日常
「侑里! 起きなさいよ! 母さんもう仕事に行くからね! ちゃんと高校行くのよ!」
そう母親に言われた岸本侑里は眠たい目をこすりながらだるそうに起き上がる。
「はあ」
起きてすぐにも関わらず侑里は深い溜息を吐いた。こんな時間から仕事なんかに行って何が楽しいんだろう。俺は学校にすら行きたくねえんだけど。そんなことを考えていたらいつの間にか侑里は再び深い眠りについていた。
けたたましい電話の音が侑里を気持ちのいい眠りから現実に引き戻す。
「何だよ」
不機嫌であることを分かりやすく露わにしながら電話に出る。
「俺。彰だけど。いつ学校来るんだよ」
電話の相手は同じクラスの杉田彰だ。こいつは侑里が学校に来ていなかったらこうして毎回のように電話をしてくる寂しがり屋だ。まあ本人にそんなこと言ったら怒るだけだろうな、なんて考えながら侑里はふと時計を見た。時計の針はとっくに昼を指していた。
「もう昼じゃん。今日が学校パスしようかな」
「だから電話したんだよ。でも今日二学期ラストだぞ。今日くらい来いよ」
そう彰に言われて思い出す。今日行けば冬休みに入るんだった。さんざん悩んだが彰が来いとしつこいので行くことにした。
電話を切った侑里は学校に行く準備をするために自室を出てリビングにのそりのそりと歩を進めた。
父も母もすでに仕事に行ったがらんとした室内はもう昼だというのに寒々しかった。
侑里は制服に着替え、軽く髪をセットする。さらりと綺麗な茶髪はしっかりと固められた。
「遅えよ!」
学校に着いた侑里はすぐに彰に見つけられ、肩を一発叩かれた。野球部なだけあって彰の一発は寝起きの侑里には酷く痛く感じた。
二人は自分たちの教室へ向かう。喋るのは基本的に彰で内容はいつも女の子の話だ。
「この前野球の練習の帰り道でめちゃくちゃかわいい子見つけたんだよ!」
彰は興奮気味に話してくる。興味のない侑里は思わず態度に出てしまう。
「ふーん」
「侑里っていつもだけど女の子に興味ないよな」
そう彰に言われたが侑里は本当に女に興味がないのだ。侑里は誰からもイケメンだともてはやされるほどには顔がいい。だから腐るほど女は寄って来る。学校でもバイト先でも、何なら外を歩いているだけで女から声を掛けられる。結局、顔だ。そういう心理がどうしても気持ち悪く感じてしまう。
昔は男友達もたくさんいた。だがそいつらの彼女でさえ侑里に言い寄ってくるようになった。そして男友達からは反感を買い、今でも侑里に声を掛けてくれるのは彰だけになっていた。と言っても彰は誰にでも声を掛けるようなやつだが。友達と言える関係ではない。
だからと言って別に男が好きなわけでもない。侑里の女への理想が高すぎるのも余計に拍車をかけてそこら辺にいる女が嫌いになっていた。
「そうだな」
「そういえば侑里、この前合コンの真似事みたいなのしたとき、女全員から好きになられてたけど、全員振ってたな」
大笑いしながら彰は言った。
「そういえばそうだったな」
侑里は女をたったの一度も受け入れたことはない。テキトーに優しくしてもっと好きになられたら困るからだ。いつも冷たく突き放してきた。突き放したって寄って来るからキリがない。
そんな話をしていたら教室についた。
「また合コンの真似事しようぜ」
彰は誘ってくるが本当に興味がない。
「パス」
そう言いながら侑里は自分の席に座る。
タイミングよくチャイムが鳴ると同時に担任の先生が教室に入ってきた。
「おお、岸本。ちゃんと来てるじゃないか」
「……はい」
みんなの前で言うのやめてほしい。
「じゃあ、2学期最後のホームルームを始めるぞ」
侑里は暇な時間をまた寝て潰した。
真っ暗な中を侑里は歩いていた。歩いても歩いてもひたすら真っ暗だ。もう歩くのをやめようかと思ったとき、目の前に一筋の光が見えた。何の光かは分からないが心が求めている感じがしてその光を追いかける。歩きでは追いつけないから侑里は走る。たまに横から腕が伸びてくるが全て振りほどいて一心不乱に光を追いかける。こんなに侑里は真剣に走ったことはなかった。息切れが酷い。あともう少しで手が届く。あと少しで――。
ビクッ!
体が急に動いて侑里は自分でもびっくりする。ああ、寝ていたのかとようやく理解した。
気付くとホームルームは終わっており、クラスの奴らは帰り支度を始めていた。
ていうかこんなホームルームだけなら学校来なくてよかったじゃんと思いつつ彰をにらみつける。
彰はというと、
「今日せっかく早く学校終わったんだし男子も女子もみんなで遊ばね?」
なんて皆に言っている。クラスの連中は盛り上がっていた。
それはまずい、一緒に遊ぶなんて御免だ。睨んだ目をそらしてすぐさま教室を静かに出る。
何とか脱出に成功したようだ。