05
日曜日。
俺はやたらとそわそわとしつつも日課であるランニングを終えた。
朝の9時までのんびりして外に出る、珍しく約束があるから仕方がない。
「お待たせ」
「お、おう」
な、なんか女子って感じの服着てきてんな。
褒めるべきなのか? いや、なんか言われても嫌だしな……。
「に、似合ってるな」
「服? ありがとう」
内の彼女のイメージを更新しておこう。
なんてことはない、ただ店に行って帰ってくるだけ。
だが、なんか珍しく髪を結っていたりして意識してしまうのが痛いところ。
「……で、なにを買いたいんだ?」
「あー……」
「え?」
「ただ見たいだけなんだ」
「はは、まあそれでもいいぞ」
たまにはこういう休日も悪くない。
走る以外はだらだらしているぐらいしかやることがないから。
つか何気に走る以外で一緒にいるの初めてじゃねえか?
やべえ、もう今日はなにもかも駄目だ、こういう時にこそ来てくれ幡中、蓬田!
「いいなあ、ウェアとか欲しいな」
「高えぞ?」
「うん、でも結構汗をかくから枚数も欲しいし」
残念、買えるような金はないし、買ってやるような仲でもないんだよな。
余宮は商品が変わる度に○○が欲しいんだよねと口にしていた。
思考が完全に金持ちタイプのそれ、取り出した財布も豪華そうだし色々格差を感じる1日に。
「あとはシューズかな」
「いっぱい持ってそうだな」
「天候に合わせたりもするよ」
絶望的なまでに分からないレベルなので黙って付いていることにした。
幸い、わあとかへえとか珍しくテンションが高い彼女を見ていたら全く飽きはこず。
問題だったのは見ているだけで3時間も過ごすことになったこと。
女子との買い物は荷物持ちだけじゃなかったな、長時間も耐えなければならない。
「あ、ごめんね、長くいちゃって」
「気にするな、好きなだけいればいい」
「いや、もう帰るよ、その前に数点買ってからだけど」
買うんかい!
会計を終えたみたいなので持ってやることにする。
なんかこういうのが……非モテに繋がるのかもしれない。
荷物を持ってあげれば好印象みたいな願望があった。
いやでも理想みたいなものではあるから気にしないでおいたが。
「お腹空いたね」
「だな」
余宮なら「だから解散しよ」とか言い出しかねない。
俺もなんだか落ち着かないから正直に言ってそれでも良かった。
しかも眠てえし、女子と出かけるぐらいで落ち着かなくなるとか童貞かよ……童貞だけどよ。
「危ないよ」
「悪い……」
いまなにか食ったらまず間違いなく夢の世界に旅立つ。
「解散するか」
「え」
「いや、用も済んだだろ?」
途中で寝るぐらいなら帰った方が余宮もいいと思うだろうし。
「やだ……せっかくお出かけしてるんだからまだいたいよ」
なんでこういう時に限ってそういうことを言ってしまうのか。
「なら飲食店にでも行くか」
「うんっ」
余宮はラーメン屋に行きたかったらしいので近くの店に入る。
いいよなラーメンは、滅茶苦茶美味いもんな。
眠気とか忘れて過ごせるもんな――と、食べ終えるまでは考えていたのだが。
食べ終わって近くのベンチに座った途端に一気にきて多分寝た。
どれぐらい経ってからかは分からないが起きたら余宮も寝ていたということになる。
「風邪引くだろ……」
新品のそれに触れるのは気が引けるから上着をかけておく。
つか俺、今日もジャージで来たが失敗だっただろうか。
デートではないのだから問題ない? いやでもこいつはなんかお洒落してきているのに……。
「ん……あ、おはよ」
「こんにちは、だけどな」
さて、これからどうするか。
流石にもう満足して帰るとか言い出すかね。
それか走りたいとか言う可能性もなくはない。
「これ……」
「風邪を引かれても嫌だからな」
申し訳ない気持ちになってすぐに受け取ったよ。
