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01

 唐突だが俺は走るのが好きだ。

 理由は単純にじっとしているのが嫌いだからである。

 できれば座ったりしてないで動いていたい、それが俺の生き方だった。

 だが、


「あいつまたいるのか……」


 どれだけ時間帯を変えても合わせてくる女がいる。

 しかも同じ学年、同じクラスで、隣同士で。

 それなのに教室で話しかけてくることはないという不思議なやつ。

 単なる俺の妄想なら良かったのだが、1日後には必ず合わせてくるから普通に怖い。

 走る場所だって何度も変えたのにっ、あいつはしつこく何度もぉっ。


「おいお前っ」

「わぁ、びっくりしたー」


 びっくりしてねえだろそれ!


「余宮よう! どうしてお前はここを走っている!」

「え、それは家から近いからだよ」

「嘘つけ! 10キロぐらい離れてるんだぞ!」


 ただ動いていたいだけでマラソン選手になりたいわけじゃないんだ。

 できるなら自宅付近で終えられる方がいい、なにかがあった時とかに帰りやすくなるし。

 余宮は俺を見ながら「え、家知られてるの怖いなー」と全然怖いと感じてなさそうな声をあげた。


「ほら見ろ、変に距離を変えているせいで犬がヘロヘロじゃねえか」

「え、走るの好きだから大丈夫だよ」


 これはもう真面目に取り合うだけ無駄だ。

 俺は気にせずに帰るとする、が、のんびしている感じのくせに追随してきた。


「速えなお前」

「うん、中学生の時は陸上部だったから」

「だが犬が駄目そうだぞ?」

「大丈夫、抱えながら走れるよー」


 やっぱり真剣にやっていた人間は違うとわかった。

 こちらはただの時間つぶしとじっとしていたくないだけだからなあと。


「ふぅ、今日も無事に帰ってこられたな」

「そうだねえ」


 待て、俺はどうして自然とこいつといるんだ。


「余宮、お前本当に偶然なんだな?」

「うん、走るのが好きだから結構遠くまで行ってたら半場くんもいたってだけ」

「そうか、なら疑って悪かったな」

「別にいいよ、それじゃあねー」


 こっちもシャワーを浴びてさっさと行かないと。

 それで学校にやって来た俺。


「よう」

「…………」


 そう、やはりこいつは教室だと頑なに話そうとしない。

 俺が席に座ってから他の人間が来たりしたがそいつらには反応していた。

 もしかして嫌われているのかと微妙な気持ちに、誰だって嫌われたくなんかないからな。


謙輔けんすけ

「よう、どうした?」

「お前余宮さんに無視されてやんのっ、あっはっは!」


 いきなり煽り全開とはやってくれるじゃないか。

 だからって特になにかをすることはしない。

 無視されているのは本当のことだ、しかも俺だけな。

 そういう特別は望んでいなかったんだけどなあ、なんでかなあ。


「お前なにかしちゃったのか?」

「分からない、最初からずっとこうだからな」

「ふぅん、余宮さん!」

「なあに?」


 ぐっ、なんでこんなチャラそうな奴には返事するんだよ余宮っ。

 変に返事をしてしまったことで奴を余計に調子に乗らせた。

 HRまで時間があるから教室から出ることにする。

 あいつのことは嫌いではないが声が大きいのが気になるところだ。

 あの距離なんだからもう少し静かに話してもいい。


「あ、半場先輩!」

「よう、3階に用でもあるのか?」


 こいつは先程の失礼な男の友達だ。

 が、会う機会が多いので俺達も友達みたいになっているというのが現状。


「はい、幡中先輩に用がありまして」

「あいつなら教室にいるぞ」

「ありがとうございます」


 校舎内を歩くのは好きだ。

 大抵の生徒は教室にいるから静かでいいし。

 なによりじっとしていなくて済む、そこが学校の好きなところ。

 雨が降っていても濡れる心配がないのも良かった。


「珍しいじゃない」

