死神⑵
どこまでも続いているような、これまでに見たこともないくらい広々と透き通った青空。そこに綿菓子のようにふわふわと浮いている真っ白い雲が2つ寄り添っている。地面には見渡す限り色とりどりの綺麗な花が咲いている花畑。そのたくさんの花の蜜を求めてか、サファイアとエメラルドの間の色の羽を持つ美しい蝶が飛んでいる。
ここはどこだ? 侑里はまだ眠たい目をこすりながら起き上がる。あまりの美しさに驚愕した。こんなきれいな景色など見たことがない。まさかここは天国か? そう思っても仕方のないくらいには美しすぎる景色だ。
コレーはどこだ? この景色をコレーにも見せてやりたい。侑里は立ち上がり探すが辺りを見渡してもコレーの姿はない。
侑里は何となく空に向かって手を伸ばす。しかし侑里の伸ばした手は空しく空を切るだけだった。
侑里の左目に一粒の涙が流れた。早くコレーに会いたい。
「コレー……、どこにいるんだよ……」
そう呟いた瞬間だった。侑里の足元に巨大な落とし穴のようなものが出現した。理解が追い付かないが侑里は必死で今度はどこかに捕まるために手を伸ばすが、またも空しく空を切る。
「コレー!」
そう叫びながら侑里は穴に落ちていった――。
侑里は跳び起きた。上体を起こし辺りを確認する。そこはカロンが漕ぐ渡し船の上だった。
「ここは? さっきの場所は?」
事態が把握できてない侑里にカロンは優しく答える。
「ここは渡し船の上ですよ。岸本様は先ほどから眠ってらっしゃいましたが酷くうなされていたようでした。大丈夫ですか?」
カロンの説明でさっきまでのことが夢だったと気づく。随分リアルな夢だったと思いつつ一応自分の腕や顔を触って自身の無事を確かめる。左目から涙の流れた跡があるようだったが、どこにも怪我らしきものはなかった。
「そうか……」
やっと頭の中が整理出来てきたようだ。
「お!」
カロンが大きな声を出し、続けた。
「岸本様、やっと着きました。ここが冥界になります。」
そこには大きな陸地があった。一番近くに見えるのは船が沢山停まっている港と小さな塔だ。そして河岸から順々に小さな家から大きな家が所狭しと並んでいる。一番遠くのほうにはこちらからも分かるくらい大きな塔が天高くそびえ立っている。
「ここが冥界……」
圧巻すぎて侑里は他に言葉が出てこない。
「港の傍にあります小さな塔が冥界の入り口となります。この船が港に着いたらまずそこに向かってくださいませ」
あ! とカロンは何かを思い出したようで続ける。
「岸本様の場合、まだ冥界での身分が決まってませんので観光等はせずに真っ先に小さな塔『冥界の入り口』に向かってください。冥界での身分が決まる前に観光等をされると後で痛い目に遭うので悪しからず。そして一番重要なことですが真ん中にそびえ立っている塔には絶対に近づかないようにお願いします」
カロンは注意事項のようなことをスラスラ言った。
「おう。わかった」
侑里は初めての場所で観光がしたくてたまらなかったが、痛い目というもの、身分というよくわからないものへの恐怖とここまで優しくしてくれたカロンへの感謝で諦めた。
そうこうしている間に船は港へ着いた。
「送ってくれてありがとうございました」
侑里はカロンに頭を下げた。
「いえ、こちらこそ。では楽しい冥界ライフを」
カロンも深々と頭を下げる。
侑里は街のほうを見上げる。なんと綺麗な街だろう。早くコレーに会いたい。はやる気持ちを抑え、侑里はカロンの言う通り『冥界の入り口』へと歩き始めた。