分からねえ、どういう風に対応したらいいのかが。
どういうつもりで今日誘ったのかが分からないからというのもある。
「この後はどうする?」
「余宮に任せる、そもそもこの話をしてきたのは余宮だからな」
「えと……それならお家に行きたい」
「は」
「半場くんもゆっくり寝られていいでしょ?」
あ、そういう、元々こうして他人思いの人間なんだろうな。
そういうことならと家に連れて行くことにした、なにがあるというわけではないから気楽でいい。
「ただいま」
母もいるから余計にいい。
そわそわ感もいつの間にか消えていて、いつもの俺らしくいられている気がした。
「お兄ちゃんお兄ちゃん」
「由佳か、どうした? というか母さんは?」
母はどうやら昼寝中みたいだ、由佳がいてくれて助かったことになる。
「なんで瑶先輩を連れてきたの?」
「眠いから帰ってきたんだ」
「ちゃんと答えて」
「……別になにもねえよ、余宮も休みたかったんだろ」
いつの間にか名前呼びになっている妹様。
余宮も特別気にしている風は出していないから女子はすごいなと思った。
「ふぅ」
走ることよりも今日のそれは疲れた。
そう何度もできることじゃない、自分から進んで付き合いたくなるレベルではない。
ま、先程も考えたが余宮が楽しそうだったから良かった。
「なるほど、瑶先輩の用があったと」
「つまらねえ……」
「お兄ちゃんも名前で呼んだら? それじゃあ勉強してきます!」
あ、あいつ……最後に余計な物を残していきやがって。
「別に呼ばないから安心しろよ」
「なんで?」
「なんでってそりゃ……お前、俺のこと嫌いっていうか……嫌っつうか」
相変わらず学校では話しかけてこないし。
だから今日のそれが余計に分からなくなるわけだ。
なにが悪いかも分からない、細かく説明してくれなければ俺にはとても。
「お、おい、余宮?」
「……だって、誤解されてるなと思って」
「じゃあ嫌いではないのか?」
「当たり前だよ……嫌いなら一緒にお出かけしたいなんて思わないもん」
そりゃまあそうか、俺だって嫌いな人間と出かけたいとは思わない。
じゃあ結局学校で話してくれないのはなんなんだ、敷地外との違いは?
「は、半場くん」
「お、おう?」
この意味ありげな表情はなんだ。
いまそういうのは駄目だ、少なくとも俺の前ではしないでほしい。
「ああもう焦れったーい!」
「ひゃっ!?」
「おわっ!?」
が、妹の襲来によってなんとか気まずい思いをせずに済んだのだ。
「さっきは由佳が悪かったな」
「ううん、大丈夫だよ」
夕方頃、俺は余宮を家まで送った。
あれからは妹が来てくれて本当に助かった、感謝してもしきれない。
余宮もあれからは普通でいてくれたように思う。
走ることに関しての話題になった途端、もう全身からキラキラを溢れさせていたぐらいだ。
こいつの笑顔を見てるとなんだかほっとする、嫌われていないと分かるからだろうか。
「半場くん? 帰らないの?」
「……瑶、風邪引いたりするなよ、それじゃあな」
「うん、あ、今日はありがとね」
どういたしまして。
ふぅ、気づいてくれなくてラッキー。
きっと「よう」と挨拶をされたと思ったんだろうな。
そういうところが余宮らしい、走ること以外には興味ない――わけではないのか? 今日のを見ると。
「ただい――」
「なんで起こしてくれないの!」
帰宅したらいきなりヒステリックな母に絡まれた。
どうやら余宮が来ていたのに起こされなかったのが嫌だったらしい。
いやでもなあ、冷静に考えたらいきなり母と対面は嫌だろうしな。
「もう……これでもしあなたが一生モテないままだったら……」
「安心しろ、そのために由佳がいる!」
「安心できるわけないでしょう!」
「お、落ち着け落ち着け」