「そっちこそ、こんな暗いところでなにやってんだ?」


 こいつは余宮の友達だ。

 いつも一緒にいるから余宮と友達だと判断してもいいだろう。

 つかあれだけ一緒にいて友達じゃなかったら友達とはどうやって作れるのかと不安になるね。


「私、暗いところが好きなのよね」

「なんからしくないな」

「は? あんたはあたしのことなんてなにも知らないでしょ」

「いや、余宮とかと楽しそうに話しているやつの口から吐かれるにしてはな」


 ちなみに幡中の友でもあるからでもあった。

 それで普段ふたりでやかましくやっているからお似合いカップルとまで言われるぐらいなのに。

 幡中でも誘っておけば暗くならなくて済むかもなと想像する。


「で? あんたはいつもの癖?」

「だな、時間があると動いていたくなるんだよ」

「動物みたいね」

「人間も動物だからな」


 彼女――蓬田の横に立つ。

 ここはただの渡り廊下ではあるがなかなかに寂しい光景だった。

 今日みたいな曇の日だと尚更そう思う、こんなところを好んでいる彼女の気持ちが分からない。


「なあ、余宮ってどんな人間だ?」

「驚いた、まさか瑶に興味があるの?」

「いや、俺だけ無視されてるからさ、どうしたら無視されなくなるのかなって」


 行動が異常すぎる。

 もし嫌なのであれば外で話そうとはしないだろう。

 あの様子を見れば照れているというわけではないだろうし、このままでは気持ち悪いままだ。


「あの子はあんたと同じで体を動かすのが好きよ、犬が疲れてしまうぐらいにはね」


 だろうな、あれは単純に犬の体力不足というだけで片付けられることではない。

 息切れすらしないで俺に付いてくるスタミナや速さがある、しかも話しながらも走れると。


「お前も同じで陸上部だったよな?」

「私は短距離だから、長距離を好き好んで走る人間の気持ちは分からないわ」

「俺、応援に行ったことあるけどさ、あいつあれだけ走っておきながら笑顔だったもんな」

「そうそう、頭のネジが外れてるのよ」


 高校では陸上部に所属していないのに全く衰えていない。

 やはり俺の勘違いだったのかもしれないな、あいつは距離が足りなすぎて稼いでいただけなんだ。

 かなり恥ずかしいことを口にしてしまった、自意識過剰だから教室では反応したくないんだな。


「つか、なんでひとりなんだ?」

「たまにはひとりでいたい時もあるのよ」

「そうか、ならもう戻るわ」

「あたしも戻るわよ、HRが始まってしまうからね」


 なら一緒に戻ればいいのにさっさと走って行ってしまった。

 なんか俺って嫌われてんなあ、返事をしてくれるだけまだ蓬田はマシだが。

 変に勘違いしたりせずに謙虚に生きようと決めたのだった。




 休日の過ごし方もあまり変わらない。

 朝の5時ぐらいに起きて色々自由に走っていく。

 ペースは普通でいい、速さを競っているわけではないから自分に合ったそれでいい。


「あ、半場くんだ」

「よう」

「うん、よー」


 今日は余宮単独のようだ。

 なんか自然に付いてきたので一緒に走ることにした。

 それで分かったことだが、こいつは全然汗をかかないことが分かった。

 それってどうなんだ? 熱を発散できないと調子が狂いそうなものだが。


「あ、ちょっと待って」

「おう」


 靴紐がほどけたみたいなので足を止めた。

 俺はその間に飲み物を購入して余宮に渡す。

 せめて水分補給はしっかりさせておかないとな。


「ありがとー」

「ちょっと休憩するか」

「そうだねー」


 外ではこうして普通に話してくれるんだがなあ。

 こういうことを繰り返されると嫌われている説が高まるので勘弁してほしい。


「なあ……」

「ん?」

「いや、これからまだ走るのにペットボトルを選んだのは間違いだったなって」

「大丈夫だよ、寧ろ重りとかがあった方がいいし」


 怖いなこいつ、笑顔で言いやがって。

