接吻⑶
ピンポーン
仕事が休みのある日、誰かがハデスの部屋を訪ねてきた。
ハデスは起き上がる気力もなく生気のない声で返事をする。ゆらゆらと歩いて行って扉を開ける。
そこには牛頭がいた。
「よう、久しぶり!」
相変わらず牛頭は元気だ。今のハデスには眩しく感じる。
「何しけたツラしてんだよ。地獄出る前のあの生気に満ち溢れた顔はどこに行ったんだよ!」
耳にキンキン響く大きな声で言ってくる。
「いや……、何しに来たんだよ」
多少イラつきながらハデスは言う。
「何しにって、てめえが元気ねえって聞いたからだよ」
「そうか……」
ハデスは言葉に詰まった。自分に元気がないからってこうして来てくれる友達など今までいなかったからだ。
「何があった?」
牛頭に全てを話した。もうハデスは心を許しきっていた。
「なるほどな。たしかに勘違いだし、てめえの気持ちも分かる。ただこの状況をどうにかしようとしたか? そこが足りねえんじゃねえか?」
そう言われたハデスは考えた。
たしかに今まで興味のない女の子には無視しかしてなかった。今までそれで成功してきたからだ。でも今回の、メンテーは違った。無視すればするほど大切なペルセポネに変な嫌がらせの手紙を出すようになってしまった。このまま無視すればもっと大変なことになることは牛頭に言われる前から薄々気付いてはいた。ただどうすればいいのか分からなくてその現実から逃げていた。
「分かってる……。でも具体的にどうすればいいのか分からない……」
素直に牛頭に打ち明ける。
「そうだなあ、取り敢えずちゃんとメンテーとも向き合ってみるのはどうだ?」
「向き合うって、どうやって?」
無視しかしたことないハデスには思いつかない。
「例えば一旦話し合ってみるとか。もしかするとメンテーにも言い分があるかもしれないだろ?」
「たしかにそうかもしれないけど……」
ハデスは歯切れが悪い。経験したことのない怖さを感じる。
「まあそんなとこだ。俺は忙しいから帰るが、ちゃんと悔いのないようにしろよ」
そう言い放って牛頭はそそくさと帰ってしまった。
一人取り残されたハデスは天井を見上げて考える。
俺は今まで無視をすることしかしたことがない。自分では分かってるけど向き合うのが怖いからだ。逃げてきたのと同じだ。これまではそれで相手も諦めてくれたから何とかなってきた。
でも今回は違う。牛頭の言う通りメンテーと向き合うしかない。何より大事なペルセポネにもう一度触れるために。よし、ちゃんとメンテーと話し合ってみよう。
ハデスは心に強く決めた。




