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メイド姿の子孫来襲! メシを盗み食いされる!


 ――がさがさ。がさごそ。


 ……まだ日も昇る前だというのに何の音だろうか。

 俺は寝ぼけながら、傍らの携帯を手にとって時刻を確認した。


「まだ五時前じゃないか……」


 そんな時間に起きる義務はない。俺は迷うことなく、二度寝の体勢に入った。


 ――がさごそ。がさがさがさ……。


 って、これって……。


 物音は明らかに家の中からしている。そして、家には自分しかいない。となると、明快に導き出される結論は一つ。


 泥棒か……?


 布団から抜け出して、枕元に常備してある小学生の頃の修学旅行で買った木刀を手にとる。独り暮らしが長いので、得物を近くに置いておくのが習慣だった。我ながら物騒な奴だ。


 まだ、泥棒かどうかはわからない。だが、じっと寝て待つことに耐えられない。

 俺は息を殺して、おそるおそる物音のほうへ近づくことにした。


「はぐはぐはぐはぐっ!」


 台所でメイド服を着た謎の人物が、こちらに背を向けてゴソゴソやっている。……というか、炊飯器を抱えてご飯を食べている。まったくもって意味不明だ。


 ……俺はなにかに試されているのか? いや、そんなばかな。


 寝ている間に泥棒に入られた人間はいくらでもいるだろうが、寝ている間にメイド姿の不法侵入者にご飯を食べられた人類は、古今稀だろう。


「なにやってるんだ? というか、何者だお前」

「はぐっ?」


 そのメイド姿の娘は振り向いて、こちらを見てきた。当然、目が合う。

 そのメイド(仮)の頬っぺたにはご飯粒がついている。なので、ついついそれに目がいきがちだが、びっくりするほどの美少女だ。


 大きな瞳、あどけなさの残る口元。ショートカットの黒髪。どことなく子供っぽい印象を受けるが、それがまたいい……と言わざるをえない。年齢は俺より三つぐらいしただろうか。一応言っておくが、俺はロリコンではない。


「もぐもぐ、んぐっ……」


 どうやら白米だけ食べまくっていたようで、メイド(仮)の周りにはおかずはない。


「ごくんっ。あー、お米おいしかった。ごちそーさまっ!」

「いや、だから誰だお前。名を名乗れ、名を」


 華麗にスルーされたので、もう一度聞き直した。


「ふ……。知らざぁ、言って聞かせやしょう。聞いて驚きなさい。ついでに歓迎会も開いてくれるのなら大歓迎」


 もしかして……いや、もしかしなくても悪い夢でも見ているのかと思いはじめたところで、メイド(仮)は一方的に話し続けた。


「私は末広来未(すえひろくるみ)! あんたの子孫! というわけで、はじめまして、ご先祖様!」


 やっぱり悪い夢らしい。


 もしかすると、昨夜食べた特売の松茸(九割九分九厘引き。さらにレジにて半額)が毒キノコだったのかもしれない。


「寝るか……いや、それとも救急車を呼んだほうがいいのか?」


 幻聴幻覚症状が出るぐらいだから、俺はかなりやばいのかもしれない。


「あ、信じてないなー? あたしのご先祖様のくせに、勘が悪すぎっ!」


 来未(仮)は至極不満そうに頬を膨らませた。……幻聴幻覚の割には顔も声もクリアーすぎる。


「……そうか。幻聴幻覚じゃないとなると、お前の頭がおかしいだけか」

「はぁっ!? いきなり子孫を頭のおかしい人扱いしないでよ!」

「いや、扱うだろ。というか、子孫ってなんだ……」

「ああもう、これを見なさい!」


 来未はメイド服の胸元から古ぼけたノートを取り出した。


「なっ、それは!?」


 見覚えがある文字で表紙に書かれた「つまらぬ日々の記録」。俺がひそかにつけている日記用のノートだ!


「返せっ!」


 無論、日記なので恥ずかしいことが盛りだくさんに書いてある。見られたら、ショック死しかねない。


「勘違いしないでよね! 盗んだわけじゃないんだから! 机、見てみなさいよ。ちゃんと日記はあるんだから!」

「な、なにぃっ?」


 面妖なことを言いやがる。しかし、確かに来未の持っている日記は、いま使っているノートよりも、だいぶ古びて見える。

 迷ったものの俺は自室に走って、机の引き出しを開いた。


「あ……ある……」


 確かに、机の中に、俺の日記は鎮座ましましていた。


「……こほん。えーと、今日は人生最悪の日だった。妻恋(つまこい)先輩に告白したのに、振られてしまっ」

「よ、読み上げるなああ!!」


 来未(仮)が、古ぼけた日記を俺の後ろで読み始めた。そう。それは、つい三日前の出来事だ。確かにその日、俺は文芸部の先輩である妻恋希望(のぞみ)先輩に告白して振られたのだ。人生痛恨の日だ。フラレ記念日だ。


「な、なんでお前が同じ日記を持ってるんだよ」

「だって、子孫だもん。子孫のものは子孫のもの! 先祖のものも子孫のもの! って、私のいる時代にも伝わってる格言があるし!」


「い、いや。そんな馬鹿な話があるかっ! いつの間に俺の日記を盗んでコピーしやがったっ!」

「そんな面倒なことするほど、暇じゃないんだから。ほらほら、明日の日記だってあるんだよ! ほらっ!」


 がばっとノートを開かれて、日記を見せられる。

 つられて、俺は日記の文字を読み始めた。


「なになに……今日は最悪だった。期末テストの答案が返され、数学が十五点で赤点決定。部活では相変わらず妻恋先輩がよそよそしい。しにたい。……って、なんじゃこりゃあぁあぁあ!」

「これが物的証拠よ! そう言うわけで、今日は憂鬱な一日を送ってきなさいな。数学赤点とか馬鹿じゃないの?」

「そんな非科学的なものを信じられるか! それに、俺は理系は苦手なんだから、放っておけ! その分、文系科目は強いんだから!」

「ふん……。ま、あたしが言っていることが正しいって、すぐにわかると思うけどね。……ふああ、ねむい。それじゃ、あたし、寝るから、襲わないでね、ご先祖さま」


 ひらひらと手を振ると、来未は炊飯器を抱えたまま寝息を立て始めた。

 って、本当に寝てるよ、こいつ!


「……って、どうすりゃいいんだ俺は……」


 おそらく人類史上初めての悩みだろう。未来から子孫がやってきて炊飯器を抱えて眠り出してしまった時の対処法は。


「……うん。わかった。やっぱり俺は毒キノコに当たったんだな」


 俺は至極簡単に現実逃避と自己解決を済ませると、さっさと寝てしまうことにする。こんなものは夢に違いない。そうであるとしか、思えない。


「むにゃむにゃ……おなかすいたぁ……くかー」


 ……そうだ、背後から聞こえてくる寝言や寝息もきっと幻聴に違いない。


「ずいぶんリアルな幻聴幻覚だな……でも……やっぱりこれ夢だろ、悪夢! いやー、今年の悪夢はタチが悪いなぁ……はははは……」


 俺は自分に言い聞かせて、再び床に就くことにした。



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― 新着の感想 ―
[一言] どうしても来未をミクルと呼んでしまうハルヒ厨。期待して読みます。
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