 もう一種の変態だった、走りすぎて頭がおかしくなっているのかもしれない。

 つか、なんで幡中には返事するのに俺の時はなんだ無視なんだ? と聞けなかった。

 仮にそれを聞いたことで改めて直接否定されたら消えたくなるし。

 とりあえず目的は仲良くすることではなく走ることだ。

 俺はすぐに分かったね、かなり手加減をしてくれていることに。

 結構走っているというのに俺の横をぴったり元気良く走っている余宮。


「俺はもうこれで終わる」

「そうなの? それじゃあ私はもうちょっと走ろうかな」

「気をつけろよ」


 あいつが元陸上部だからとか、俺の目的は体を動かすことだからとか。

 そういう言い訳をしようとしている自分が酷くださいと思った。

 いや、女という生き物を自然と下に見ていたのかもしれない。

 だからこそ女に負けて悔しいと感じている、それが情けないことだと分かっておきながら。


「にゃー」

「おわっ?」

「やっぱり私も帰るよ」

「そうか、帰りは歩きだけどな」

「いいよーそれで」


 クラス全員の人間と話さないとかであれば安心できたんだが。

 が、実際は違って彼女は仲良く話せる人間がたくさんいるわけだ。


「私、ひとりで走るより誰かと走れる方が好きなんだ」

「俺は自分のペースで走れるからひとりの方がいいな」

「そう思っているだろうからと合わせてみたけど」

「自分のペースで走った方がいい、合わせるのは疲れるからな」


 実力差が歴然としすぎだろう。

 これだったらまだ60~70代のおじいさんと走った方が効率的だ。

 あの人達はずっと走っていたりするからな、どこにそれだけのスタミナがあるのかと気になるぐらい。怪我に気をつけろとか、ちゃんと水分補給をしろよーなんて偉そうに内心で考えたりもする。


「さすがに知らない人とは怖くて走れないから」

「陸上の時はそういうものだっただろ?」

「半場くんと走るの好きだから」


 本当の意味で一緒に走ったのは昨日が初めてだけどな。

 なるほど、それで自然と同じようなルートを選んでいたということか。

 俺もスタミナさえあれば誰かと走ることを選択する、かもしれない。

 それでもいくら努力したって真面目にやってきた人間には勝てない。

 余宮には才能があるのだ、それがどうして帰宅部をやっているのかは分からなかった。


「余宮、なんで陸上部に入らなかったんだ?」


 うちの高校の陸上部は結構本格的にやっていて強い。

 必ずなにかしらの種目で県大会には行くぐらいのレベルだ。


「……悪く言われるのやだ」


 そういうことか。

 だから走っている時間だけは楽しくて笑顔だったと。


「悪い」

「ううん」


 そもそも大事なのはそこじゃない。

 なぜ俺には反応してくれないのかということだろ。


「余宮、お前なんで教室では――」

「あ、にゃんこ」


 ちくしょう、可愛いじゃねえか猫。

 黒色だけどこちらを発見するやいなや近づいて来てくれた。

 そいつを可愛がる余宮と、物凄く複雑な気持ちに襲われている俺という構図。


「あんたなにやってんの?」

「ただ猫を見ていただけだ」

「嘘つき、瑶を見ていたんでしょ?」


 いきなり来ていきなりな物言いだ。

 あ、いや、間違ってねえか、猫を見ているということはつまりそういうことだ。


「連れてきてくれてありがと」

「なにか約束があったのか?」

「まあね、午前7時から会おうとか言っておきながらこれだからね」


 ああ、なんからしいな。

 走ること以外はかなりマイペースなやつっぽいから。

 周りがまだいてくれているのは優しいからだ、それかもしくは人の良さを見ているのか。


「瑶、猫を愛でてないで行くわよ」

「半場くんも連れて行く」

「というか、そもそもどこに行くつもりだったのよ?」

「山だよ、走りたかったの」


 無尽蔵すぎる、先程まで走っていましたが。

 あまりにも手加減しすぎていてつまらないということなのか?

