冥界
歩き始めて結構時間が経った。河から見ると小さな家が所狭しと並んでいるように見えたが実際歩いてみるとかなり大きい建物で敷地も広いことが分かる。ということは河から見えたあの奥の大きな塔はほんとに大きいんだろう。歩いている人もカロンのような不気味な見た目の人はおらず現世にいる人たちと変わりのない見た目の人しかいない。ここは本当に冥界なのか疑問を抱いてしまうレベルだ。
侑里はやっとの思いで『冥界の入り口』と呼ばれている小さな塔に辿り着いた。
小さな塔に入ってみると、中は吹き抜けの大きなホールになっていてかなり天井が高い。
小さな塔なんて河の上から見ただけの感想だ。実際にはとてつもなく大きいし、とつてもない量の椅子が並んでいる。現世では想像もつかない大きさだ。
天井の高さや建物自体の大きさに驚愕していると、「岸本様?」と後ろから声を掛けられた。
声のする方へ振り替えると小さな受付カウンターがあった。働いている人はカロンと似たような頭からつま先まで真っ黒の布を被っている不気味な見た目だった。まだ見慣れていないその不気味な姿に驚く。カロンと唯一違うのは鎌を持っていないところだ。
この冥界で働く人はみなこうなのかと、内心焦りつつ侑里はその人が立っている受付カウンターに向かう。
「あなたが岸本侑里様で間違いないですか?」
その声は不気味な見た目とは裏腹に、とても優しく笑顔で接客しているように聞こえる。
「はい」
「ではこの番号札をお持ちになってその辺りの椅子に座って待っていてください」
侑里は『二六〇三』番の札を受け取った。何故『二六〇三』なのかは分からないが訊ける雰囲気でも無さそうだったので、素直に従い適当に椅子に座る。
どんどん人が大きなホールに入ってくる。侑里の周りの椅子も徐々に埋まってきた。しかし現世のように人が集まったらガヤガヤうるさいが、ここは違う。みんな静かにしていて人の歩く足音だけが響いている。
すると電気が消えて真っ暗になった。と、同時に鈍い鐘の音がなった。
「えー、皆さんこんにちは。冥界へようこそ」
急にマイクで喋りだした男がライトによって照らされる。
「私の名はラダマンティス。ここに集まってもらったのは他でもない、皆さんの冥界入りを手続きしていくためです」
全体を見渡しながら喋るので、そのたびに綺麗な金色の髪が頭の動きとはワンテンポ遅れて左右になびく。このラダマンティスという名の強面の男はどうやら司会役らしい。
「今日冥界入りしたのは、うーん、三千人ですか、いつもよりは少ないですねえ」
ラダマンティスが手元の資料を見ながらボソッと言った言葉にどよめきが起こる。侑里もそのうちの1人だ。まさか一日で三千人も死んでいるなんて考えたこともなかった。しかもそれが少ない方だなんて驚きだ。
「話が逸れましたね、戻しましょう。まずは手続きの前に簡単にこの冥界について説明しましょうか。ここ冥界は、地獄という名の地域と、天国という名の地域からできています。皆さんも現世で一度は聞いたことあるでしょう。まあだいたいイメージ通りですね。地獄とは殺しなどの罪を犯した者が住み、天国はそれ以外の人が住むところです。ここまでは理解できましたよね? そして皆さんがどっちに住むかというのをいまから直接話して決めます。いわゆる面接のような感じです。あ、でも緊張しなくていいですからね。もう決まっていることをお伝えするだけなので」
話についてこれない人は自業自得だと言わんばかりのスピードでラダマンティスはスラスラと話していく。
侑里はというと途中から全く聞いていなかった。自分は地獄に行くなんて絶対ないと信じて疑わなかったからだ。殺しなどやったこともないしイジメにすら加担したことない。地獄に行く理由など何も思いつかない。まずコレーが地獄にいるとは考えづらい。だから俺には地獄になんか行っている暇などない。
ラダマンティスが話している最中そんなことを考えていた。
「では皆さんから見て左のほうにある一番から三番までの部屋で面接しますので、自分の番号が呼ばれるまでしばしお待ちください」
ラダマンティスは最後をそう締めくくって話を終えた。
コレーに会ったらなんて声をかけるか、とりあえず握手でもいいから触れたい。侑里はコレーのことを考えながら自分の『二六〇三』番が呼ばれるのを待った――。