仮に挨拶をしたところで結果は変わらない。
それどころか俺の家にだって来づらくなるだろう、来るのかは分からないけれど。
母は「はぁ、誰のせいだと思っているのよ……」と呟きぺたりと床に座った。
いつもなら絶対にしないことだから驚いた、録画しておいた方がいいだろうか。
いや、やめておこう、そんなことをすれば家から居場所が失くなるからな。
「お、おはよう」
「おう、はよ」
走っていたら瑶と出くわした。
学校で使用しているものではなく某スポーツメーカーのジャージを着用している彼女。
「あんまり無茶するなよ? お前は部活もあるんだから」
「でも、走っていたくて」
「そうか……って、一緒に走ってもいいのか?」
「大丈夫、朝はゆっくり走るから」
ならわざわざ拒む必要もない。
俺も俺のペースで走ることに専念した。
今日は瑶の方が後ろを走っているため、少し気になるが気にしないようにする。
「ここら辺で折り返すか」
確認もせず∪ターンしようとしたのが失敗で、ガチコンと彼女とぶつかってしまった。
俺も彼女も尻もちをつく形になって、でも慌てて大丈夫かどうか確認に。
「だ、大丈夫かっ? 怪我は?」
「あ、怪我は大丈夫だよ」
「悪い、ちゃんと見ておけば良かったな……」
怪我なんてことになったら三好先輩や陸上部顧問に殺される。
単純に怪我されたくないというのもあった、……こちらの右足が痛くなっているとしても。
「本当に大丈夫か?」
「うん、ほら」
「ちょっと見ていいか? ……腫れてたりはしないな、なら良かった」
まだ油断はできないから学校でもちゃんと見ておかなければ。
隣に来てくれて助かった、こういう時のために移動してきてくれたのだと判断しておこう。
「瑶、先に帰っててくれ」
「……なんで?」
「ちょっと疲れてな、学校で会おうぜ」
「わ、分かった、気をつけてね」
「お前もな」
確認してみた結果そんなでもないことが分かった。
それでも無茶はせずにゆっくりと帰って、後はいつもと同じ。
ちくしょう、自爆ならともかく頑張っている瑶にぶつかったのは最悪だ。
「はよー」
「おう」
学校手前で幡中と出会って一緒に行くことになった。
奴が来ると必ず蓬田も現れるということで3人で中へと移動する。
「は、半場くん」
「足は大丈夫か?」
「うん、それは大丈夫だよ」
大丈夫、こちらもなんてことはない。
だからそんなに不安そうな顔をしないでいただきたい。
蓬田に聞かれた瑶が事情を話したことで幡中にも情報が入る。
「で、お前は無理しているのか」
「は?」
ふたりが入ったのに教室に入らねえからなんだと思ったら訳の分からねえことを。
「なにもねえよ」
「なら飛んでみ?」
「ほら、ぐっ――お前、握るなよ……」
いまので大分悪くなったんじゃねえのか……。
「保健室に行くぞ、それで冷やせ」
「さっき冷水で冷やしたから大丈夫だって」
余計なことをして不安にさせたくはない。
しかも俺が確認しないでぶつかったんだから俺が悪い。
相手は常に努力し、正にそれで戦う人間。
怪我がなかったからいいとはならないのが今回のこれだ。
無理している可能性だってある、いまは少しでも瑶から離れたくない。
「大丈夫だ、戻ろうぜ」
「……分かったよ」
一応、この幡中と蓬田にも見ておいてもらうことにする。
幸いすぐに了承してくれて助かった、おまけに誤魔化してくれたしいい友だと思う。
「あっ」
「ん?」
「手の平、怪我してるよ」
「ああ、なんてことはねえよ、それより悪かったな」
「い、いや……」
「お前がそんな顔するな」
悪いのは俺なんだから。
おまけにこれぐらいなんてことはねえよ。
それでも不安そうな表情から変わらない。
このまま放課後までそのままにして部活に行かせるのはそれこそ駄目だ。
「瑶、俺は大丈夫だから!」