 だったら仮に悪く言われても糞程走れる陸上部に所属しておけよこいつ。


「はぁ? なんで陸上部を辞めたのにまだ走らなければなんないのよ」

「楽しいから、走れば楽しさに気づけるよ」

「分かったわよ。半場、あんたも付き合いなさい」

「まあすることもなかったからいいけどよ」


 なんでだろうな、敢えて1番遠い場所を選択しなくてもいいのに。

 短距離選手だったとはいえ俺より体力のある蓬田も先程から口数が少なくなっていた。

 俺の横をまたもや律儀に走っている余宮だけだ、楽しそうなのは。


「は、半場……せ、背負いなさいよ」

「別にいいが、触れてもいいのか?」

「いいから背負いなさい……」


 帰り道のことを一切計算していないからできることだった。

 帰る時は置いていってほしいと思う、日付が変わるまでには必ず帰ろう。


「お前軽くね? ちゃんと食った方がいいぞ」

「動いてないのに食べてたら太るじゃない」

「と言っても体育とかあるだろ?」

「いいから前を見て走りなさい」


 目的地には午前10時頃には着いた。

 結構苦しい状況なのに余宮は「楽しかったねえ」なんて吐いている。

 俺は別の物を吐き出したいぐらいだというのに、本当に化け物だなこいつ。


「半場くん、帰りは私が珠姫たまきちゃんを背負うから」

「頼むわ、あと先に帰ってくれ」


 俺はもうしんどい……ここで終わりだ。

 午後17時ぐらいまで休憩してからでないと動きたくない。

 いい意味で陸上馬鹿の彼女には勝てない、いくら蓬田が軽くても大変なことには変わらない。


「はぁ、綺麗な空をしていやがる」


 地面に寝転がって足を伸ばしたらかなり楽になった。

 俺は蓬田と違って先に走っていたからな、これぐらいのご褒美がないとな。


「私もー」

「汚れるぞ?」

「大丈夫、休憩する時は思い切りした方がいいから」


 ああ、俺の腹の上に蓬田が正座していること以外はいい時間だ。

 このままここで寝られたらと心底思う、貴重品とかも持っていないから困らないし。

 問題があるとすれば虫だな、そのかわりに静かでいい場所ではあるが。


「半場、あんたすごいじゃない」

「違う、すごいのは余宮だ」

「いやいや、瑶が合わせていたのは本当だけど最後まで走れたじゃない」

「だったらお前らがいてくれたパワーなのかもな、ひとりだとどうしても甘さが出るしな」


 余宮の言いたかったことが分かった気がした。

 確かに誰かがいると違う、ペースのことに意識を向けなければ楽しくていい。


「私もふたりと走れたから楽しかったよ」

「帰りもあるけれどね……はぁ」

「それな、はぁだよ全く」


 だが、流石に距離だけは考えてほしいと思ったのだった。




 今日は朝から雨のようだ。

 それでも気にせずに走って学校へ向かう。

 流石に余宮とは会わなかった、あの犬だって雨の時に走るのは嫌だろうしな。


「はよー」

「おう」


 まあ余宮と話せなくてもこのやかましいのがいてくれる。

 最悪、蓬田だっていてくれるから気にしなくてもいい。

 ま、問題なのは蓬田&幡中が盛り上がりすぎることか。

 いい点は雨の日でも暗くならずに済むというところだな。

 授業が大変ということもない、雨が降っている以外は特に変わらない1日。

 昼になったら飯を食った後に歩くことは忘れずにした。


「あ、そういうことか」


 ここを蓬田が気に入っていた理由もなんとなくわかった。

 そりゃ細かいところまでは違うだろうが、俺にとっては変わらない光景で落ち着く。

 だから珍しく留まってぼうと眺めてしまった。

 ぽたぽたと屋根に当たって音を発生させている水滴や、目の前の薄暗さが心地いい。


「……やべ、なんか眠くなってくるな」


 さっさと動いて教室に戻ろう。

 俺はやたらと遠回りをして教室に戻った。

 これだとまるで教室に居場所がないみたいだが、決してそんなことはない。

 やかましい連中と残りの時間も過ごして放課後になったらまた走って。


「ほら、食べろ」

「うん」


 帰ったら妹のために飯を作ってのんびりする。


「お兄ちゃん、これ味が濃い」

「悪い、次からは薄くするわ」

「うん、でもいつもありがとね」

「ああ、これぐらいはな」


 これをするのは週に1度だけだ。

 それ以外の日は専業主婦の母がしてくれる。

 妹も母が作ってくれた飯の方がいいだろう、単純に母自体が大好きだからな。


「そういえば今度、班で調べ物をするんだけどさ」

「ああ」

「なんか先生が男女混合じゃなければだめだって言うんだよね」


 で、好きな男子を誘いたいが恥ずかしいらしい。

 友達がたくさんいるらしくて迷惑じゃないかと気にしているそうな。


「いいじゃねえか、誘ってみようぜ」

「うん……誘ってみる」

「それで無理なら仲がいい女子でも誘って男子はまあ……適当でいいだろ」


 ただし話が通じなさそうな人間は駄目だ。

 雰囲気を悪くするだけの奴とかはな、調べ物なんかの時には必ず邪魔になるから。

 にしても妹に好きな男ねえ、上手くいったら全然帰ってこなくなりそうだな。


「あーあ、お兄ちゃんがいてくれれば楽なのに」

「俺もいたいぐらいだ、そいつをチェックしないとな」

「それなら今度連れてくるよ」


 その勇気があるのなら班に誘うぐらいなんてことはないだろ。

 妹は受験勉強をしてくると残してリビングから出ていった。

 妹に代わるかのように帰ってきた母にも作っていた飯を温めてやる。


「はぁ……」

「どうした?」

「……あなたには関係のないことよ」

「そりゃそうだろうけどさ、可愛い息子が聞いてやってるんだからさ」

「それなら人間関係で悩んでいる私の代わりに解決してくれるの?」

「いえ、すみませんでした」


 珍しいな、母がそんなことで悩むなんて。

 基本的になんでも真っ直ぐに立ち向かうタイプだからなのか?


