地獄⑶
「おい! てめえが二六〇三番だな?」
大きな声で呼びかけられ侑里は飛び起きる。そこで改めて自分が寝ていたのかと自覚する。
目に入ってきた人物の姿に侑里はぎょっとする。前身は筋肉に覆われていて着ているものと言えば赤い褌のみ。さらに頭は牛なのだ。こいつが獄卒なのだろう。
「俺がここを仕切っている2大獄卒のうちの一人、牛頭って名前だ」
乱暴な喋り方の割には礼儀正しい感じではある。
すると、耳をつんざくような鐘の音が鳴る。
すかさず牛頭が言う。
「一回目だから今回は俺が起こしに来たが、これからはこの地獄中に響き渡る鐘の音が合図だ。この音でその日の活動が始まり、またこの鐘の音が聞こえたら終わりだ。分かったか」
「はい」
侑里は素直に答える。
「てめえは地下一階の等活地獄だろ? 起きたらすぐに地下一階の運動場に迎え。よし! 走るぞ」
侑里はぜえぜえ言いながらなんとか着いて行く。普段は走ったりしないし、何といっても寝起きだ。それになんか空気が薄い気がする。それは気のせいか。
何とか運動場に入る門の前まで着いてこれた侑里は見渡す。中にはすでにたくさんの人がいて、もう殺し合いをしている。牛頭より一回り小さい獄卒たちが倒れた人を担ぎ出している。
「ちゃんと鉄の爪はつけてるだろうな?」
牛頭が侑里に訊く。
侑里は手を顔の前に持ってきてちゃんとつけていることを見せた。
「よし、大丈夫だな。じゃあ今から始める。この中に入れ」
侑里は言われた通り門をくぐって中に入る。
すると、身体がどんどん燃えるように熱くなってきた。身体の内側から力と怒りが湧いてくるのが分かる。これが一八七九番の言っていた『害を与えようとする心』か。
「死ねやあ!」
急に後ろから叫びながら誰か知らない人が襲ってきた。
侑里はひらりとかわし、とっさに鉄の爪で相手のみぞおちを突いた。
豆腐を包丁で刺したようなぬるりとした感触に侑里は戸惑い、まだ相手の身体に刺さっている自分の手を一気に引く。
侑里が一気に引き抜いたことで相手のみぞおちから大量の血が噴き出した。
それを見た侑里は青ざめるどころか、反対にどんどん血が滾ってきた。もう侑里には戸惑いもなければ、落ち着いて冷静に何かを考える頭もなかった。
相手は地面に膝から崩れ落ちて起き上がらなくなった。すぐに獄卒たちが駆けつけていた
侑里はそれを確認して、すでに次の相手を探していた。もう今までの優しい侑里の姿はどこにもなく、ただ殺しに徹する化け物と化していた。
コレーのことなど今の侑里の頭からは忘れ去られていた――。