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スランプと、忘れていた約束――

 IWB文庫大賞の締め切りまであと二十日間となった。

 本当ならバンバン書かねばならんのだが……俺はスランプに陥っていた。


 蔵前もさすがに毎晩うちに来るわけにもいかず、ある程度は俺の自主性に任されていったわけだが――どうにも執筆が捗らない。ちょっと書き進めては、書き直し、いっこうに進まない。


 もうこれ……間に合わないよな。IWBは難関だし、別の賞に応募したほうがいいんじゃないかという気持ちすら出てきてしまう。


 ワナビらしく、俺の意思は薄弱だった。

 そんな後ろ向きなことを思いながら、俺は放課後の部室でゴロゴロしている。


 ちなみに来未もすっかり部室に来ることが当たり前になっていて、昼休みに俺や妻恋先輩が購買のパンを買って持っていくことが恒例になっている。放課後には俺たちと駄弁って、帰りは一緒に帰ることになっていた(教師や生徒がうろついてる場合は、来未は裏のフェンスをよじのぼって俺たちと合流する)。

 それにしても、すっかりダラダラしてしまっている。

 末広兄妹の生活力は極めて低かった。


 一方、妻恋先輩は部室のデスクトップPCを使ってカタカタ執筆を進めていた。妻恋先輩はダメ兄妹と化した俺と来未にも「うん、無理してもいい小説は書けないから」とか言って、優しく甘やかしてれる。妻恋先輩が天使すぎて、そして自分が情けなさすぎて死にたくなる。


 と、そこで……ドアがガチャリと開いて、蔵前が部屋に入ってきた。ここのところ原稿の執筆が進んでいない俺としては顔を合わせづらい。


「先輩、合宿しましょう」

「……ん、ふぁぁ……ねむ……なんか言ったか?」


 俺はあくびをしながら、尋ね返した。


「合宿です! 合宿! がっ! しゅく! 執筆のための合宿をしましょう!」


 どうやら蔵前はまだ俺にIWB文庫に応募させる気でいるらしい。

 ……ふ、無駄なことを。見ろ、印税だなんだと一番騒いでいた来未なんぞはポテチを食いながら少女マンガ十三冊積んで読んでる状態だぞ! 末広家のダメ人間遺伝子を舐めないでもらおうか!


 ……ああ、ほんとだめだな、末広一家。滅亡だ。

 小説も書けば書くほど自分の才能のなさを痛感するし、身近に蔵前のような才能のあるやつがいると、俺に作家を目指す資格なんじゃないかと思えてくる。がんばって書いてもまた一次落ちになるかもしれないと思うと、筆も鈍る。


「…………やはり、俺には作家なんて無理なんだよ……お前の言うとおり、俺は年金未納で生活保護も断られて孤独死コースだな」


 ここのところほとんど書けないのに夜遅くまで粘ってた影響か、つい悲観的になってしまう。


「先輩、いつもの調子はどうしたんですか? 先輩らしくないですよ! ほら、書きましょうよ! 諦めたらそこで人生終了ですよ!」

「……おれはもう、だめだ……あとのことはたのんだ……がくっ」


 俺はコト切れる演技をしながら、ガックリと首を倒した。


「ちょっとぉ! まったく、だらしないなー! もっと気合入れて、根性で書きなさいよ! あんた、作家目指してるんでしょ!?」


 そして、来未は少女漫画から顔を上げながら、非難めいた声をあげてきた。さっさと書くのを諦めて堕落しているお前には言われたくない。


「……でも、ほんと、小説を仕事にするのって大変だよな……。書くのはメチャクチャ大変なのに売れるかどうかわらかない……売れなかったら努力も報われない……そりゃ、書くほうも心が折れるわ……苦労して書いた上に売れないとか、病むだろ、そりゃ……」


 すっかりネガティブ新次くんモードになってしまった。太宰治の書いた小説みたいに冒頭(生れて、すみません。)とか書いてしまいそうなレベル。まぁ……あの文言、太宰が考えた言葉じゃなかったらしいけど……。


「やっぱり、俺、作家になるの諦めようかな……」


 そう。才能がない人間がずっと続けることじゃないだろう。才能がない人間が夢を追いかけるから、苦しみが生まれるんじゃないだろうか? 


 分不相応な夢を見るから、辛いんじゃないだろうか? だから、諦めてしまえば――楽になれるんじゃないだろうか?


 いつまでも子供のような夢を見ていないで、別の人生を探したほうがいい。

 そうすれば――きっと、幸せになれる……だろうか?


 そんなふうに現実逃避する俺を、蔵前は許してくれなかった。


「……そうやって先輩は……現実から逃げるんですか?」


 蔵前の声は、氷で作られた鋭利な刃物のようだった。

 冷たく、そして、深く、俺の心に深々と突き刺さる――。


「で、でもなぁ……。俺、お前みたいに才能ないし、書けないし……」


 血が噴き出すように、心が熱くなっていく。致命傷にならないように、なんとか適当な言葉を探す。自分が傷つかないための言い訳を、探し続ける――。


「……そうやって先輩は……約束を……破るんですか?」


 ……約束?


「……え? あ……約束って、一緒に応募するってことか? それなら、ごめん……謝るわ。やっぱり俺の筆の速さじゃ無理だった。また、そのうち気が向いたら続き書いて別の賞に応募するわ……」


「……っ! そうやって、先輩はまたわたしとの約束を破るんですか!? 昔みたいに!」


「…………昔?」


 なんだ……? なにを言ってるんだ……? 蔵前と会ってから、まだ三か月。約束をした覚えなんてない。


「……約束ってなんのことだ?」


 俺は思い当たるフシがなかったので、蔵前に聞き返した。すると、


「――っ!」


 蔵前が息を飲む。そして、俯いて、なにかに耐えるように両手の拳を握り締めて、震わせはじめた。


 場が凍りついた。誰もしゃべることができない。


 少女漫画を読んでいた来未も、そしてキーボードを叩いていた妻恋先輩も手を止めて、目の前に突然降って湧いた修羅場めいた雰囲気の推移を見守る。


 やがて、蔵前の瞳から、ポロポロと涙がこぼれ始めた。

 あまりの展開に、俺は絶句する。


「ばかっ……先輩の……バカぁっ!」


 蔵前は大声で俺を罵倒すると、靴をつっかけたまま走って部屋を出て行ってしまった。


 俺は、茫然とその姿を見送る。


 いったいなにが起こったのか、わからなかった。いつも冷静で決して余裕を失わない蔵前が、あんなに感情を爆発させて、涙を流すなんて……。


「……新次くん。早く追いかけないとっ」


 妻恋先輩が、強い眼差しで促す。


「え、ええと……」


 でも、理由がわからないまま蔵前を追いかけても、さらに傷つけることにならないだろうか。俺は、その約束のことをまったく覚えていないのだから。


「女の子泣かすなんて最低のクズ野郎! バカ新次! さっさと行きなさいよっ!」


 来未は、がばっと起き上がると、俺の背中に蹴りを入れてきた。


「くっ……もうわけがわからない!」


 俺は靴を履くと、急いで部室を飛び出した――。


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