「私が既婚者だと分かっておきながらそういうつもりで近づいて来る人がいるのよ、たった週に1度しか働いていない女に……はぁ、職場にはもっと若くて可愛い子がいるのよ?」

「あー、なんか付き合っている人の方がモテるとかって聞いたことあるな」


 幡中なんかがそうだ。

 あいつは1度、後輩の女子と付き合っていたがその時は女子が群がっていた。

 結局それが不安だかで長続きしなかったけどな。


「勘弁してほしいわよ……そのせいで媚を売っているとか言われるし……」

「まあ、とりあえず飯食えよ」

「そうね、あなたの味付けは濃いわね」

「可愛くねえ……」

「そんなこと分かっているわ、この歳で可愛いなんて自惚れていたら気持ち悪いでしょう」


 そうじゃねえ、なんでも正論言えばいいというわけじゃないだけだ。

 ま、それが母の生き方なのだから特に言わずに風呂にでも入ることにした。

 

「はぁ……」


 俺も同じように人間関係で悩んでいるから困ってるんだよな。

 それこそ母に相談しても意味のないことだ、言ったって解決してもらえるわけじゃない。

 時間が解決してくれるというわけでもなさそうだ、つまり積極的に動くしかない。

 が、そこまでして教室で話したいというわけでもない、無視されるのは嫌というだけで。

 

「半場くん」

「い゛……」


 窓をちょっと開けていたのが悪かったか。

 いやそれにしても躊躇なく開けるのが凄え。

 仮に俺じゃなかったらどうするつもりだったんだ。


「お風呂から出たら外に来て」

「お、お前……不法侵入だぞ」


 とにかくさっさと出て外に向かおう。

 にしてもあいつ、傘もささないでなにやってるんだか……。


「お前なあ、風呂場の窓を開けるんじゃねえよ」

「インターホンを鳴らすのは緊張するから」


 いや、ほぼ側面にまで回って風呂場の窓開ける方が緊張するだろ。


「で?」

「もしかして今日も走った?」

「おう、朝とさっきにな」


 話が終了。

 特になにもなかったようだ、しょうがないから傘を渡して帰らせておいた。




 あんなことをしても学校ではやはり黙りだ。

 ふたりきりでないと話せないということもないのになぜだ……。

 こうなったら意地でも話してえ、どうすればそれができるようになる?


「蓬田、ちょっといいか?」

「いまは無理よ、あの馬鹿を止めなければならないからね」

「そこをなんとか頼む」

「だったらあんたが幡中を止めなさい」


 暴れている奴の首根っこを掴んで連れてくる。

 これでいいかと視線で聞いたら「ま、いいわ」と答えてくれた。

 俺に掴まれたままでいる幡中はずっと暴れていたけどな、ついでに連れて行くことにする。


「は? 余宮さんと話したい?」

「ああ、俺だけ無視されているのは嫌でな」

「本人に言えばいいだろ? 外にいる時は普通に喋れてるんだから」

「言ったところで届かねえよ、だからお前らに頼るしかないんだ」


 あいつは凄まじいメンタルも備わっているから驚かすという作戦も不可能だ。

 第一、俺は驚かせたいのではなく普通に会話したいだけ、それではなんの意味もない。


「そこが私も不思議なのよね」

「余宮さんが謙輔と話さないこと?」

「そうよ、だって先程あんたも言ったように外では普通に会話できるのよ? なんなら気に入っていて同じところを走ったりするぐらいなんだから」

「それだと恥ずかしいってこともないだろうしな、謙輔がなにかやらかしたってこともないな」

「実際、あの子はよく分からないところもあるけれどね」


 ここで他人任せにしてしまうから届かないのか?

 だが、無理やりしつこく話しかけたらきっと余宮も頑なになる。


「珠姫ちゃん」

「あんた寝てたんじゃなかったの?」

「みんなで出ていったのが雰囲気で分かったから。――ん? 幡中くんどうしたの?」

「いや……ちょっと蓬田さんに用があってさ」


 蓬田に話しかけるのは分かる、恐らく友達というか親友レベルだから。

 なぜ幡中には話しかけるのかということだ、女子は派手な男が好きなのか?


