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出逢⑴

 ゼウスから名前を頂いてはや数日が経とうとしていた。ハデスと言う名前はとても気に入り、もうハデスと呼ばれることには慣れてきた。

 変わったことと言えばまず仕事だ。名前持ちは今までの仕事を続けるというより天国や地獄に住む人たちの管理をする仕事に就き直すことになる。侑里、いや、ハデスは冥界の使者ではなくなって安定した生活を送れていた。

 もう一つが住むところだ。ハデスには四階の一部屋が与えられた。個室も広々として住みやすい。

 ここ数日はこの塔の案内や仕事のやり方などを教わっていたため忙しかったが、今日から自由に行動ができる。ハデスはペルセポネに会いに行こうといそいそと準備した。

 ペルセポネの部屋は七階だ。アイアコスに教えてもらったのだ。エレベーターに乗って七階に向かう。

 急に訪ねて嫌な気持ちにならないかな。俺のことなんてもう忘れてたりするのかな。なんて不安などお構いなしにエレベーターはどんどん上がっていく。

 『ペルセポネ』と玄関扉に書いてある部屋の前に着いた。とうとうペルセポネに会える。そう思うと勝手に心拍数が上がっていくのが分かる。緊張しすぎて今にも心臓が出てきそうな状態だ。

「誰だ」

 落ちつくために深呼吸をしていると急に後ろから声をかけられた。かなり警戒している声でハデスも警戒しながら振り向く。

 するとそこには――、ペルセポネが立っていた。

「誰だ」

 ペルセポネがもう一度言う。

 ずっとずっと会いたかった人を目の前にしてハデスは上手く声が出ない。

「……もしかして、侑里、いや、ハデスか?」

 覚えててくれた嬉しさで感極まったハデスは声が出ないので、懸命に首を縦に振る。

「そうか、まあ一旦入れ」

 ペルセポネにそう言われ後ろを着いて部屋の中に入る。

 ペルセポネは前に現世で合ったときと全く変わっていなかった。真っ黒のワンピースからすらりと伸びた今にも折れそうなほど細い手足。髪形は猫耳のような形をしている。相変わらず可愛い。

 部屋の中は黒色と赤色を基調としたゴシック系な家具でまとめられていて、至る所にいろんな種類のクッションが置かれている。

 ペルセポネは大きなベッドの角にちょこんと座る。

「まあ取り敢えず座れ」

 そう指をさされたのはベッドの隣のあるゼブラ柄のソファだ。ハデスは言われた通りソファに座り、深呼吸をし落ち着きを取り戻す。

「久しぶり。元気だった?」

 何から言おうか散々迷った結果この言葉が口から出てきた。当たり障りなさ過ぎたかな、とか一気に頭の中をぐるぐるする。

「儂は元気だったぞ。お前は?」

 普通に答えてくれたペルセポネはハデスの心配までしてくれる。

「俺も元気だったよ。覚えててくれてありがとう」

「当たり前ではないか」

 ペルセポネは耳を赤くしながら早口で言う。ハデスから顔は見えないように背を向けている。

 当たり前に覚えていた、と聞いたハデスは嗚咽をこらえたが、こらえきることはできず、やがて大泣きし始めた。

「どうした」

 大泣きしているハデスを見たペルセポネは慌ててすり寄ってきて顔を覗き込んでくる。

「嬉しくて」

 ハデスは涙を流しながら満面の笑みを作ってそう答える。

 するとペルセポネはまた背を向ける。そしてぽつりと言う。

「儂もだ」

 ハデスから見ると長い髪からちらりと見える耳が真っ赤になっていて恥ずかしながら言っているのが分かる。

 ハデスはたまらず後ろからペルセポネを抱きしめた。

 現世でお気に入りの川原に連れて行ったときは触れることができなかったが今はもう違った。しっかりペルセポネの暖かさを感じながら力強く抱きしめることができる。

「勘違いするなよ、儂はお前が元気で良かったと言っただけで他に意味などないんだからな」

 なんてペルセポネは言っているがハデスの腕から逃げようとはしない。むしろハデスの腕をしっかり掴んでいる。

「分かってるよ、ありがとな」

 二人はしばらくの間、抱き合ったまま時を過ごした。何も言葉を発することなく、お互いの暖かさを噛み締めた――。


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