出会⑵
侑里は自分の腕に違和感を覚え目が覚めた。眠い目を無理やりあけながらクロの腕枕にしたはずの自分の右腕を見る。
そこには―――、今まで見たこともない女の子がすやすや眠っていた。
重さは全く感じなかったため、侑里は驚倒してその勢いで女の子の頭が乗っている腕を思わず引っこ抜いた。
その振動で女の子は起きてしまった。
侑里は後ずさりをする。
女の子はゆっくり侑里のほうを向いた。
「そんな急に腕を引っこ抜かれたらびっくりするではないか」
少し高めの声でそう言った。
侑里は寝起きで回らない頭を必死で回す。
この子は誰だ? クロはどこに行った?
必死に考えるが何も答えが出てこない。
「儂のことが見えるのか?」
そう女の子に言われ侑里は返事をする。
「あ、はい……」
「そうか!」
女の子は満面の笑みで侑里を見る。その表情に侑里は少しドキッとした。
侑里は何とか平常心を保とうとするが、心臓がバクバクして出てきそうだ。
女の子は急に立ち上がったかと思うとくるりと後ろを向く。紫がかった黒い髪がワンテンポ遅れてふわりと舞う。
そしてクロがお気に入りだった縄のおもちゃを咥えて「ニャー」と鳴いた。
「――っ?!」
侑里はまたも驚倒して、声も出なかった。
「これでも分からぬか? ここ1週間儂と遊んでくれたではないか」
勘の鈍い男じゃの、そう言いながら女の子は咥えていたおもちゃを元々会った場所に戻した。
ようやくこの状況を飲み込もうと思えた侑里は立ち上がる。
「どこに行く」
「ちょっとトイレに」
落ちつくために取り敢えず侑里は部屋を出た。
あの子は誰だ? クロだという風に言ってたようだがそんなことありえるのか? 俺より少し年下っぽい、十五歳くらいか? たしかに猫の耳のような髪形もしてるし、真っ黒のワンピースを着てるし、何といっても今まで女相手に一度もかわいいと思わなかった俺が今少しかわいいなんて思っちゃってるけど、元がクロだからか? あれがクロだっていうのか? そもそも見えるのかってどういうことだ?
何も把握できてない頭で考え始めたからか、意味が分からなくなったのでおとなしく部屋に帰ることにした。
「キミはクロなの?」
ありえないことが起きているがありえないと言っててもしょうがないので侑里は受け入れることにした。
「そうだ。やっとわかったか」
満面の笑みで女の子は答える。その笑顔がまたかわいく侑里は再びドキッとした。
「見えるってどういうこと?」
気になっていた質問をぶつける。
「驚くと思うが儂は幽霊なのだ。幽霊といっても悪霊などの悪いものではない。安心しろ」
「んじゃ、俺にしか見えないってこと?」
「そうだ」
侑里は自分の胸の高鳴りに気付いた。今までどんな綺麗な女の子を見ても全く何も思わなかったのにこの子にはかわいいなんて思う上に俺以外に見えないということは独り占めできるっていうことだ。こんな気持ちになったのは初めてだった。
「あ、ちなみに儂はクロって名前じゃない」
「本当の名前は何?」
相手の名前が知りたいと思うことも初めてだった。初めての感情だらけで多少戸惑っていたがそれよりも今後が楽しみという気持ちのほうが大きかった。
「五……いや、儂に名前などないのだ」
「そうか、じゃあ俺がつける。それでいいか?」
「ああ、いいぞ」
「コレー……。うん、コレーにする」
名前は一瞬迷ったが、『コレー』という言葉は『乙女』という意味らしい。最近ネットサーフィンをしていた時に見つけた言葉だ。この子、喋り方は少し特徴あるが侑里には乙女に見えたからこの名前を選んだし一番ぴったりだと思った。
「そうか、儂の名前はコレーか。ありがとう」
笑顔でお礼を言われて侑里は照れた。
「そこでだ、儂は行くところがない。一緒にいてもいいか?」
侑里には願ってもない申し出だった。
「おう。いつまででも俺と一緒にいろよ」
気付くとそう即答していた。
侑里とコレーの不思議な共同生活は始まった。