第8話 素直な子供と見えないアンチ
「ここは虫たちが住む、拳一握りほどの世界。虫たちは、踏まれればすぐに死んでしまいます。それはたとえ空を飛ぼうと、彼らは追ってくるのです。ある虫は……」
「つまんない」
香月さんが読んでいる途中、一人の子供は「つまんない」と言い放ち、横に置いていた虫網を持って、外に出ていった。
その子が行くと、他の子達も外に行き始めた。
20人程いた広間が、一瞬にして誰もいなくなる。唯一残ってくれた子も……
「お兄ちゃん。つまんないね」
そう言って、残ってくれた子もすぐ外に出ていった。
扉を閉める音が、妙に大きく感じた。
香月さんは僕に気を遣い、香月さんだけは褒めてくれるけど、子供たちは誰一人戻ってこず、外で遊んでいる
窓越しに見える子供たちの方が、絵本を見ている時よりも楽しそうだ。
僕は誰もいなくなった広間で、静かに横になった
(あーあ。どうして成功しないのかな? 今まで頑張って、それで小説を書き上げたっていうのに。世界っていうのは、本当に苦しいものなのだな)
僕は落ち込んでいる間に、いつの間にか眠っていた。
起きた時にはもう日は暮れていて、広い広間でただ一人、寝転んでいた。
香月さんが公民館に戻ってくると、僕が起きたことに気付いた。
「朝比奈くん、起きたんだ!」
「うん。ごめんね……」
僕は香月さんの目を見れず、下を向きながら香月さんに謝った。
「朝比奈くん。今からお父さん車でとある場所に行くよ」
「とある……場所?」
僕は落ち込んだまま車に乗り込み、静かに窓の外を眺めていた。
香月さんお父さんも、事情を話されているのか、何も言ってこない。
1時間程し、辺りが暗くなり始めた頃、車は高層ビルらしき建物の前で止まった。
「ここは?」
「行けば分かるさ」
いつの間にか香月さんの父はスーツ姿に着替えていて、香月さんもドレス姿に着替えていた。
僕は香月さんにスーツを渡され、車の中で着替えさせられた。
着替えた後、僕は香月さんとそのお父さんとともに、高層ビルの中に入る。
この高層ビルは30階までエレベーターのボタンがあった。
僕たちはエレベーター乗って、13階で降りた。
廊下を歩きながらどこへ行くのだろうと考えていると、香月さんの父は大きな扉の前で足を止め、僕に背を向けながら言ってきた。
「朝比奈つばめ。君には才能がある。物語を書く才能が。だから今はバカにされるのに慣れた方が良い。バカにされていつまでも立ち止まっている奴より、少しでも上を目指そうとする者の方が、上に立つことができる。その時に見返してやればいい。俺の方が、上だとな」
そして香月さん父は扉を開けた。そこに広がっていたのは、僕が憧れていた景色だった。