「……ほんと?」
「ああ、大丈夫だ! これだけ飛んでもなにも痛くねえしな!」
予想通り、跳ねても変わらない。
少し安心できたのか涙目で「良かった」と呟く瑶の頭を撫でておいた。
伝わってくれればいい、文句なら後で言ってくれればいい。
「まったく、心配性過ぎて困るぜ」
結局放課後までいつも通りに戻ってくれることはなかった。
が、三好先輩が来て「行くぞ」と言った瞬間に戻ったのは彼女らしくていいと思う。
試しに見学に行ったがかばっているようなことはなくて安心できたし。
「お前馬鹿だな」
「なんだよ急に……」
完全に俺が原因なんだから不安にさせないよう行動して当然だろう。
「足、見せてみろ」
「別になんともねえ――だから掴むなって」
「今月はもう走るな、この馬鹿」
「馬鹿馬鹿言うな、蓬田が待ってるぞ」
俺だってそんな馬鹿じゃないから走ったりはしない。
こういうのは軽いからって舐めていると重症化する。
それだけは嫌だった、流石に瑶が怪我してないなら俺はどうなってもいいなんて言えない。
「余宮から聞いた、今朝接触したんだって?」
「三好先輩まで……」
先程まで向こうにいたのにどうやったんだ?
「俺が確認もせず小回りに∪ターンしたせいで瑶にぶつかってしまいまして……」
「余宮は自分が見ていなかったからだと口にしていたけど」
「違います、全部俺が悪いんです」
怪我した際のデメリットのレベルが違いすぎるから。
最悪俺は我慢すればいいだけだが、彼女の場合は怪我が酷ければ来年までできないとかの可能性だってあったわけだ。怖え、いまさらになって冷や汗が出てきている。
「それで幡中はどうして半場の足を確認していたんだ?」
「こいつの方が怪我してるんですよ」
「怪我? 見せて」
ああもう、なんてことはねえのに余計なことするせいで問題が発生するかもしれない。
仮にこんなんで騒いでみろ、根性が足りないと言われて笑われるだけだろうに。
「もしかして負担をかけたりした?」
「え? あ、いえ、なにもしていませんよ」
「余宮さんが不安にならないようにぴょんぴょん跳ねてたりしましたよ」
くそ幡中ぁ!
蓬田と仲良くしておけばいいのに来やがってっ。
「半場、ちょっと付いてきて」
「は、はい……」
連れて行かれたのは保健室だった。
そこで足を冷やされたわけだが、なぜか朝より痛いような気がする。
「半場、今月は走るの禁止ね」
「はい、分かっていますよ」
「それと、余宮を不安にさせないようにしたのは男の子らしくていいけど、だからって跳ねたりするのはだめ、舐めてたら治るまでに相当な時間がかかっちゃうから」
「すみません。でも、俺が悪いですから……三好先輩はあいつに怪我がないか見ておいてください」
「うん、それは任せて」
さあ、さっさと帰って大人しくしておこう。
「あ、三好先輩っ」
「どうしたの?」
「いえ……あの、半場くんになにかあったんですか?」
「なんにもないから部活に戻って」
「わ、分かりました……」
俺も大丈夫だと言って校門から出た。
「半場、大丈夫?」
「はい、ありがとうございました」
やべえ、走りたくて仕方がない。
でも、ここで焦ったりしたら駄目だ、ゆっくり家に帰る。
物凄く時間が焦れったい時間を過ごすことになりそうだ。
「ただいま」
「あ、謙輔さん」
「よう」
こいつは勉学も恋愛も成功させていて格好いいな、なかなかできることじゃない。
真似をしたところで追いつけない、なんとなく由佳が好きになったのがこいつで良かったと思った。
「由佳は?」
「リビングにいますよ、謙輔さんも来てください」
「悪い、俺は部屋に行くわ」
精神的に疲れた。
いまでも無理しているんじゃないかって不安になってくる。
あいつがあんな顔をするからだ、こういう時こそ責めてくれればいいのに。