このもやもやをどう発散すればいいのか分からなかったのだ。
「あんた、告白でもされたの?」
「違うよ、逆だよ逆……」
誰のせいで寝坊したと思っているのか。
誰のせいで最近すぐに寝られない日々が続いていると思っているのか。
少し無責任すぎる、幡中くんぐらいの感じでいてほしい。
でも、一概に彼だけが悪いと言えないからもやもやするわけで……。
「あんたから告白すればいいじゃない」
「は、恥ずかしいよ……」
「というか、あんたはすっかり半場のことが好きになっているじゃない」
最後の大会の時、格好良かったって言ってくれたから。
あれが初めてのまともな会話だった。
もう辞めようと考えていたから最後は本気を出して楽しんで。
仲間は喜んでくれていたけど、裏の顔を知っているから素直に喜べなくて。
珠姫ちゃんや幡中くんがおめでとうと言ってくれた時は嬉しくて。
なぜか一緒に来ていた半場くん――謙輔くんが喋りかけてくれた時は違かった。
「なのに学校では話さないとか馬鹿なことしてね」
「うぅ……」
「あいつ、あんたから離れたがっていたけれどね、少し前まで」
そ、それは私が面倒くさい絡み方をしていたからだと考えておきたい。
「でも、いまは一緒にいたいという気持ちが強く伝わってくるわ」と彼女は呟く。
それなら嬉しい、私もいまなら心から彼――謙輔くんといたいと言えるから。
「そ、それよりさ、結局どうしたの?」
「は? ああ……受け入れた、けど――きゃっ」
「おめでとう!」
幡中くんの珠姫ちゃんへの気持ちは知っていたからこちらまで嬉しくなった。
自分のことじゃないのに涙が出てしまい、彼女に呆れられてしまったぐらい。
良かったね幡中くんっ、ずっと一筋で頑張ってきた君はすごい!
「良かったぁ……」
「はぁ、あんたは自分のことに集中しなさい」
自分のことに集中するというのはどうすればいいんだろう。
とにかく走ることが好きだからたくさん走る?
怪我したら嫌だからしっかり気をつけなければならない。
謙輔くんといたいという気持ちを強く前面に出していく?
さり気なくアピールしても結局してもらえなかった形になるけど大丈夫だろうか。
「大体、謙輔くんも意地悪なんだからっ」
放課後に言いたいことがあるなんてそんな言い方をされたら誰だって気になる。
そ、それでも大好きな部活動は真面目にやった、せっかく入部させてもらえたのに上の空だったりしたら申し訳ないし、リスクも大きくなるから。
「恋する乙女やっているわねぇ」
「つ、付き合ってる珠姫ちゃんの方でしょ!」
「いや、私はそうやって悶たりしていなかったから」
「――っ!? ち、ちがっ」
いいなあ、真っ直ぐに向いてくれてて。
「幡中くんはいいなあ」
「ちょ、親友の彼氏を狙おうとするな」
「そうじゃなくてさ、はっきり言ってくれていいなって」
「年数が違うじゃない」
そういえば、そもそもまだ好きではないということでは?
なのに私はあっという間にその気になって、必死にストーカーみたいなことをしてきた。
ただおめでとう、格好良かったって言われただけで走る場所を合わせた女。
「あいつとしては最近好きになり始めたと思っているんでしょうね」
「じ、実際は中学生の頃からなんだよね」
「なのにあんたは別のクラスなのを言い訳して1年間無駄にするし」
「うぐっ」
「2年で初めて同じクラスになってからも外でしか話せないし」
「いやぁっ」
チクチクどころじゃない、グサグサと突き刺さっている。
なにが嬉しいのなんて強がっていたけど、手を握った時は正直に言ってやばかった。
その前の頭を撫でられたことだってそうだ。
「しかも執拗にあいつが走っているところを探したし」
「だ、だって、一緒に走りたかったんだもん」
「きっと怖かったでしょうね、変な女に付きまとわれて」
「ストーカーじゃないもん! 無害だから!」
どうしてここを走っているとか言われちゃったけど。
謙輔くんが言うように自宅から約10キロぐらい離れている場所だった。
恐らく私から逃げるためにしていたことなんだろうけど、正直に言ってすごいと思った。
走るのが好きなんだなと知れたから私にとってはいい時間である。
「ふふふ、あんた面白いわ」
「こっちはなにも面白くないよ」
いまのままでは完全に痛い人間になってしまう。
勝手に期待して、勝手に怒ったりすることだけはしてはならない。
「ね、日曜日なんだけどさ」
「あ、半場から誘われてるんでしょ? いいわよ、優先しなさい」
「あ、ありがと、来週一緒に遊ぼうね」
とにかく私は唯一一緒に走れる朝の時間を大切にするだけ。
それで日曜日は急にお家に行って驚かせる、多分驚いてくれるはず。
ずっと待ってくれると言ってくれたのは凄く嬉しかったし。
「珠姫ちゃん、私は謙輔くんのことが好きだよ」
「知ってるわよ」
「す、すす、好きです、付き合ってくださいっ」
「落ち着きなさい、いまから緊張してどうするのよ」
「すぅ、ふぅ……が、我慢できなくなったら私から言うっ」
こちらは自覚しているのだから積極的にいくだけ。
女版幡中くんのようなものだ、たった2年ぐらいだけどずっと好きだから。
恐らく彼の私のイメージは走るのが大好きな女ぐらいでしかないはず。
それって逆に好都合だと思う、なぜならより驚かせることができるから。
ハロウィンじゃないんだから驚かせてばかりでも意味ないけどねと苦笑したけど。
「ちなみに、あたしも幡中に告白しようとした時はあったのよ」
「え、いつ?」
「昔、でも告白してほしかった、女ならやっぱりそうじゃない?」
「私は我慢できないから自分からしちゃってもいいかも」
「嘘つき、いままでずっとなにもしてこなかったくせに」
ずっとあったのは陸上部に入りたいという気持ちだった。
だって部活動を頑張っていたらまた大会に来てくれていたかもしれない。
珠姫ちゃんは辞めちゃったけど、また戻ってきてくれるかもしれないと思ったから。
でも、勇気が出なかった、大好きで走っているだけなのに悪口を言われるのが嫌で。
なのに、三好先輩と謙輔くんに言われたらあっという間にどうでもよくなってしまったということになる。とにかく自分は単純だということが分かった。
走ることが好きだ、それと同じぐらい彼のことも好きになってしまったのだ。
「頑張りなさい」
「うんっ」
怪我をしていなければうんと走った後に告白するんだけどな。
それはできないから勇気を出して日曜日に言おうと決めたのだった。