「そうなんだ、だったら教室で話せばいいのに」

「余宮さんが寝てたからかな」

「ありがとう、でも大丈夫だよ」


 このパターンは知っている。

 俺もって乗って話しかけたらスルーされてふたりに笑われるのがオチ。

 意地でも話したいと言ったって、相手が取り合ってくれなければなんも意味がない。


「蓬田、幡中、話を聞いてくれてありがとな」

「別に礼なんかいいわよ」

「だな、特になにもできてないわけだし」


 こういう時は歩こう。

 このままの気持ちで授業を受けたくない。

 くそ、できることなら走りたいぐらいなんだがな。


「謙輔、あのままでいいのかよ?」

「ああ、どうせスタンスを貫かれて終わりだからな」

「なんでだろうな」

「分からねえ」


 そもそも同じクラスになったのだって初めてだ。

 中学生時代から知ってはいたが、ずっと縁はなかった。

 大会に応援に行ったのだって幡中に誘われたからだ、「蓬田さんが出るから」と。

 そこで余宮が異常さを見せつけてくれたことになる。

 10000メートルを走った後に笑顔ってな、会場もざわついていた。


「矛盾しているよな、外でも話してないのであれば嫌われているで片付けられるのに」

「それな。その点お前はいいよな、蓬田と順調に仲良くなってて」

「ずっと片思いだけどな」


 さっさと告白してしまえばいいのに。

 蓬田だってなんだかんだで付き合うんだからお似合いのふたりだ。


「蓬田さんは他の男子といることも多いからな」

「だからなんだよ、積極的に行動すればいいだろ」

「簡単に言うなよ、お前だって積極的になれなくていま困っているんだろうが」

「俺のこれはちげえよ、恋愛感情なんて中に一切ない」

「別に恋の話はしてないんですが?」

「もう戻れよ、蓬田と一緒にいればいいだろ」


 どうせ休み時間だって短いんだから俺も戻らなければならないし。

 教室前に戻ったら余宮が立っていた。

 スルーして教室に入ろうとしたら通せんぼされて通れず。


「……なんだよ?」


 他の人間の迷惑になるから無理やり横に移動させたけどな。

 しゃがむようにジェスチャーしてからしゃがんだら頭を撫でられた。

 おかしい、俺はそこまで子どもじゃないぞ。

 それかもしかして、話せなくて寂しいとか考えているのか?


「ふっ、撫でるなら男から女にだろ」

「――っ!」


 馬鹿な男が俺だった。

 側にいた幡中には笑われたが気にしない。


「ほら戻るぞ」


 後でたくさん聞いてみることにしよう。

 今日は雨が降っていないから走ることもできるから。

 そして走っている時だけは楽しそうにしてくれる。

 それでいいじゃねえか、俺にとってはそれだけで。

 消極的ではあるものの、そういう風に考えて行動しようと決めた。

 で、決めてからは特に気にならなくなった。

 放課後になったら出てくるまで昇降口のところで余宮を待つ――ようにしていたのだが。


「今日は走らないだって」

「そうなのか、ならひとりで走ってくるかな」


 残念、断られてしまい結局ひとりになってしまった。

 まあいい、焦ったってしょうがない。


「はっ、はっ」


 どれぐらい速いのか1回試してみたいと思った。

 あいつにはずっと手加減されたままだから実際のところが分からないのだ。

 どうせ走っているのなら作業的にやるのではなく目標を立ててその度に達成したい。


「待ちなさいっ」

「待て、お前には勝てねえよ!」


 短距離でいつも1番だった女だぞ!


「はははっ、あたしから逃げるなんて不可能なのよ!」

「どいつもこいつも部活辞めてから生き生きとしやがって!」


 残念だ、あっという間にちぎられてしまった。

 しかも後を追ったら悪魔みたいな笑みを浮かべてこちらを見てきやがるし。


「あ、瑶ならあそこにいるわよ」

「うずうずしちまったってことか、俺が走っているのを見て」

「ずっと追ってきていたのよ」

「ならさっさと言ってくれよ」


 無駄な勝負をする必要なかったじゃねえか。

 こいつにちぎられないようにするという目標を立ててもいいんだが……。

 もうちょいゆっくりと現実的な目標を見つけたいものだ。


「珠姫ちゃん、今日は先に帰ってて」

「分かったわ、元々録画していたアニメが見たかったからね」


 おい、ちょ、ま、ああ……行ってしまった。


「半場くん」

「おう……」


 さて、俺はなにを言われるんだかね。

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