地獄⑷
侑里が地獄に来てかなりの時間、日にちにして数ヶ月が経った。
耳をつんざくような鐘の音が鳴りその日が始まる。終わりの鐘の音が鳴るまでひたすら殺し合いをし、たまにやられては回復をする。そんなことを何度繰り返しただろう。もうお腹がすくなんて現象さえなくなっていた。
でも自由な時間が全くなかったわけではない。一度もやられなかった日は殺し合いが終わって就寝時間になるまでの間が自由時間なのだ。
侑里は自分の隣のベッドの二三一八番と仲良くなっていた。
仲良くなったとはいっても、お互い運動場に行けば敵、もちろん殺し合いをする。ただ侑里と二三一八番の実力差はほとんどなく、そういう面でもお互いに認め合っている関係だ。
「おお、二六〇三番。今日も無事だったのか! お前ほんと強いな」
ベッドでのんびりしていた侑里に今大部屋に戻ってきた二三一八番が満面の笑みで侑里に話しかける。
二人が生き残っている日の楽しみがこの時間のお喋りタイムだ。
「お前こそ今日も生き残ってんだから強いだろ」
侑里も起き上がって答える。
二三一八番の名前は知らない。もう本人も覚えていないらしい。鮮やかな緑色の髪をオールバックにしている少し怖めな見た目とは裏腹に仲いい人には犬みたいに懐いてくるかわいさをあわせ持っている。そこが何ともかわいらしくて侑里は二三一八番のことが好きだ。ちなみに二三一八番にはもうコレーのことも話してある。それくらいには仲良くなったと思っている。
「そういえばお前少し帰ってくるの遅かったな。何してたんだ?」
侑里は二三一八番に訊く。
「ああ、他の奴らと少し喋ってたら牛頭に早く部屋に帰れって怒られてたんだよ。怖かったよ」
嘘泣きをしながら侑里に慰めてもらえるのを待っている。
「おお、大変だったな」
侑里はその演技に一応、応えてあげる。
侑里には二三一八番しか友達はいないが、二三一八番は侑里よりも大分前から地獄にいるからか他の大部屋にも友達がいる。他の奴らとは多分そいつらのことだろう。
「あ!」
二三一八番が急に大声を出すから侑里はびっくりする。
「何だよ、急に」
「また新しく名前を貰った人が出たらしいぞ」
「何だそんなことか」
二三一八番は侑里に構ってほしいからか、いつも大したことない話題も大袈裟に言う癖がある。
『名前を貰った』というのは地獄入りするときに一八七九番が言っていたここ冥界に置いて絶対的な立場というものに新たに名前持ちが加わったということだ。
冥界に置いてその情報はかなり重要なことらしく地獄まで届く。
ただ、侑里はそんな情報に興味は無い。
「そんなことかなんて言うなよ。今回の新人はかなりかわいい女の子らしいぞ」
「誰だろうが俺は興味ねえよ」
侑里は相変わらず冷めている。二三一八番にはコレーのことはもう話してある。だから侑里の冷めている理由も二三一八番は分かっている。
「どんだけかわいい子なんだろう。あー、俺会いてえなあ」
むふふ、とにやけながら二三一八番は侑里のことなんてお構いなしに妄想を膨らませている。
「会いてえって……。俺らがここ出れるまであと何百年あると思ってんだよ」
溜息を吐きながらぼそりと呟く。
「まあたしかになあ。ここじゃ現世と違って寿命がねえからそういう意味でのタイムリミットはねえけどな……。まだまだだもんなあ」
二三一八番のテンションも急激に下がる。
「寿命はねえけど輪廻転生はあるってお前が言ってたじゃねえか。もしかしたら名前持ちなら俺らが刑期終えるまでに生まれ変わっちまうかもしれねえぞ」
侑里はあくまでも冷静に考える。
「本当にあるかは知らねえぞ! ただ他の奴らがそう言ってたからあるんじゃねえかなって思っただけだ」
「またテキトーかよ」
二三一八番のテキトー加減に侑里は思わず笑ってしまった。それを見て二三一一八番は嬉しそうに笑う。
耳をつんざくような鐘の音が鳴った。何度聞いてもこの鐘の音にはびっくりさせられる。この時間の鐘の音は就寝時間の合図だ。
ちなみにここではご飯の時間もお風呂の時間もない。何故かここ冥界では腹が減るということもないし、寝れば綺麗になっているからである。そういうことを考えるとやっぱりここは冥界なんだなと改めて思う。
「じゃあ寝るか!」
二三一八番が自分のベッドに潜り込みながら言う。
獄卒たちの見回りが来る前に寝なければ罰があるからだ。
「おう、おやすみ」
ここ地獄では希望も何もない。ただ刑期を全うするだけの生活だが、こんな風にくだらないことで笑いあえる仲間がいることに侑里は少なからず幸せを感じていた。現世で生きていた頃はいつでもツンツンしていて心から笑えることなんてコレーに出会う前までは考えられなかった。ただコレーと出会って今会えてないのは誤算だったがそれでもこうして心を許せる仲間ができたことに侑里は感動していた。
まあそんなこと二三一八番に言ったら調子に乗るだろうから言わないが。侑里はとても感謝していた。
そんなことを思いながら、いつもと同じ地獄生活をまた新しく迎えるために侑里は眠りについた――。