タイムトラベラヴァーズ
十一月二十二日
いつだったか、誰かが言っていたのを聞いたことがある。
「愛するものを失ったとき、人間はその後の行動によって二種類に分けられる。タイムマシンを造る者と造らない者だ。」
と。
俺は前者だ。愛する由梨……俺達は結婚まであと少しだった。目を閉じれば、数々の思い出が甦る…だが、今は思い出に浸っている場合ではない。
五日前の十一月十七日、俺は大事な人を失った。事故死だった。彼女は車の運転中に操作を誤り、電柱に突っ込んだ。近くのデパートに買い物に行った帰りだったそうだ。目撃者の話によれば、道に飛び出した猫を避けての事故だそうで、動物好きの由梨らしいといえば由梨らしい。
翌十八日から二十一日の間、俺はまさに寝食を忘れてタイムマシンの製作に取り組んだ。もちろん、一から十まで三日間で造り上げたわけではない。もし、三日間でそんなことができるのなら青い猫型ロボットの世界もあながち夢物語とも言えないだろう。
俺は北河大学工学部、柳本研究室で助手を務めている。由梨もこの研究室に所属していた。数年前までは一緒に実験に勤しんだものだった。そして、彼女は就職の道を選び、俺は大学に残った。俺の研究テーマは相対性理論。つまりタイムマシンの分野だ。長年の研究の成果により、まだ理論の段階ではあったが俺はすでにタイムマシンという代物を完成させていた。
タイムマシンについてのパラドックスとして、こういうものがある。
「過去に戻り自分を殺したらどうなるか」
現在から過去に戻り自分を殺すと、過去の自分を殺しに行くはずの現在の自分もいなくなる。そうすると、
「一体、誰が自分を殺したんだ!」
という矛盾が起こる。これに対する答えを俺は考えた。要するに自分が二人いるから悲劇は起こるのだ。過去に行くのではなく、時間を戻せばいい。だが時間を戻すわけだから当然自分は若返る。つまり、自分が存在しない時代には行けない。だから映画のような大冒険はできないが、今の俺には有用だ。
十一月十八日
大事にしまっておいた設計図をひっぱり出し、材料を集め、自分の部屋で実験機を組み立てる。それだけのことだったが思った以上に時間がかかった。まず、行きつけの部品店を回り、研究室で部品を加工した。
「お、佐々木君、新しい実験装置かい。」
突然声をかけられたことに驚いたが、普段どおりに無難に応対した。
「あ、柳本教授。そうなんですよ。ちょっとやってみたい事があって。」
柳本教授は机の上の書類をまとめ、鞄に詰め込んだ。
「君は研究熱心で良いねぇ、それに比べて最近の学生は困ったもんだよ。まあ、頑張ってくれよな。」
教授は部屋を出て行こうとして、急にくるりと振り返った。
「そうそう、俺はこれから教授会に出てそのまま帰っちゃうから、ここの鍵よろしく。」
「はい、わかりました。」
相変わらず能天気な人だ。でも俺はこんな教授が少なからず気に入っていた。
次に、加工した部品を家に持ち帰り、組み立てる。一人暮らしの狭い部屋に機械油の匂いがたちこめる。徐々に実験機は組みあがり、完成までに一日以上を費やした。さらに丸々一日かけてプログラムを組み上げ、実験機にインストールした。ようやく完成した実験機を眺め、俺はくたくたになった体をベッドに沈めて深い眠りについた。
十一月二十二日
体調を万全とは言わないまでにも整え、実験機に乗り込む。こいつがちゃんと動いてくれる保証はない。それに、科学者として実験をしていない機械に身をゆだねるのは気持ちが悪い。なにより…怖い。由梨を助ける前に自分の命も危ない。こんな自分が情けなくなる。大丈夫か? 俺。気持ちを切り替えないといけない。俺は…俺は由梨を救うんだ。スイッチを、入れた。
十一月十七日
とてつもない気持ち悪さとともに俺は目を覚ました。成功したのか……? それとも昨日までの無理がたたったのか……。TVをつけると、ちょうど朝のニュース番組が始まったところらしく司会者の声がさわやかに俺の耳に届く。
「おはようございます! NEWSモーニングです! 今日、十一月十七日は秋真っ盛り、紅葉特集を……」
どうやら成功したようだ。俺の理論は間違っていなかった。嬉しさと安心感がこみ上げてくる。しかし……これからが本番だ。一人で喜んでいる時じゃない。本来の目的を思い出し自分を奮い立たせる。
三十分後、身支度を整え、電話機を持つ。過去に来てしまえば由梨を救うのは簡単だ。彼女に車を使わせなければいい。いつもの番号に電話をかける。
「はい、もしもし」
久しぶりに聞く声に、熱いものがこみ上げる。
「あ、あの、俺。孝治だけど。」
「え? どこのコウジさんですか?」
由梨はいつものようにとぼける。
「佐々木孝治です。」
俺もいつものように真面目ぶって答える。
「はいはい、わかってますよ。」
いつものパターンだ。俺は早速、話を切り出す。
「でさ、急で悪いんだけど車貸してくれないかな。友達と出かける予定だったんだけど、俺の車調子悪くてさ。」
「えー、私、今日は買い物に行くから無理。」
「頼むよ、今日一日だけで良いんだ。」
なんとしても、由梨をここで止めなければ。
「だめだよ、今日は。今日は絶対に車は貸せないんだ。ごめん、じゃあ。」
由梨は電話を切った。おかしい、由梨は一方的に電話を切るようなことはしないはずなのに……。
俺は焦り始めていた。何か違う作戦を……作戦を……思いつかない。どうにかしないと。力ずくでも。俺は由梨の家へ自分の車を走らせた。
結局、俺は由梨の車をパンクさせることにした。家の中にいるであろう由梨に気づかれないように、持ってきたナイフでこっそりとタイヤに傷を付ける。空気の抜ける音にびくびくしながら自分の車に戻る。
「孝治! 孝治なの?」
由梨の声に驚き、急いでエンジンをかけ、車を発進させた。
由梨に気づかれただろうか。それでも構わない。俺は由梨を救えたんだ。これで十分なんだ。自分に言い聞かせる。後は帰るだけだ。俺は達成感に包まれていた。と、そのとき、猫が、目の前を、横切った。そして、俺は、急いで、ハンドルを、きった。
十一月十八日
私は大事な人を失った。恋人の死を知らされるのは、本当につらい。孝治の死の知らせを聞いて私は家を飛び出した。
「孝治、孝治……なんでよ!」
私は孝治の家を訪れ、合鍵を使って中に入った。わき目も振らず、引き出しに大事にしまってある機械の設計図を取り出し、睨みつける。
「タイムマシンを使っても駄目だった……どうしたらいいの? 二人とも助かる方法はないの……?」
私は部屋の真ん中に置かれた機械に乗り込んだ。
「孝治……。私が助けてあげる。絶対に、絶対に今度こそ。」
数年前の某深夜ドラマの一つのセリフ(冒頭の一言)に触発されて書きました。わかる人にはわかる……だろうか……?まだ、わかってくれた人には出会えていません。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
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